僕の願いを君にたくして

 星ノ谷祭から3日。今日は文化祭の片付けをする日だ。演劇小屋と化していた1年8組の教室もすっかりいつもの風景に戻っている。
 一応3限目まで片付けという名の授業扱いとなっている。今日は午前授業で、あとは帰宅するだけではあるものの、1年8組の生徒たちは終業のチャイムが鳴るまで教室内でそれぞれ自由に過ごしていた。
 資材の運搬を終えて教室に戻ってきた聖奈、茜、加奈子の3人はそれぞれ自席に座った。
「そういえば、聖奈と加奈子も打ち上げ行くよね?」
 茜はクルッと後ろを振り返り、聖奈と加奈子の方を見た。
「うん」
 聖奈は素早く頷いた。
「もちろん」
 加奈子は達成感を滲ませながら微笑んだ。
「2人は打ち上げまで何するの?」
 茜は期待するように目をぱちぱちさせる。
「私は1度家に帰らなきゃ。私服持ってきてないから」
 聖奈は茜が何を期待しているのか察して、申し訳なさそうな顔をした。
「私は部活」
 一方の加奈子は冷静に答える。
「茜、暇なら彼氏と遊べば?」
 加奈子は冷静な口調のまま続けた。
「え?」
 聖奈は目を丸くして茜の方を見る。
「え……、なんで知ってんのー!?」
「やっぱりか。見てれば分かる。竹本くんでしょ?」
 加奈子の顔は落ち着いたままだったが、声色が少し楽しげだ。
「うん、後夜祭のときに告白されてね」
 茜はほんのり顔を赤らめた。
「え、すごい! おめでとう!」
 聖奈は机に体重をかけて茜の方に少し身を乗り出した。
「ありがとう」
 茜は照れくさそうにはにかんだ。
「でも、奏多もこの後部活なんだよねー」
 茜は聖奈の机に顔をくっつけながらボヤいた。
「とりあえず今日は、その大量の荷物を持って、電車が混まないうちに一度帰ること!」
 加奈子は茜の机の横に置いてあるスーツケースを指した。茜は趣味のコスプレ衣装作り用にと、演劇の衣装で使った布を持ち帰るらしい。
「それはごもっともです」
 茜はスーツケースの持ち手を引き上げると、つまらなさそうにゴロゴロ左右に動かした。
「あ、そういえば」
 茜は何かを思い出したかのように、ピタッとスーツケースを止めた。
「今日の打ち上げ、宮田くん来るんだって」
 おそらく竹本くん情報なのだろう。
「へぇ。黒ファン女子歓喜じゃん」
 黒ファンとは宮田くん=黒王子のファンという意味である。加奈子語だ。
「中学のときから、こういうイベント絶対参加しなかったらしいのにね。文化祭、よっぽど楽しかったのかな?」
 茜はスーツケースの持ち手に体重をかけた。
「後夜祭のときは宮田くんも藤原くんもいなかったっぽいしー、きっと今日は告白ラッシュすごいぞー!」
 茜はゴシップを楽しむかのようにニヤニヤした。
「そうだ、後夜祭といえばなんだけど……」
 突然、加奈子は神妙な面持ちで口を開いた。
「その時間、藤原くんと宮田くんが美術室に入って行くの見たんだよね」
「え?」
 聖奈は思わず反応した。
「しかも、電気点けずに」
「え、え!? どういうこと? つまり2人はそういう関係?」
 茜は少し本気にしたのか、テンションが高いわりにヒソヒソ声だ。
「いやー、あの2人は普通に恋愛対象女性でしょ。 少なくとも黒の方は……多分ね」
 茜を宥めるように、加奈子は落ち着いた声で言った。
「じゃあ白は?」
 茜は加奈子の意見を聞いてみたくなったらしい。たしかに、加奈子の直感は鋭い。
「白かぁ。本当に謎に包まれているというか、よく分からない人だよね」
 加奈子は推理をするかのように右手で顎を触った。
「万能AI加奈子様もお手上げかぁ……。それにしても、暗闇で2人、ほんと何してたんだろう」
 茜も少しだけ思考を巡らせているみたいだ。
「やっぱり藤原くんは、宮田くんのことが好き……なのか?」
 加奈子が目を細めながら呟く。
「加奈子……?」
 聖奈は真剣な様子の加奈子を見ながら首を傾げた。
「今日の藤原くん、いつもと雰囲気が違う気がするんだよね」
 加奈子は呟きかのような小さな声で話した。
「そう?」
 茜は全く気になっていない様子だ。いや、おそらくクラスのほとんどは何も感じていないと思う。
「藤原くんの……宮田くんに対する態度なのかな。清貴の役がまだ抜けきってないのか……?」
「ほぉ……さすがは名俳優?」
 茜には加奈子が何を考えているのかイマイチ分からない。それでも相槌を打つのが彼女のやさしさなのかもしれない。
「まあ、名俳優であるのは間違いないね。ずっと、薄っぺらい人間なのかと思ってたけど、とんでもない。藤原くんは奥深い人だよ、多分」
 加奈子は微笑んだ。
 そのとき、今朝の出来事が聖奈の脳内を過った。
 藤原くんに「話したいことがあるから」と家に誘われたのだ。聖奈は心臓の鼓動が少しだけ大きくなるのを感じた。

