宗馬さんが理玖のお父さんに協力を依頼してから2週間が経過した。そして、この2週間で調査はかなり進展した。
まず、どうやら聖奈の勘は当たっていたらしい。シュルカナイトは薬だけでなく、毒にもなり得る鉱物だということが判明した。服用すると脳に影響を及ぼし、感情が不安定になる……つまり、麻薬を摂取してしまった場合と同じような症状が出るらしい。さらに、中毒症状が出るという点も麻薬と酷似しているんだとか。
聖奈、理玖、蒼の3人は宗馬の部屋に集まっていた。いつもはリビングで活動しているが、宗馬から「劇団コウモリからの週報メールを受け取ってほしい」と言われているからだ。
宗馬の部屋はこじんまりしている。あるのはL字型の茶色い長机に、ゲーミングチェアのような椅子。それと大きなパソコン、コピー機、モニター、そして金庫。画材はいっさい置いていない。画家というよりサラリーマンの方がしっくりくる。
「理玖、聖奈、リビングから椅子2つ持ってきてよ」
蒼が2人に指示を出した。
「了解」
聖奈と理玖はそろって返事をし、廊下へと出た。
「そういえば理玖のお父さんって、昨日帰ってきたんだっけ?」
聖奈はやるせなさを滲ませた声で理玖に話しかけた。
「うん。すっごい険しい顔してた」
「無理もない……」
理玖のお父さんは宗馬さんと一緒に、急遽エグレシア王国へと飛び立った。そして、恐ろしい事実が明るみになる。
エグレシア王国で今広まりつつある「麻薬とされていたもの」がシュルカナイトから取り出せる毒と一致したのだ。
そして、その事実を知った宗馬さんはエグレシア王国に残り、劇団コウモリと共に調査を続けることにしたらしい。
「お待たせ」
聖奈と理玖はそれぞれ1つずつ椅子を持ち、宗馬さんの部屋へと戻ってきた。
「ありがとう」
お礼を言う蒼を囲むように、2人は椅子をパソコンが見える位置に運んで腰掛ける。
蒼はメールアドレスやらパスワードやらを打ち込み始めた。
「これだ」
蒼は今しがた届いたばかりと思われるメールを開く。
「……なんて書いてあるんだ? 暗号?」
理玖はPC画面を凝視した。
「違う。これ、ワレット語だ」
蒼は理玖の問いに答えるように呟いた。
「ワレット語?」
聖奈にとっては知らない言語だ。
「宗馬と劇団コウモリが、大学生の頃に趣味で作った言語なんだけど……」
蒼はメール画面を見つめた。
「蒼、読めるの?」
理玖が蒼の方を向いた。
「ギリギリね。3年前に勉強したから。何かの役に立つかもしれないって……ただ、うろ覚えなんだよね」
PC画面に向かっている蒼の目が細くなる。
「……」
蒼は集中しているようだ。聖奈と理玖はそんな蒼を見守りながら待つことにした。
メールを開いてから5分経過した。PC画面がフッと暗くなる。
「……なるほどね。読めたと思う。」
カーソルを動かしながら蒼が口を開いた。
「今、劇団コウモリと宗馬さんは、アルフ・バンサリンに接触しているらしい。『シュルカナイトが宝石として売れる』ってことを誰から聞いたのか探りたいみたいだ」
蒼はゆっくりと、ワレット語で書かれている内容を聖奈と理玖に伝え始めた。
「アルフ・バンサリンって、あのジュエリー会社の社長のことだよね?」
確認する理玖に蒼が頷いた。
「当時センナータストリートで働いていた『ハンドメイドアクセサリーを趣味にしてます』って女性からのアドバイスらしいってところまでは分かっているみたい……。ただ、その女性を探すのに苦戦しているらしくて……」
「センナータストリート?」
聖奈には珍しく聞き馴染みのない地名である。
「夜の街って言えばいいのかな……『ディスキプーラハウス』なんかもこのストリートにあって……」
「なるほどね」
聖奈は冷静に相槌を打った。これは確かに女性の行方を追うのが難しそうだ。
「それで、これからは違う角度からも犯人を追うつもりって書いてある。『輸出先の国々でシュルカナイトを大量購入している人がいないか』ってところに焦点を当てるつもりらしい」
蒼はキュッと唇に力を入れた。
「これは……時間がかかりそうだね」
