白い校舎にオレンジ色の西日が反射している。3時間程前までは文化祭に来たお客さんで校舎内がごった返しになっていたが、今はどちらかと言うと「日常」に近い感じがする。それでも、校舎内各所にまだ残っている装飾たちは生徒たちを特別な気分にさせた。
文化祭のメインが終わったからと帰宅する者、後夜祭の準備で大忙しの者、真面目に教室の片付けをする者、後夜祭までの暇つぶしをする者、さまざまだ。
聖奈は化学部の部活顧問、柳川先生に捕まってしまい、化学室の片付けをさせられていた。化学室は受験希望の中学生のために「学校案内の部屋」として解放していたらしい。学校生活や行事の写真、生徒の作品やレポートなどを閲覧できるようになっていた。
片付ける量はそれほど多くないが、どうやら柳川先生は聖奈しか捕まえることができなかったのだろう。聖奈は1人で黙々と作業をしていた。
あとは集めたレポートをもとあったファイルにそれぞれ戻すだけ。聖奈は化学室の椅子に座りレポートの日付を確認しながらファイルをめくった。
「やっぱりここか。佐久間さんが探してたよ」
後ろからの声で振り返るとそこには宮田くんが立っていた。
「差し入れでお菓子もらったから教室戻ってこいって伝言頼まれた」
「ありがとう。これ終わったら戻るね」
聖奈は微笑みながら返事をし、再び机に向かった。
「何してるの?」
「片付け。柳川先生に捕まっちゃって」
「手伝うよ」
「いいの?」
宮田くんは頷きながら聖奈の隣の椅子に腰かけた。
「何するの?」
「ここにあるレポートをそれぞれファイルに戻すんだけど、科目と日付と出席番号見て正しいページに入れなきゃいけなくて」
「なるほど、了解」
宮田くんは束になっているレポートから1枚手に持ち内容を確認すると、該当しそうなファイルに手を伸ばした。
「後夜祭出るの?」
聖奈はファイルをめくりながら宮田くんに話しかけた。
「うん、そのつもり」
「なんとなく即帰宅組かと思ってた。体育祭の打ち上げ参加してなかったし」
5月にあった体育祭の打ち上げ。黒王子も白王子も参加せずでクラスの女子のテンションが完全に下がっていたのは鈍感な聖奈でさえ察知できていた。
「伊織がさ、学校の話を聞かせてほしいって言うようになって。文化祭の話も楽しみにしてるみたいなんだ」
宮田くんの意外にも落ち着いた声色を聞いて、聖奈は思わず目線だけ宮田くんの方へとズラした。そしてまたファイルに目を戻す。
「……お兄ちゃん想いなんだね」
「うん。ちゃんと学校生活を送ってほしいって言われた」
「そっか……」
「だから今回はちゃんと参加しようと思ってね。でも、この文化祭が終わったら家族のサポートに徹するつもり。俺がそうしたいから」
「……ほんと、いい兄弟だよね。」
「だろ?」
宮田くんの目が少し潤んでいることに、聖奈は声だけで、なんとなく気付いた。
「文化祭は楽しめました?」
聖奈はまた1枚レポートを手に取った。
「うん、それなりに。本気で挑んで良かったって純粋に思った」
「それは良かった」
「クラスのみんなのことも深く知れたしね。面白い奴ばかりだ。特に佐久間さん」
「え……、加奈子?」
聖奈は思わず手を止めて宮田くんの方を見た。それに気付いた宮田くんも聖奈の方を見てイタズラっぽく笑う。
「佐久間さんの演劇に対する情熱には感心しちゃったよね」
「確かに、同意見」
聖奈もニコッと笑った。
そのまま2人は作業に戻った。
「『時ノ戦い』でさ、最後、空信は清貴を助けて命落とすじゃん? あれ、なんで庇ったと思う?」