◆◆◆◆◆

 夏休みに一度訪問したあの高級住宅、藤原くん家に着いた聖奈はマンションのインターホンを押した。
「はい」
 インターホン越しに宗馬さんの声が聞こえる。
「金子聖奈です。蒼さんに誘われて……」
「突然すまないね。どうぞ、入って」
 聖奈の声を遮るかのような宗馬さんの声が聞こえた後、オートロックが開く音がした。
 聖奈はエレベーターに乗り5階へと上がる。
 静かに開いたエレベーターの向こうには藤原くんが立っていた。
「いらっしゃい。ありがとう」
 藤原くんの笑顔は相変わらずさわやかだ。
「お邪魔します」
 聖奈は藤原くんの後について501号室へと入った。

 藤原くんが開けたリビングの扉の向こうには宗馬さんと、そして宮田くんが待っていた。まさか宮田くんがいるなんて思わなかった聖奈は一瞬固まる。
「いらっしゃい。どうぞ、座って」
 宗馬さんの声にハッとした聖奈は案内されるがまま、宮田くんの隣に並ぶように腰かけた。
 藤原くんはL字型のソファの反対側に宗馬さんと並ぶように腰をおろすと、何かを確認するかのように宗馬さんの方を見た。
 宗馬さんはゆっくりと頷く。それを見るや否や、藤原くんは聖奈と宮田くんの方に身体を向けた。
「突然呼んだのに、来てくれてありがとう」
 藤原くんの表情はいつものやさしい笑顔のように見えるが、何か「覚悟」のようなものを感じる。
「2人に相談したいことがあって……」
 藤原くんは少しだけ大きめに息を吸った。
「まず、僕は、伊織くんの病気を治したいと思ってる。協力がしたい」
 藤原くんは真剣な表情で宮田くんを見た。
「……ありがとう」
 伊織くんの病気は、「協力がしたい」でどうにかなるものでもない。ただ、「治したい」という藤原くんの言葉が、自分ごとのような本気の言葉に感じられたのだろう。そのことに対して宮田くんは感謝の意を示したようだ。
「ただ、それを成し得るために、2人にも協力してほしいんだ」
 宮田くんは、藤原くんが何を言っているのか全く分かっていないみたいだ。困惑している。
「私から説明しよう」
 宗馬さんが口を開いた。
「蒼の本当の名前はアズール・メリアッシュ。3年前に死んだことになっているけど、元エグレシア王国の貴族。この前、聖奈さんが言った通り、ね。隠していて申し訳ない」
「あ、いえ、それは隠すべきだと思います……」
 聖奈は急なカミングアウトになんとか思考を追いつかせながら言葉を紡いだ。一方の宮田くんはあまりの情報量の多さに固まっている。
「国に戻って生きていることを明かせば、シュルカナイトの件、僕がどうにかできるかもしれない」
「えっ……えっと……」
 宮田くんは藤原くんの突然の話に明らかに動揺している。
 藤原くんは「宮田くんの弟がコールグリンパ症であること」「シュルカナイトの日本への輸出が止まったことで治療が中止になってしまったこと」の情報をどこからか手に入れたのだろう。加奈子が言っていた「暗闇の美術室」の話は伊織くんについてだったのかもしれない。
「蒼が自分から『メリアッシュ家に戻りたい』って言うんでね。僕に止める権利はないんだけど。ただ、2人には蒼の置かれている状況を知ってもらったうえで少し協力してほしいんだ」
 「2人には」と言った宗馬さんの瞳の中には聖奈がハッキリと映っていた。

