僕の願いを君にたくして

 校門に立てかけられた「星ノ谷祭」と書かれている看板。屋上から吊り下げられている各クラスの演劇を宣伝する布広告。カラフルな衣装やTシャツを着てチラシを配る生徒たち。待ちに待った文化祭の日がやってきた。卒業生、生徒の保護者、受験希望の中学生……たくさんの人で賑わっている。
 1年8組の教室では着々と演劇の準備が進んでいた。
「最後、聖奈!」
 茜に呼ばれた聖奈はメイクスペースの椅子に座る。そして、茜は美容師のようなスピードで髪を仕上げていく。
「ごめん、強めに引っ張るね!」
「うん」
 茜は聖奈の髪でキレイなポニーテールを作るとスプレーで固めた。
「よし! 完成! 間に合ったー!」
「ありがとう」
「頑張って!」
「うん」
 コスプレ好きの茜が作ってくれた衣装を身に纏い、聖奈は教室内に作られた舞台の裏スペースへとまわった。
「そろそろ準備大丈夫そう? 開場まであと5分だからみんなスタンバイよろしく!」
 すっかり「クラスのリーダー」みたいになった青山さんの声が聞こえてきた。いよいよ1年8組の舞台「時ノ戦い」の幕が上がる。

◆◆◆◆◆

 深い森の中。ボロボロの松永空信は血まみれの紅月清貴を背負い、息を切らしながら歩みを進めている。
「清、死ぬなよ」
「……」
「あと少しだからな」
「……」
 空信は必死に声をかけ続けた。そうでもしないと清貴が遠いところへ行ってしまう気がして。
「城に戻ったら山中家に助けを求めに行こう」
「……」
 清貴の視界はだんだん霞みはじめていた。もう空信の声が聞こえるのみである。
「空信……すまない……」
 ほとんど声は聞こえない。清貴の口が少し動いただけだった。
 清貴に僅かに残されていた力がフッと消える。
 空信は気付いているのか気付いていないのか、構わず話し続けた。
「生きてさえいれば紅月は立て直せる」
 ポツリ。ポツリ。
 空信の心を映すかのように、静かに雨が降りはじめた。空信は空を見上げる。
「清、雨だ」
 空信は辺りを見渡す。
「あそこで雨を凌ごう」
 空信は近くの洞穴のような場所へと吸い込まれるように入っていった。

 洞穴に入った空信は、清貴を大事そうに抱きしめながら寝かせた。
 雨の音が激しさを増す。
「……」
 空信は正気の抜けた表情でぼんやりと土に跳ね返る雨を見た。
 その瞬間、雷がピカッと光りながら落ちてくる。その光に反射したのか洞穴の奥の方がキラッと光った。空信は思わず光の方へとゆっくり視線を向ける。小さな祠に深い蒼色をした手のひらサイズの石が祀られていた。
「本当に神様がいるなら、今こそ助けてほしいね」
 空信はボソッと呟いた。

「ハッ……」 
 目を覚ました空信の眠気は一気に吹っ飛んだ。何が起きているのかさっぱり分からない。そこには懐かしい光景が広がっていた。
 今夜の紅月城は大いに盛り上がっている。それもそのはず、今日は城主である紅月清貴の誕生日。豪華な料理に美味い酒。美女たちによる華麗な踊り。紅月城の武士たちは宴会を楽しんでいた。紅月清貴は綺麗な着物を身に纏い、上座に座っている。
「おい空信、どうした!」
 呆気に取られている空信の肩を、酔っ払いの武士仲間、河本虎次が揺さぶる。
 夢でも見ているのだろうか。
「ほら、空信、酒だ!」
 同じく武士仲間の赤井真宗が酔っ払いながら酒を口に突っ込んできた。
「ほれ、菊丸も飲め飲め!」
 虎次は武士の中にポツンと混じっている子どもにも酒を勧めている。
「虎次飲み過ぎー!」
 菊丸は空信の後ろ側へとハイハイしながら逃げてきた。虎次は笑いながら追いかける。
「これ、やめなさい」
 白髪の爺さんがそれを止めた。なんともアホらしくて幸せな夢だ。

 空信は日が経つにつれて確信していくようになる。
「やっぱり、過去に戻っている……」
 そして、紅月城から城下町を見下ろしながら空信は覚悟を決めた。
「この城を救うんだ」
 空信は記憶を頼りに敵国である黒山家を探りつつ、未来を変えるために動き出した。

「爺、黒山家に使いを頼みたい」
 清貴は紅月城1番の長老、河本光昭に巻物を渡した。空信は時空を超える前のこの日のことを鮮明に覚えている。爺さんは巻物を渡し終えた帰りに何者かに襲われ、無惨な姿で見つかることとなる。
「清貴殿、爺、その役、私が引き受けても良いだろうか」
 空信の発言に皆目を丸くした。
「良いが。急にどうしたんだ?」
 清貴は不思議そうな顔で首を横に傾けている。
「爺さんには貸しがあるからな。この辺で返しておきたい」
 空信は理由をつけて、爺さんを紅月城に留まらせることにした。
 空信は襲われることなく、無事にこの任務をやり遂げた。そして、もちろん爺さんも無事だった。

