僕の願いを君にたくして

 劇団コウモリからの週報を受け取って約1ヶ月。「週報」と銘打っているにも関わらず、あれ以来メールは届いていない。そして、宗馬さんもずっと帰ってきていない。分かっていることは「宗馬さんと劇団コウモリはエグレシア王国で引き続き活動を続けている」という事実のみ。
 それでも、聖奈、理玖、蒼の3人は変わらず蒼の家に集まって事件について調べながら話し合っていた。もちろん進展はない。

 今日も聖奈は電車に揺られながら蒼の家へと向かっている。宗馬さんたちの方で何か進展があればいいなと思う期待の気持ちと、何の情報もないことに対する不満の気持ちとで心はぐちゃぐちゃだ。聖奈は頭の中でいろんな感情をぐるぐるさせながら歩いている。
 と、気付けば蒼の住むマンションの前まで来ていた。ぼんやり歩いていても自然と足が向くくらい、聖奈は蒼の家に通い続けていたらしい。いつも通りインターホンを押してマンションの中へと入っていった。

 蒼に鍵を開けてもらい家の中へと入る。そして、リビングのドアを開けた。その瞬間、聖奈はピリッとした空気を感じ取った。
「……! お久しぶりです」
 聖奈の顔が少し綻ぶ。
「いらっしゃい。そろったね。どうぞ、座って」
 そこには1ヶ月前と全く変わらない宗馬さんの姿があった。

 聖奈は蒼に促されるように理玖の隣に腰をおろした。それを確認した宗馬さんはやさしい笑顔を見せた。
「まずは2人にお礼を言いたい。ありがとう」
 宗馬さんは聖奈と理玖に向かって座ったまま深々とお辞儀をした。
 聖奈と理玖は顔を見合わせる。
「メリアッシュ惨殺事件の全容が明らかになった」
 宗馬さんの口から告げられた内容に、本来は喜ぶべきなのであろうが、あまりにも突然過ぎて、聖奈と理玖はどちらかと言うと驚いていた。
「これから蒼がアズールとして帰国できるよう調整していく。おそらく年内には星ノ谷を辞めてエグレシア王国に戻ることになるだろう」
 宗馬さんは淡々と話していく。当初の目的が達成されたにもかかわらず、「星ノ谷を辞めて」という言葉が聖奈の心をキューっと締め付けた。
「理玖、聖奈。コールグリンパ症の件、やれる限りのことをやってくるから、待ってて」
 蒼は、この少し重くなった空気を一瞬で和らげるように、さわやかな笑顔を見せた。
「ありがとう」
 理玖の目が少し赤くなっている。
「うん」
 蒼は嬉しそうに笑いながら頷いた。
 
 頭を上げた理玖は目の前にあるお茶をゆっくりと啜った。その行動につられたのか聖奈もなんとなくお茶を少しだけ口に含んだ。
「あの……」
 聖奈はコップを机の上に置きながら声を発した。
「事件の全容って、聞いても大丈夫ですか?」
 聖奈は宗馬さんの目を見た。
 宗馬さんはゆっくりと頷きながら話し始めた。
「メリアッシュ惨殺事件は竹本栞菜という医者が仕組んだものだった。3人が予想した通り、ね。」
「……っ」
 聖奈は吐きそうになるくらいの怒りを静かに堪えた。
 竹本栞菜。鈴木悠聖先生と一緒にシュルカナイトに関する医学論文を完成させた人で、現在は戦争をしている国をまわってボランティアをしている医師だ。
「知っての通り、シュルカナイトは薬にもなるが毒にもなる。そして、シュルカナイトから生み出すことができる毒が、今エグレシア王国で流行り始めていた麻薬らしきものと一致した」
 宗馬さんは淡々と説明した。
「ところで、エグレシア王国とクルファナ王国の歴史ってどの程度……」
 宗馬さんは聖奈と理玖を交互に見る。
「クルファナ王国の貴族がエグレシア王国の王妃と王女を殺害して。それがきっかけで戦争になったってことは知っています。エグレシア王国側が圧倒的だったということも……」
 理玖はエグレシア王国で観たミュージカル『メイレートン宮殿の秘密』を思い出しながら答えた。それを聞いた宗馬さんはゆっくりと頷く。
「竹本栞菜はクルファナ王国の反エグレシア組織の一員だったらしい」
 宗馬さんの表情がさらに険しくなっていく。
「竹本栞菜は医療ボランティアとして戦争の激しい地域を巡りながら、エグレシア王国に恨みを持つ武闘派男性を集めて暗殺集団を作ったらしい。そして、その暗殺者を移民としてエグレシア王国に侵入させ、3年前の6月15日、メリアッシュ邸にて事件を起こした」
 宗馬さんは怒りをこめた低い声で説明を続けた。
「シュルカナイトを手に入れるために、僕の父が邪魔だったんだろうね。」
 感情を押し殺しているつもりなのだろうが、蒼の声からは悲しみが感じられる。
「そして、事件のあと、暗殺集団を始末した竹本栞菜は、老舗ジュエリー会社『ブリリアント』の社長アルフ・バンサリンに接触。シュルカナイトが宝石として人気となる可能性を吹き込んだ。その後、各国に輸出されたシュルカナイトを回収し、毒へと変えていったそうだ」
「医療ボランティアはシュルカナイトを回収するためってことか……」
 理玖は身体の力が抜けていくのを感じていた。あまりにも恐ろしい話に血の気が引く。
「あぁ。そして、どうやら竹本栞菜は、エグレシア王国に移住が決まった人たちに餞別としてシュルカナイトの毒を渡していたみたいだ。『これはスパイスだ』と偽ってね。エグレシア王国では難民向けの炊き出し文化があるから、そこで中毒者が増えたと考えられる」
 宗馬さんから語られた事件の真相。ある程度予想はできていたはずなのに、聖奈の心は憎しみでいっぱいになりそうだ。
「この毒については国として深刻な問題だったから。本当に、2人には感謝してもしきれない。」
 蒼はやさしく微笑んだ。その笑顔が、その強さが、聖奈の心を少しずつほぐしていった。

◆◆◆◆◆

 事件の全貌が明らかになって以降、3人が蒼の家に集まることはなくなった。学校でも、もともと会話の多かった蒼と理玖は別として、聖奈が2人と話すことはもうほとんどなくなっている。
 アズール・メリアッシュが生きていたという事実はいずれ公になるだろうが、まだ非公開情報。そして何より、藤原蒼=アズール・メリアッシュという事実は、今後も公にする予定がない。聖奈はこの数ヶ月のことを、自分の中でそっと閉じることにした。

 キーンコーンカーンコーン。
 チャイムが鳴り、ヤマセンこと山中先生が相変わらず眠そうな顔をしながら教室に入ってきた。
「えー、今日はお知らせが1つ。藤原ー」
 ヤマセンは蒼を手招きした。蒼は椅子から立ち上がり、教壇の方へと向かう。クラスメイトの視線が蒼へと集まった。
「急ですが、藤原は来週からクランヌ国の学校へ転校することになりました。ということで挨拶、はい」
 ヤマセンらしいと言えばヤマセンらしいが、担任とは思えない雑さである。
「突然の報告になってしまい申し訳ございません。家庭の都合でクランヌ国に戻ることになりました。この学校で、このクラスでみんなと一緒に過ごすことができて本当に良かったと思っています。楽しかったです。今までありがとうございました」
 ありきたりな言葉だったが、蒼が心から「楽しかった」と思っていることを、聖奈は強く感じ取った。