◆◆◆◆◆

 どこか儚い表情の宗馬さんは、ゆっくりと口を開いた。
「2人はメリアッシュ惨殺事件を知っているかい?」
 口調はやさしいのに、空気が重々しい。
「……。日本で報道されていた内容は、概ね」
 宮田くんから紡がれた言葉に、聖奈は頷き同意を示した。当事者であろう藤原くんのいる場で、本件を詳細に語ることが、今の2人にはできなかった。
「3年前の6月15日。エグレシア王国の貴族、メリアッシュ公爵の邸宅を、『オリータ』と呼ばれる暗殺組織が襲った。そして、エドワード・メリアッシュ前公爵、エマ・メリアッシュ前公爵夫人、アズール・メリアッシュ前公子をはじめ、守衛や使用人など13名が遺体となって発見された」
 宗馬さんはまるでニュース原稿を読み上げるかのように、感情を抑えて説明した。
「というのが世界的に報道されている事件の概要だろう。しかし、アズール・メリアッシュはこの通り生きている」
 そう言いながら、宗馬さんは藤原くんの方を見た。
「そういえば、メリアッシュ家の1人息子は行方不明って、最初の頃は報道されていたような……」
 宮田くんの脳内で何かしらの点と点が繋がったらしい。それにしてもよく覚えている。記憶力が良いのか、それとも、シュルカナイトのことがあってから調べ直したのか。
「そう。僕は死者じゃなくて、行方不明者なんだ、今でもね」
 藤原くんは微笑んだ。その目には哀しみが帯びている。
「あの夜は、自宅で定期健診があって……。だから僕は主治医の先生と一緒に寝室にいたんだ」
 藤原くんが「主治医の先生」と口にしたとき、聖奈も宮田くんも、シュルカナイトの医療活用研究を行っていたという鈴木悠聖先生を思い浮かべた。
「本当に突然の出来事だった。どういうわけか警報装置が作動しなかったみたいで。急に扉が開いたと思ったら、いきなり銃弾が何発も飛んできた」
 ナレーションかと思うくらい、藤原くんの声には感情が入っていない。
「主治医の先生は、身を挺して僕を銃弾から守ってくれた。そして、部屋の中に飾られていた剣で戦いながら、僕を外へ逃がしてくれたんだ」
 藤原くんはゆっくり息を吸った。
「グレインストリート2-3-5。並木道を抜けてすぐ、目の前の黄色い屋根の家で落ち合おう。宗馬という僕の親友の家だ。事情を話して中に入れてもらえ。そして『アトリエの本棚の1番上の左奥を確認してくれ』と伝えてほしい」
 藤原くんは当時伝えられたメッセージを復唱するかのように口にした。きっと藤原くんは「主治医の先生」から告げられた住所や伝言を脳内で何度も繰り返したのだろう。
「僕は先生の指示に従って宗馬の家で待つことにした。でも先生は……」
 藤原くんは「亡くなった」と口にしたくなかったのか、途中で言葉を止めた。
「その先生って、もしかして鈴木悠聖先生?」
 宮田くんの声は落ち着いていた。
「うん」
 コールグリンパ症と鈴木悠聖先生の関係を藤原くんは知っているのだろう。もしかしたら宮田くんに対して申し訳ない気持ちがあるのかもしれない。藤原くんは切なげな表情を見せた。
「蒼から事件の話を聞いた僕は、彼を匿うことにした」
 藤原くんからバトンを受け継ぐように、今度は宗馬さんが語り出した。
「エグレシア王国の法律では、貴族の殺害は即死刑。さらに加害者のみならず一親等までもが全員死刑になる重罪。そんな中で犯行に及んだということは、恨みなのかなんなのか、かなり強い目的意識があったものと考えられる。犯行動機が分からない以上、まずは隠れるべきだと考えた」
 宗馬さんは目に力を入れながら当時のことを振り返った。
「たしか、この暗殺組織は既に壊滅されているんですよね」
 聖奈は海外研修の後に自分で調べた内容を思い出した。
「そうだ。だから犯行動機は未だに分からないまま」
 宗馬さんは頷きながら答えた。
「さらにこのことは、暗殺組織を動かし、そして消した人物……つまり黒幕がいる可能性を示唆している」
 宗馬さんの言葉を聞いて、聖奈と宮田くんに緊張感が走った。
「そして、メリアッシュ惨殺事件から10日後。『アズールの焼死体が見つかった』と報道された。この通り、生きているにも関わらず」
 宗馬さんの話し方は相変わらず冷静だ。
「つまり、アズール・メリアッシュの存在を消したいと考えた人がいる……と?」
 宮田くんがゆっくり躊躇うように口を開いた。
「そういうことだ。……まあ、報道させたのがモリス・メリアッシュ公爵だということは調べがついているんだけど……」
「……暗殺組織『オリータ』を壊滅させた人物もモリス・メリアッシュ公爵とは限らない……ということですね?」
 宮田くんの言葉に、宗馬さんは静かに頷いた。
「……もちろん、モリス叔父さんが黒幕である可能性は0じゃないけど。僕はそう思えないんだよね」
 モリス・メリアッシュ公爵をよく知る藤原くんには、いろいろ思うところがあるのだろう。
「同じことを、エグレシア王国にいる僕の協力者も言っていたんだ。『モリスにこんな大事を起こす度胸はない』ってね」
 宗馬さんは、見知らぬ誰かの少しぶっきらぼうな口調を真似た。
「父が殺され、僕は行方不明。本来、メリアッシュ家の次期当主は僕だけど……。見つからない場合は、継承権第二位のモリス叔父さんが代役を務めることになる。とは言え『代役』という立場はいろいろと不都合が多い。だから僕の存在を消したんだろう。そんなおかしな話じゃないんだ、これは」
 藤原くんは、当事者とは思えないくらい冷静に語った。
「まあ、つまりだ。メリアッシュ惨殺事件がなぜ起きたのか、裏で暗殺組織を操っていた人物がいるのかいないのか、そしているならそれが誰なのか……。それらが分からない以上、蒼がアズールとして国に戻るのは危険なんだ」
 宗馬さんの言葉を聞いて、聖奈と宮田くんは頷いた。藤原くんを危険に晒したいとは思えない。
「この3年間、エグレシア王国にいる協力者に頼んで、集められるだけの情報は集めてきたつもりだ。そこの本棚にまとめた資料が置いてある」
 宗馬さんが指した方向には黒い本棚が置かれていた。聖奈は「前に来たとき……あんな本棚あったっけ?」と思った。
「自由に閲覧して構わない。そして、必要な情報があれば可能な限り取り寄せるつもりだ。だから気付いたことがあれば些細なことでも意見がほしい」
 宗馬さんは座ったまま、深く頭を下げた。
「つまり、メリアッシュ惨殺事件の犯人と目的を調べてほしい……ということですね。協力します」
 聖奈は静かに決意をあらわにした。
「もちろん協力します。感謝してもしきれない。……蒼を危険に晒すわけにはいかない」
 宮田くんは膝の上に置かれている拳を強く握った。
 ずっと強張っていた宗馬さんの表情に少しばかり安堵が見えた。