「なんでって……城主の清貴が斬られそうだったから咄嗟に?」
「って思うじゃん? あれ、空信の自殺なんだって。佐久間さんが言ってた」
「自殺?」
「うん。タイムリープしても生死の運命だけは変えられないって気付いた空信は、自分が身代わりになればもしかしたら……って考えたらしいよ」
「これまた突飛な発想だなぁ」
「当時その地域で大事にされていた宗教というか考え方みたいなものを調べたうえでの考察なんだって。そのつもりで台本書いてるから踏まえて演技してほしいって頼まれた」
「へぇ。さすが加奈子」
「ほんと、尊敬するわ」
「でしょ? 自慢の親友です」
加奈子がこの文化祭のためにどれだけ努力してきたか聖奈は知っている。
聖奈も宮田くん同様「文化祭頑張ってよかった」という充実した気持ちで心が満たされていた。
聖奈は最後のレポートをファイルに入れ終えると、椅子から勢いよく立ち上がった。
「よし、終わり! ありがとう」
「どういたしまして。これ準備室に運べばいいの?」
「前の机に置いといてって柳川先生が。準備室、鍵閉まってるしね」
「先生いないの?」
「どっか行ったっぽい」
「なるほど」
聖奈と宮田くんは半分ずつファイルを持ち黒板前の長机に運んだ。机には既に聖奈が1人で片付けた模造紙や実験器具などの掲示物やらが綺麗に並べられている。
「じゃあ、教室戻ろう」
ファイルを机に置いた宮田くんは、聖奈を覗き込むように少し身体を斜めに倒し、ニコッと笑った。
聖奈はその笑顔がなんだかとても眩しく感じた。
「うん」
聖奈の返事を聞いて宮田くんは教室後方のドアに向かって歩き始めた。
「……あ、ちょっと待って」
聖奈は宮田くんの真っ白なワイシャツを見ながら勇気を振り絞った。
「なに?」
宮田くんはくるりと振り向く。
聖奈はスカートの右ポケットに手を突っ込んで青い石のついたキーホルダーを握りしめた。
「これ、もらって」
聖奈は宮田くんの右手にキーホルダーのようなものを押し当てると、左手で宮田くんの右手を包み込んで握らせた。そして、聖奈は宮田くんが手に力を入れたのを感じ取ると、ゆっくり手を離して一歩下がった。
自分から宮田くんの手に触れたくせに、聖奈の心臓は高鳴っている。
「ウェスター鉱山で買ったお守り。今更だけど」
聖奈は不安な気持ちを目に宿しながら、宮田くんを見つめた。
宮田くんはゆっくりと右手を開いてお守りの方へと視線を落とす。
「ありがとう」
宮田くんは再び右手を握りしめ、そのまま右ポケットへと突っ込んだ。
「最近さ、奇跡起きてくれないかなってどうしても考えちゃうんだよね」
宮田くんは右手をポケットに入れたまま呟いた。
「空信みたいにタイムリープできたらいいのに」
冗談っぽい笑顔を見せた宮田くんだったが、その表情に聖奈は胸が締め付けられる思いがした。
「加奈子が言ってた。台本だけじゃなく、原作でも、空信が願いをかけたのは祠にある石なんだって」
聖奈も宮田くんに合わせて冗談っぽい笑顔を向けた。今は「いつもの宮田くん」でいさせてあげるのが良い気がした。
「じゃあ俺もタイムリープしちゃうかな?」
「タイムリープしたらどうする?」
「どうにかして悠聖先生からメリアッシュ家にコンタクトを取ってもらって、事件を阻止してもらう……かな。そうすれば弟は治療続けられるし、前公爵と悠聖先生も助かるし。一石二鳥」
「じゃあ、その武勇伝は加奈子に作品化してもらおう」
「……あ、ダメだわ。生死の運命だけは変えられないんだった」
「……あ」
「どうにもできない現実」というものを思い出した聖奈と宮田くんの空気は一気に重くなった。