理玖の声からは落胆のようなものが感じられる。
「うん……」
蒼も焦りを感じているようだ。
「センナータストリートってことは、『その女性』がエグレシア王国民とは限らない……というかその可能性が高いってことになる……?」
落ち込む2人とは対照的に、聖奈は思考を止めていなかった。
「そうだね、正確には戦争から逃げてきた難民の可能性が高いかな……」
進展したと思っていたのに、蒼は心が折れかけている。
「……難民、かぁ」
理玖は気持ちを切り替えたのか何やら考え始めた。
「『その女性』、かなり高度な教育を受けてるんじゃないかって思うんだけど……」
理玖は右手で顎を触りながら蒼と聖奈の方に視線を向けた。
「薬学の知識がないと、シュルカナイトが毒になるって分からない……から?」
聖奈の問いに理玖は頷いた。
「犯人に利用されただけって可能性もある……いや、だとしても、ってことか」
蒼は理玖の方を見た。
「アルフ・バンサリンへの交渉なんて大事な役目をやるくらいだから、犯人自身か、犯人が信用している人物か、の可能性が高いと思う」
理玖は真剣な目で蒼と聖奈を見た。
3人はしばらく考え込んだ。長い間、沈黙の時間が続いた。
日本にいる3人ができることなんて限られている。おそらくもう役に立つことはないかもしれない。宗馬さんがエグレシア王国に残ったのが何よりの証拠だ。だけど、何かせずにはいられなかった。
「……!」
突然、理玖の顔が青ざめた。
「俺の父さんの会社の人って可能性がある……」
呟くような小さな理玖の声は少し震えていた。
「え」
聖奈は思わず声を出す。
「動機は分からない。けど、製薬会社の人なら、シュルカナイトが毒になるって知識を持っていてもおかしくない」
理玖の顔からどんどん血の気が引いていく。
「理玖、落ち着いて」
蒼は、動揺している理玖の両肩を掴んだ。
「落ち着いてる……」
蒼に触れられ冷静さを取り戻した理玖は、両肩に乗せられた手をどかした。
「シュルカナイトが宝石として出回る前からこの石を持っていた人なんて、そんなに多くないはずなんだ……」
理玖は自分の頭の中で考えていたことを口に出した。
「当時の取引先は俺の父さんの製薬会社だけって、宗馬さんが提供してくれて資料にも書いてあったはずだ」
理玖は淡々と説明した。
「たしかにシュルカナイトを持っていた人は多くないと思う。でも、個人的に集めてた人はいるかもしれない、『政府特別使用石』になる前ならあり得る……」
蒼の目に写った理玖は、納得していない様子だ。
「一回視点変えてみない? 犯人はシュルカナイトの毒を広めて何がしたかったんだろうって、ずっと考えてるんだけど……」
聖奈の声が、重くなっていた空気を変えた。
「このシュルカナイトの毒が、輸出国で流行っているのか、エグレシア王国だけで流行っているのか……でだいぶ変わってくると思う」
理玖は落ち着いて思考を整理する。
「シュルカナイトの輸出国で流行っているのなら、戦争の武器として使われている可能性が高い」
理玖は淡々と説明した。
「じゃあ、エグレシア王国だけで流行っている場合は……?」
聖奈は自分で聞きながら考え始める。
「その場合は、エグレシア王国の治安を悪化させるのが目的なんだろうね」
蒼は感情を押し殺すように、淡々と言った。
「危険を犯してまでエグレシア王国の治安を悪化させたい人なんている?」
これは蒼を慰めようとしているわけではなく、理玖が導き出した答えのようなものだ。
「僕の国はきれいなだけじゃないよ。例えば、今でもクルファナ王国の人たちからは嫌われているだろうしね……」
蒼は寂しそうに笑った。
「『メイレートン宮殿の秘密』か……」
理玖が呟いた。聖奈も覚えている、海外研修で見たミュージカルの悲劇を。
「……クルファナ王国?」
突然、聖奈が目を見開きながらボソッと呟いた。
「医療知識、シュルカナイトの輸出国……」
聖奈の手がわずかだが震えている。
「聖奈?」
「どうした?」
蒼と理玖が心配そうに聖奈を見た。