 テレレンテレレン。テレレンテレレン。
 突然宗馬さんのスマートフォンが鳴った。
「すまない。仕事が立て込んでいてね。僕は席を外すよ」
 宗馬さんはスマートフォンを持ちながら立ち上がった。
「蒼、あとは任せるよ」
 宗馬さんは早足で廊下の方へと去っていった。

 リビングには聖奈、宮田くん、藤原くんの3人が残っているが、少しの間、まるで誰もいないかのような静寂に包まれた。あまりの出来事に、それぞれ思うことがありすぎる。
「なんか、只者じゃないとは思っていたけど。まさか本当に只者じゃないなんて」
 宮田くんは藤原くんを見ながら本音を口にした。
「ははは」
「ははは、って」
 思わず笑ってしまった藤原くんを見て、宮田くんの表情も柔らかいものになった。
「ところでさ、今更だけど、この話、私も聞いて良かったの?」
 聖奈はずっとそのことが引っ掛かっていた。本件について部外者といっても過言ではない。
「大丈夫大丈夫。むしろ歓迎というかぜひ協力してほしいというか」
 藤原くんの言葉を聞いても聖奈は納得していない様子だった。
「宗馬の強い要望なんだ。僕がアズールであることを見破った直感力は借りた方がいいってね」
 藤原くんは微笑んだ。
「そうだ、あまりにも情報量が多過ぎてスルーしちゃったけど、蒼がメリアッシュ家の人間だって気付いてたの?」
 宮田くんは不審そうな顔で聖奈を見た。
「うん……そういうことになる、ね」
 聖奈はなんと説明したらいいのか分からずに苦笑いをした。
「いつ?」
 宮田くんは納得していない様子だ。
「あの、ウェスター鉱山の博物館でアズール・メリアッシュ前公子の写真見たじゃん? 幼少期の」
「うん」
「あの写真見たときに藤原くんに似てるなって」
「いや……そうか? まあ、だとしたら、たしかにすごい直感力なのかもしれないけど」
 宮田くんは何とも言えない表情をしている。
「よし、さっそく資料、見てみよう!」
 聖奈はソファから立ち上がった。

