僕の願いを君にたくして

 蒼がアズール・メリアッシュであるということを告白してから2週間が経った。今日も聖奈、理玖、蒼の3人は藤原家に集まって、それぞれ資料やPCとにらめっこしている。
「蒼できたよ。データ今共有した」
 聖奈はシュルカナイトの輸出国及び輸出量を一覧化していた。
「ありがとう」
 蒼は早速PCで、聖奈が作った資料を開く。

 ところで、いつのまにか3人はお互いを名前で呼び合うようになっていた。「いつのまにか」……というのは、実際正しくないかもしれない。
 メリアッシュ惨殺事件について調べ始めた最初の土曜日。
「聖奈、藤原くんだと宗馬と同じだからさ、ここでは名前で呼んでよ」
 と蒼が言い出したのをきっかけに、3人はお互いのことを名前で呼ぶようになった。しかし、学校では今までと変わらず、聖奈は「宮田くん」「藤原くん」と呼ぶようにしているし、理玖も「金子さん」と呼ぶようにしている。蒼に関する秘密を守るための配慮だ。
 今更聞かないが、聖奈は「蒼はなぜこんなことを言い出したんだろう?」と不思議に思っている。ややこしいだけなのに。

 蒼はコップに入った麦茶を飲みながらPCを見た。
 その向かい側で理玖も同じ資料を見ている。ちなみに今回の調査用に、宗馬さんはPCを3台、各自で使用できるよう用意してくれた。それだけ本気なのだろう。
「ずっと気になってたんだけどさー。宗馬さんって、資料もPCもいろいろ提供してくれるけど、事件に関する自分の考えはあんまり教えてくれないよね」
 3人の集中力が途切れはじめた頃、沈黙を破るように理玖が口を開いた。気付けば集まってから、すでに2時間が経過している。
「それ、僕も気になってたからさ、直接本人に聞いてみたんだよね。そしたら『行き詰まってるのに聞きたい?』って言われた」
 蒼はPCから目を離して理玖の方を見た。
「聞きたいけどなー」
 理玖は背もたれに背中をくっつけながらぼやいた。
「とは言え、宗馬さんが用意していた資料見れば、いろいろ察するよね」
 聖奈は手に持っていたファイルから目を離して会話に加わる。
「うん。宗馬はシュルカナイトを中心に調べてる」
 蒼は聖奈を見た。
 聖奈の瞳も蒼を捉える。と、この瞬間、聖奈は会話とは関係のない気持ちでいっぱいになった。本当に、アズール・メリアッシュが元気に生きていて良かったと。
「それにしても、日本まで無事に来られて良かったよ、本当に」
 聖奈の口から本音がポロッと漏れた。
「ほんとそうだよなー。今更だけど、どうやって日本に来たの? 行方不明者ってことは、普通に出国できないんじゃ……」
 理玖は、唐突な聖奈の話題転換を気にしていない様子だ。
「うん、普通には出国してないね」
 蒼は落ち着いた声で答えると、ゆっくり息を吸った。
「エグレシア王国を中心に活動している劇団に協力してもらって、荷物に紛れ込ませてもらったんだ。国際指定劇団っていうのに選ばれている劇団で、荷物検査が緩くてね」
 蒼は理玖の問いに淡々と答える。
「それで、こっそり国を出て、グレマレ国に着いたところで降ろしてもらって……」
「3年前のグレマレ国って、たしか戦争中じゃ……?」
 理玖が目を大きく見開きながら蒼の言葉を遮った。
「うん、戦争真っ只中。そこで、僕と同い年の子を亡くしたっていうご家庭に身分証を譲ってもらったんだ。難民扱いならアズール・メリアッシュであることを隠して入国しやすいからね。それで日本に渡ってきた」
 いつもニコニコしている蒼だが、今回ばかりは明らかに辛そうな表情を見せた。おそらく「戦争」を目の当たりにして、いろいろと思うことがあったのだろう。
「あとは先に日本に帰国していた宗馬と合流して……今に至るって感じ」
 蒼の話す亡命劇。聖奈と理玖の2人は、頭では理解しつつも、心は話を飲み込めていなかった。
「ちなみに、星ノ谷高校の理事長は宗馬のお父さんでね。だから、いろいろ情報誤魔化してもらってるんだ。宗馬が、『普通の高校生と同じように暮らすべきだ』って言ってくれて……」
 ほんの1〜2秒くらいではあったが、ぽっかりとできてしまった沈黙に耐えきれなくなった蒼は情報を付け足した。
「この高校に入って、2人に会えて良かったよ!」
 蒼はニッコリと笑った。
 本当に過酷だったのだろう。今こうして蒼が笑っていることが奇跡なくらい。うまくいくか分からない状況での亡命。戦争が激しい地域で過ごした日々。とても想像し難いものだ。
「ほんと、蒼すげーよ」
 理玖は少しだけはにかみながら蒼の方を見た。理玖は「蒼には敵わない」と思った。
「ちなみに、エグレシア王国で情報集めてくれてる宗馬の協力者っていうのは、さっき言ってた劇団なんだ。」
 蒼は理玖に褒められて照れくさそうにしながら、話を逸らした。
「劇団ってことは、舞台を上演する団体だよね?」
 理玖が驚くのも無理がない。蒼の家にある資料はとても一般人が集められるとは思えない。
「まあ、劇団員の1人は僕の親戚、つまり貴族だからね。と言っても家追い出されてるから元だけど。それでも一般の人と比べたら情報は集めやすいはずだよ。政治関係は特にね」
 蒼の言葉を聞いた瞬間、聖奈は海外研修での加奈子との会話を思い出した。
「……その劇団、もしかしたら知ってるかもしれない。なんか動物の名前みたいな。」
「劇団コウモリ?」
「そう、それ! 加奈子がめっちゃ気に入ってた!」
 劇団コウモリ。加奈子が海外研修のときに熱く語っていた劇団だ。
「国際指定劇団とは言えマイナーなんだけどね」
 蒼は自分ごとのように嬉しそうな顔をした。

 PCを触らないまま少し時間が経ってしまったらしい。目の前のPC画面がフッと暗くなったのに気付いた理玖はマウスを軽く動かした。改めて資料に目を向ける。
「……なんか、シュルカナイトの輸出国って今ちょうど戦争してる国が多いよね」
 改めて資料を目にした理玖は雑談の空気感のまま言葉を発した。それを聞いた聖奈と蒼は同時に前屈みの姿勢になり、PC上の資料に目を向ける。
「コンダルシェ国、グレマレ国、アランタ国、オルハーレフ国、ワリダラ国……たしかに」
 聖奈は頷いた。最近よくニュースで耳にする国がズラリと並んでいる。
「もともとエグレシア王国と取引が多い国だけど、言われてみれば偏ってる……か?」
 蒼は資料を食い入るように見る。
「考えたくはないけど。例えばシュルカナイトが武器の材料に使われてる可能性ってない?」
 理玖は淡々と自分の意見を述べた。
「でも、シュルカナイトは今、宝石として使われているって……」
 聖奈は理玖の方へ顔を向け、冷静に答えた。一方の蒼の視線はまだPC画面に注がれている。
「いや、調べてみる価値はあるかもしれない」