「行こう。佐久間さんも待ってると思うし」
宮田くんはやさしく微笑んだ。
2人は化学室をあとにした。
文化祭のメインが終わったからと帰宅する者、後夜祭の準備で大忙しの者、真面目に教室の片付けをする者、後夜祭までの暇つぶしをする者、さまざまだ。
聖奈は化学部の部活顧問、柳川先生に捕まってしまい、化学室の片付けをさせられていた。化学室は受験希望の中学生のために「学校案内の部屋」として解放していたらしい。学校生活や行事の写真、生徒の作品やレポートなどを閲覧できるようになっていた。
片付ける量はそれほど多くないが、どうやら柳川先生は聖奈しか捕まえることができなかったのだろう。聖奈は1人で黙々と作業をしていた。
あとは集めたレポートをもとあったファイルにそれぞれ戻すだけ。聖奈は化学室の椅子に座りレポートの日付を確認しながらファイルをめくった。
「やっぱりここか。佐久間さんが探してたよ」
後ろからの声で振り返るとそこには宮田くんが立っていた。
「差し入れでお菓子もらったから教室戻ってこいって伝言頼まれた」
「ありがとう。これ終わったら戻るね」
聖奈は微笑みながら返事をし、再び机に向かった。
「何してるの?」
「片付け。柳川先生に捕まっちゃって」
「手伝うよ」
「いいの?」
宮田くんは頷きながら聖奈の隣の椅子に腰かけた。
「何するの?」
「ここにあるレポートをそれぞれファイルに戻すんだけど、科目と日付と出席番号見て正しいページに入れなきゃいけなくて」
「なるほど、了解」
宮田くんは束になっているレポートから1枚手に持ち内容を確認すると、該当しそうなファイルに手を伸ばした。
「後夜祭出るの?」
聖奈はファイルをめくりながら宮田くんに話しかけた。
「うん、そのつもり」
「なんとなく即帰宅組かと思ってた。体育祭の打ち上げ参加してなかったし」
5月にあった体育祭の打ち上げ。黒王子も白王子も参加せずでクラスの女子のテンションが完全に下がっていたのは鈍感な聖奈でさえ察知できていた。
「伊織がさ、学校の話を聞かせてほしいって言うようになって。文化祭の話も楽しみにしてるみたいなんだ」
宮田くんの意外にも落ち着いた声色を聞いて、聖奈は思わず目線だけ宮田くんの方へとズラした。そしてまたファイルに目を戻す。
「……お兄ちゃん想いなんだね」
「うん。ちゃんと学校生活を送ってほしいって言われた」
「そっか……」
「だから今回はちゃんと参加しようと思ってね。でも、この文化祭が終わったら家族のサポートに徹するつもり。俺がそうしたいから」
「……ほんと、いい兄弟だよね。」
「だろ?」
宮田くんの目が少し潤んでいることに、聖奈は声だけで、なんとなく気付いた。
「文化祭は楽しめました?」
聖奈はまた1枚レポートを手に取った。
「うん、それなりに。本気で挑んで良かったって純粋に思った」
「それは良かった」
「クラスのみんなのことも深く知れたしね。面白い奴ばかりだ。特に佐久間さん」
「え……、加奈子?」
聖奈は思わず手を止めて宮田くんの方を見た。それに気付いた宮田くんも聖奈の方を見てイタズラっぽく笑う。
「佐久間さんの演劇に対する情熱には感心しちゃったよね」
「確かに、同意見」
聖奈もニコッと笑った。
そのまま2人は作業に戻った。
「『時ノ戦い』でさ、最後、空信は清貴を助けて命落とすじゃん? あれ、なんで庇ったと思う?」
「なんでって……城主の清貴が斬られそうだったから咄嗟に?」
「って思うじゃん? あれ、空信の自殺なんだって。佐久間さんが言ってた」
「自殺?」