◆◆◆◆◆

 3人は本棚いっぱいに入っていた大量の資料をリビングの机の上に運んだ。途中からスペース的に机の上に置くことができなくなり、机の周りの床にもファイルを積み上げていく。
 メリアッシュ惨殺事件に関する新聞やニュースのスクラップはもちろん、警察内部保管資料のコピー、エグレシア王国議会の議事録、鉱物を含めたメリアッシュ家が持つ権利に関するモリス・メリアッシュの業務状況資料、モリス・メリアッシュの会食記録……。
「こんな重要機密事項みたいな資料、よく集められたなぁ」
 宮田くんはファイルをパラパラとめくりながら呟いた。どれも一般人が入手できるものとは到底思えない。
「……これ、全部、宗馬さんが?」
 聖奈は藤原くんの方を見た。
「うん、そうだよ」
 藤原くんはあっさりとした表情で答えた。
「貴族の次はFBIとかCIAとかが出てくるんじゃ……」
 宮田くんの口調は冗談交じりっぽかったが、半分くらいは本気だ。
「ははは。宗馬はただの油絵画家だから」
 藤原くんも宗馬さんのあまりの優秀さに苦笑いをしている。と思ったら、フッと真面目な表情へと変わった。
「宗馬はさ、もともと僕とは赤の他人だったんだ。あの事件の日までは。鈴木悠聖先生の親友ってだけで」
 藤原くんはゆっくりと昔を思い出すように話し始めた。
「宗馬には感謝してもしきれないし、僕はたくさんの人に助けられて今ここにいるんだなって改めて思う。だからこそ、アズール・メリアッシュとしてできることをやりたいんだ」
 藤原くんは宮田くんと聖奈の方を見た。
「俺の方こそ。ありがとう」
 宮田くんは申し訳なさそうに微笑みながら、藤原くんの決意に応えた。
 そんな2人を見ながら、聖奈は今までにないくらいの強い使命感を抱いた。

 各資料の大まかなジャンルを確認したところで外から17時のチャイムが聞こえてきた。
「今日はこの辺にしておこう」
 藤原くんの声をきっかけに2人は手を止める。
「そうだね。で、これからどうする?」
 宮田くんは手に持っていたファイルを机の上に置いた。
 聖奈も宮田くんも「可能な限りこの場に通いたい」と思っている。しかし、現実問題、この件は家族含めた他の人に話すわけにはいかない。諸々の事情を踏まえた結果、3人は月・水・金の放課後と土日に藤原家へ集まることにした。
「じゃあ、続きは金曜日に」
 藤原くんはファイルを棚に片付けはじめた。聖奈と宮田くんも藤原くんに続いて資料を運ぶ。
「そういえばさ、2人は今日の打ち上げ行く?」
 藤原くんの質問に聖奈はハッとした表情を見せた。
「どうした?」
 宮田くんが聖奈の異変に気付く。
「あ、いや、私服持ってきてないなって」
「あー、確かに」
 どうやら宮田くんも私服を持ってきていないらしい。
「服なら貸そうか?」
 棚にファイルを入れ込んだ藤原くんが振り向いた。
「助かる! 次来たときに返すよ」
 宮田くんと藤原くんは本当に仲が良いみたいだ。
「聖奈にも貸すよ?」
 藤原くんはさも当たり前のように聖奈に言った。
「え、ありがたいけどさすがにサイズが……」
 聖奈は断った。身長が違い過ぎる。というより、恐れ多い。
「大丈夫だと思うよ。ちょっと待ってて!」
 藤原くんはササっと別室の方へ走っていった。聖奈と宮田くんは顔を見合わせたあと、再び資料の片付けをはじめた。
 宮田くんが最後の資料を棚に入れ込んだタイミングで廊下からパタパタと足音が聞こえてきた。
「お待たせ!」
 藤原くんは2人にそれぞれ服を渡した。
「聖奈の方のは2〜3年前に着てた服だから、サイズ大丈夫だと思うよ。着替え、ここ使っていいから」
「え……。うん、ありがとう」
 断る方が悪い気がして、聖奈は藤原くんに言われるがまま洗面台のある部屋に入った。
 シルクのような肌触りの良い素材の紺ブラウスに、裾に向けて広がりを見せるオシャレなシルエットの白ズボン。
 高級感によるドキドキ感というより、これは、同い年の男の子の服を借りているという現実へのソワソワ感?
 洗面台の引き戸をガラガラと開ける。
「似合う似合う! ね?」
 藤原くんは満足そうな顔で宮田くんの方を見た。
「え? ……うん。……かわいい、と思うよ」
「じゃあ、これ、お借りします。ありがとう」
 聖奈の頬が、じわりと熱くなった。