 しかし、爺さんの死を回避してから7日後の朝。
「空信! 爺さんが倒れた!」
 菊丸に叩き起こされた空信は急いで爺さんのもとへと向かう。突然胸を苦しそうに押さえながら倒れたらしい。空信が爺さんの部屋に着いたときにはもう、爺さんは息をしていなかった。
「寿命だったんだろう……。長く城をお守りすることができて爺も幸せだったと思う」
 爺さんの孫でもある虎次は寂しさを堪えていた。
「爺、ありがとう」
 清貴は爺さんの手を握ってお礼を言った。
「寿命か……」
 空信はしばらく黙ったまま、爺さんの顔を見つめた。

 空信にはもう一つ黒山の乱前に変えたいと思っていた過去がある。
 同盟を結んでいる山中家が近々戦をするらしく、紅月はそれに手を貸すことになっていた。
「清、次の戦なんだが、菊丸を外してくれないか」
 空信は清貴に頼んだ。
「問題ないが、どうしてだ?」
「本人は隠しているつもりみたいだが、稽古のしすぎで腕を痛めている。足手まといになるだけだ」
「そうか。では菊丸には休養を与えよう」
「そうしてくれると助かる」
 もちろん菊丸が腕を痛めているというのは嘘だ。しかし、時空を超える前のこの戦で、菊丸は戦死してしまう。城に留まらせておくにこしたことはない。空信は安堵の表情を浮かべた。

 出陣から2週間後。清貴、空信らは勝利をおさめて城に戻ってきた。しかし、そんな彼らを悲しい現実が待ち受けていた。
「お帰りなさいませ」
 紅月の娘たちが戦終わりの武士たちを労う。
「ただいま。城は変わりなかったか?」
 清貴は優しい笑顔を見せる。
「それが……」
 娘たちは俯いた。
「清貴殿、こちらに」
 留守番を頼んでいた武士が真剣な面持ちで清貴を呼ぶ。案内された場所で待っていたのは、棺に入れられた菊丸だった。
「月ノ丘で娘たちが野盗集団に襲われたらしい。娘たちに怪我はなかったみたいだが……」
「そうか」
 清貴はまだ小さい菊丸の手を握った。空信はその様子をただ茫然と見ていた。

 空信は気付きはじめていた。空信の行動によって過去は少しずつ変わってきている。しかし、どうやら生死の運命だけは変えられないらしい。本来その人が死ぬはずだった出来事を回避しても、数日以内に辻褄を合わせるかのように亡くなってしまう。
「紅月城を守れるのは俺だけか」
 空信は覚悟を決めた。

 やはり黒山家との戦を避けることはできなかった。空信の働きにより奇襲の可能性を事前に把握することに成功するが……。
「清貴殿、どうやら黒山家は松前家と手を組んだらしい。おそらく兵力は想定の3倍になる。陣地にいた兵の数は多くなかったが……」
 様子を見に行った真宗が真っ青な顔をして戻ってきた。
「軍を分けて奇襲をかけるつもりだろうな。残りの兵は……鷹ノ森か?」
 清貴は真宗の言葉を遮って結論を述べた。地図を見つめる清貴の顔は真剣そのものだ。
「鷹ノ森は俺と虎次が行こう」
 真宗の言葉に虎次は頷いた。兵力差もある。地形的にも不利だ。しかし戦わなければならない。
「頼んだ」
 清貴は視線をあげて真宗と虎次の目を見た。清貴の思いを受け取り2人は鷹ノ森へと向かって走り出した。
「山中家の増援が来るまで持ちこたえられるかどうかが勝負だな」
 清貴は隠しているつもりなのだろうが、不安が表情に出始めている。それだけ戦況は不利なのだ。
「紅月城で待つ者のためにもここで負けるわけにはいかない」
 空信は刀をギュッと握りしめた。清貴は気持ちを立て直し、空信に賛同するように深く頷いた。

 紅月軍と黒山軍の戦い。
「清、死ぬなよ」
 清貴は頷いた。その返事を感じ取った空信は黒山軍へと向かって走り出す。激しい乱闘が始まった。
 清貴と空信は大人数相手になんとか耐えている。しかし、時間が経つにつれて顔に表れる疲労の色が濃くなっていった。明らかに黒山軍よりも体力を消耗している。
「このままじゃまずい。清、一度引いて立て直そう」
「うん」
 2人が陣へ戻ろうとしたときだった。敵大将の刀が清貴を襲う。
 グサッ!
「ッ……!」
 空信は間一髪のところで清貴を窮地から救った。しかし、代わりに致命傷を負ってしまう。
 空信は自分が傷を負ってしまったことを清貴に悟られないよう、無理やり声を張った。
「陣まで走るぞ!」
 清貴の背中を押した空信はそのまま力尽き、戦場のど真ん中で命を落とした。
「……ッ!」
清貴は、歯をギッと噛み締め、振り返ることなく走り続けた。

 陣に戻ったタイミングで清貴は山中家からの増援と合流することに成功する。その後黒山軍からの攻撃をなんとか耐え抜き、紅月城は守られた。

◆◆◆◆◆

 1年8組の舞台は無事成功のうちに終わった。