「1人いる、こんなことをできてしまうかもしれない人が……」
まず、どうやら聖奈の勘は当たっていたらしい。シュルカナイトは薬だけでなく、毒にもなり得る鉱物だということが判明した。服用すると脳に影響を及ぼし、感情が不安定になる……つまり、麻薬を摂取してしまった場合と同じような症状が出るらしい。さらに、中毒症状が出るという点も麻薬と酷似しているんだとか。
聖奈、理玖、蒼の3人は宗馬の部屋に集まっていた。いつもはリビングで活動しているが、宗馬から「劇団コウモリからの週報メールを受け取ってほしい」と言われているからだ。
宗馬の部屋はこじんまりしている。あるのはL字型の茶色い長机に、ゲーミングチェアのような椅子。それと大きなパソコン、コピー機、モニター、そして金庫。画材はいっさい置いていない。画家というよりサラリーマンの方がしっくりくる。
「理玖、聖奈、リビングから椅子2つ持ってきてよ」
蒼が2人に指示を出した。
「了解」
聖奈と理玖はそろって返事をし、廊下へと出た。
「そういえば理玖のお父さんって、昨日帰ってきたんだっけ?」
聖奈はやるせなさを滲ませた声で理玖に話しかけた。
「うん。すっごい険しい顔してた」
「無理もない……」
理玖のお父さんは宗馬さんと一緒に、急遽エグレシア王国へと飛び立った。そして、恐ろしい事実が明るみになる。
エグレシア王国で今広まりつつある「麻薬とされていたもの」がシュルカナイトから取り出せる毒と一致したのだ。
そして、その事実を知った宗馬さんはエグレシア王国に残り、劇団コウモリと共に調査を続けることにしたらしい。
「お待たせ」
聖奈と理玖はそれぞれ1つずつ椅子を持ち、宗馬さんの部屋へと戻ってきた。
「ありがとう」
お礼を言う蒼を囲むように、2人は椅子をパソコンが見える位置に運んで腰掛ける。
蒼はメールアドレスやらパスワードやらを打ち込み始めた。
「これだ」
蒼は今しがた届いたばかりと思われるメールを開く。
「……なんて書いてあるんだ? 暗号?」
理玖はPC画面を凝視した。
「違う。これ、ワレット語だ」
蒼は理玖の問いに答えるように呟いた。
「ワレット語?」
聖奈にとっては知らない言語だ。
「宗馬と劇団コウモリが、大学生の頃に趣味で作った言語なんだけど……」
蒼はメール画面を見つめた。
「蒼、読めるの?」
理玖が蒼の方を向いた。
「ギリギリね。3年前に勉強したから。何かの役に立つかもしれないって……ただ、うろ覚えなんだよね」
PC画面に向かっている蒼の目が細くなる。
「……」
蒼は集中しているようだ。聖奈と理玖はそんな蒼を見守りながら待つことにした。
メールを開いてから5分経過した。PC画面がフッと暗くなる。
「……なるほどね。読めたと思う。」
カーソルを動かしながら蒼が口を開いた。
「今、劇団コウモリと宗馬さんは、アルフ・バンサリンに接触しているらしい。『シュルカナイトが宝石として売れる』ってことを誰から聞いたのか探りたいみたいだ」
蒼はゆっくりと、ワレット語で書かれている内容を聖奈と理玖に伝え始めた。
「アルフ・バンサリンって、あのジュエリー会社の社長のことだよね?」
確認する理玖に蒼が頷いた。
「当時センナータストリートで働いていた『ハンドメイドアクセサリーを趣味にしてます』って女性からのアドバイスらしいってところまでは分かっているみたい……。ただ、その女性を探すのに苦戦しているらしくて……」
「センナータストリート?」
聖奈には珍しく聞き馴染みのない地名である。
「夜の街って言えばいいのかな……『ディスキプーラハウス』なんかもこのストリートにあって……」
「なるほどね」
聖奈は冷静に相槌を打った。これは確かに女性の行方を追うのが難しそうだ。
「それで、これからは違う角度からも犯人を追うつもりって書いてある。『輸出先の国々でシュルカナイトを大量購入している人がいないか』ってところに焦点を当てるつもりらしい」
蒼はキュッと唇に力を入れた。
「これは……時間がかかりそうだね」
理玖の声からは落胆のようなものが感じられる。