「うん。タイムリープしても生死の運命だけは変えられないって気付いた空信は、自分が身代わりになればもしかしたら……って考えたらしいよ」
「これまた突飛な発想だなぁ」
「当時その地域で大事にされていた宗教というか考え方みたいなものを調べたうえでの考察なんだって。そのつもりで台本書いてるから踏まえて演技してほしいって頼まれた」
「へぇ。さすが加奈子」
「ほんと、尊敬するわ」
「でしょ? 自慢の親友です」
加奈子がこの文化祭のためにどれだけ努力してきたか聖奈は知っている。
聖奈も宮田くん同様「文化祭頑張ってよかった」という充実した気持ちで心が満たされていた。
聖奈は最後のレポートをファイルに入れ終えると、椅子から勢いよく立ち上がった。
「よし、終わり! ありがとう」
「どういたしまして。これ準備室に運べばいいの?」
「前の机に置いといてって柳川先生が。準備室、鍵閉まってるしね」
「先生いないの?」
「どっか行ったっぽい」
「なるほど」
聖奈と宮田くんは半分ずつファイルを持ち黒板前の長机に運んだ。机には既に聖奈が1人で片付けた模造紙や実験器具などの掲示物やらが綺麗に並べられている。
「じゃあ、教室戻ろう」
ファイルを机に置いた宮田くんは、聖奈を覗き込むように少し身体を斜めに倒し、ニコッと笑った。
聖奈はその笑顔がなんだかとても眩しく感じた。
「うん」
聖奈の返事を聞いて宮田くんは教室後方のドアに向かって歩き始めた。
「……あ、ちょっと待って」
聖奈は宮田くんの真っ白なワイシャツを見ながら勇気を振り絞った。
「なに?」
宮田くんはくるりと振り向く。
聖奈はスカートの右ポケットに手を突っ込んで青い石のついたキーホルダーを握りしめた。
「これ、もらって」
聖奈は宮田くんの右手にキーホルダーのようなものを押し当てると、左手で宮田くんの右手を包み込んで握らせた。そして、聖奈は宮田くんが手に力を入れたのを感じ取ると、ゆっくり手を離して一歩下がった。
自分から宮田くんの手に触れたくせに、聖奈の心臓は高鳴っている。
「ウェスター鉱山で買ったお守り。今更だけど」
聖奈は不安な気持ちを目に宿しながら、宮田くんを見つめた。
宮田くんはゆっくりと右手を開いてお守りの方へと視線を落とす。
「ありがとう」
宮田くんは再び右手を握りしめ、そのまま右ポケットへと突っ込んだ。
「最近さ、奇跡起きてくれないかなってどうしても考えちゃうんだよね」
宮田くんは右手をポケットに入れたまま呟いた。
「空信みたいにタイムリープできたらいいのに」
冗談っぽい笑顔を見せた宮田くんだったが、その表情に聖奈は胸が締め付けられる思いがした。
「加奈子が言ってた。台本だけじゃなく、原作でも、空信が願いをかけたのは祠にある石なんだって」
聖奈も宮田くんに合わせて冗談っぽい笑顔を向けた。今は「いつもの宮田くん」でいさせてあげるのが良い気がした。
「じゃあ俺もタイムリープしちゃうかな?」
「タイムリープしたらどうする?」
「どうにかして悠聖先生からメリアッシュ家にコンタクトを取ってもらって、事件を阻止してもらう……かな。そうすれば弟は治療続けられるし、前公爵と悠聖先生も助かるし。一石二鳥」
「じゃあ、その武勇伝は加奈子に作品化してもらおう」
「……あ、ダメだわ。生死の運命だけは変えられないんだった」
「……あ」
「どうにもできない現実」というものを思い出した聖奈と宮田くんの空気は一気に重くなった。
「行こう。佐久間さんも待ってると思うし」
宮田くんはやさしく微笑んだ。
2人は化学室をあとにした。