「うん……」
蒼も焦りを感じているようだ。
「センナータストリートってことは、『その女性』がエグレシア王国民とは限らない……というかその可能性が高いってことになる……?」
落ち込む2人とは対照的に、聖奈は思考を止めていなかった。
「そうだね、正確には戦争から逃げてきた難民の可能性が高いかな……」
進展したと思っていたのに、蒼は心が折れかけている。
「……難民、かぁ」
理玖は気持ちを切り替えたのか何やら考え始めた。
「『その女性』、かなり高度な教育を受けてるんじゃないかって思うんだけど……」
理玖は右手で顎を触りながら蒼と聖奈の方に視線を向けた。
「薬学の知識がないと、シュルカナイトが毒になるって分からない……から?」
聖奈の問いに理玖は頷いた。
「犯人に利用されただけって可能性もある……いや、だとしても、ってことか」
蒼は理玖の方を見た。
「アルフ・バンサリンへの交渉なんて大事な役目をやるくらいだから、犯人自身か、犯人が信用している人物か、の可能性が高いと思う」
理玖は真剣な目で蒼と聖奈を見た。
3人はしばらく考え込んだ。長い間、沈黙の時間が続いた。
日本にいる3人ができることなんて限られている。おそらくもう役に立つことはないかもしれない。宗馬さんがエグレシア王国に残ったのが何よりの証拠だ。だけど、何かせずにはいられなかった。
「……!」
突然、理玖の顔が青ざめた。
「俺の父さんの会社の人って可能性がある……」
呟くような小さな理玖の声は少し震えていた。
「え」
聖奈は思わず声を出す。
「動機は分からない。けど、製薬会社の人なら、シュルカナイトが毒になるって知識を持っていてもおかしくない」
理玖の顔からどんどん血の気が引いていく。
「理玖、落ち着いて」
蒼は、動揺している理玖の両肩を掴んだ。
「落ち着いてる……」
蒼に触れられ冷静さを取り戻した理玖は、両肩に乗せられた手をどかした。
「シュルカナイトが宝石として出回る前からこの石を持っていた人なんて、そんなに多くないはずなんだ……」
理玖は自分の頭の中で考えていたことを口に出した。
「当時の取引先は俺の父さんの製薬会社だけって、宗馬さんが提供してくれて資料にも書いてあったはずだ」
理玖は淡々と説明した。
「たしかにシュルカナイトを持っていた人は多くないと思う。でも、個人的に集めてた人はいるかもしれない、『政府特別使用石』になる前ならあり得る……」
蒼の目に写った理玖は、納得していない様子だ。
「一回視点変えてみない? 犯人はシュルカナイトの毒を広めて何がしたかったんだろうって、ずっと考えてるんだけど……」
聖奈の声が、重くなっていた空気を変えた。
「このシュルカナイトの毒が、輸出国で流行っているのか、エグレシア王国だけで流行っているのか……でだいぶ変わってくると思う」
理玖は落ち着いて思考を整理する。
「シュルカナイトの輸出国で流行っているのなら、戦争の武器として使われている可能性が高い」
理玖は淡々と説明した。
「じゃあ、エグレシア王国だけで流行っている場合は……?」
聖奈は自分で聞きながら考え始める。
「その場合は、エグレシア王国の治安を悪化させるのが目的なんだろうね」
蒼は感情を押し殺すように、淡々と言った。
「危険を犯してまでエグレシア王国の治安を悪化させたい人なんている?」
これは蒼を慰めようとしているわけではなく、理玖が導き出した答えのようなものだ。
「僕の国はきれいなだけじゃないよ。例えば、今でもクルファナ王国の人たちからは嫌われているだろうしね……」
蒼は寂しそうに笑った。
「『メイレートン宮殿の秘密』か……」
理玖が呟いた。聖奈も覚えている、海外研修で見たミュージカルの悲劇を。
「……クルファナ王国?」
突然、聖奈が目を見開きながらボソッと呟いた。
「医療知識、シュルカナイトの輸出国……」
聖奈の手がわずかだが震えている。
「聖奈?」
「どうした?」
蒼と理玖が心配そうに聖奈を見た。
「1人いる、こんなことをできてしまうかもしれない人が……」
