星ノ谷高校から電車で1駅。聖奈は藤原くんの家があるらしい神城駅に着いた。本当にこんなところに家があるんだろうかと思えるくらいビルが立ち並んでいる。
「聖奈! わざわざありがとう!」
出口近くで待っていてくれた藤原くんが近付いてくる。白い大きめのTシャツに黒い細めのズボンを履いているだけだが、撮影中のモデルなんじゃないかと思えるくらいカッコよく着こなしている。
「藤原くん、こんな都会に住んでるの?」
「少し歩くけどね、行こっか」
歩き出した藤原くんに並ぶようにして聖奈も歩き始めた。
ビル街を抜けたところでちょっとした住宅街が見えてきた。どの家も敷地が広めで高級感が溢れている。聖奈は「一体この家はいくらするんだろう?」と思った。おそらく社長、政治家、芸能人などの大金持ちが住んでいるに違いない。
藤原くんはオシャレな広い庭がある敷地へと入っていった。奥の方に高級ホテルかのようなマンションが見えてきた。
自動ドアが開き藤原くんは慣れた様子で建物の中へと入っていく。
「お家、ここ?」
聖奈は建物内のオシャレな装飾をキョロキョロしながら見た。
「うん」
藤原くんはエレベーターホールへの扉、エレベーター内の階数ボタン、居住エリアへの扉、それぞれにオートロックキーをかざしながら聖奈を最上階の部屋へと案内した。だいぶセキュリティがしっかりしているマンションのようだ。
ピッ、ウィーン、カチャッ。
「どうぞ」
藤原くんは501と彫られている黒い扉を開けた。
「おじゃまします」
聖奈は大理石の玄関で靴を脱ぎ、藤原くんに案内されるままリビングへと入っていった。
広々としたリビングスペース。ベッドとしても使えそうな長いソファ。家電屋さんでも見たことないくらいの大きなテレビ。オシャレにくねった形のダイニングテーブル……加奈子の家も相当なお金持ちだと思ったけれど、レベルが違う。
「いらっしゃい」
聖奈は声の方を振り向いた。30歳くらいの日本人男性が鍋をかき混ぜながら立っている。
「あ……」
聖奈は思わず声を出してしまった。この男性に見覚えがある。
「やっぱり君だったか」
聖奈の反応を見た男性は何かを確信したようだ。
「蒼から『メラールが好きな子』って聞いててね。『えぐれしあん』にたまにいるよね?」
男性はやさしく微笑んだ。『えぐれしあん』とは高校の近くにあるエグレシア料理の店である。
「はい」
聖奈は頷いた。
「あ、そうだ。あの、これ、つまらないものですが」
聖奈は思い出したかのように、念のため購入しておいたデパ地下の小さいお菓子詰め合わせを鞄から出した。お金持ち相手に恥ずかしい気もしたが、今日ここに来ることは家族に話していないし、聖奈のお小遣いではどうしてもこうなってしまう。
「おう、わざわざありがとね」
男性は鍋の火を止めキッチンから出てくる。聖奈からお菓子を受け取りカウンターに置いた。
「良かったら座って。荷物はソファに置いちゃっていいから」
男性はL字を描いているソファに聖奈を案内すると、聖奈が座ってない方側に腰掛けた。そして、藤原くんも男性に並ぶようにして座る。
聖奈は自分の鞄をソファに置くのはさすがに気が引けたので床に置くことにした。
「あ、忘れてた!」
男性は急いでキッチンへと戻りカチャカチャ音を鳴らしたあとガラスのコップを持って戻ってきた。
「麦茶。良かったらどうぞ」
「ありがとうございます」
何か期待していたわけではないが、庶民的な飲み物を出されたことに聖奈は意外性を感じた。というより少しホッとした。
「自己紹介がまだだったね。どうも、藤原宗馬です」
「金子聖奈です」
藤原宗馬と名乗る男性が出した右手に応えるように聖奈も少し腰を浮かせて立ち上がり右手で握手をした。
「藤原でも宗馬でも好きなように呼んでくれれば」
「はい」
頭の中で「藤原」といえば藤原蒼になってしまっている聖奈は「もし呼ぶ機会があれば宗馬さんとでも呼ぼう」と思いながら再びソファに腰掛けた。
「さて、本題なんだけど」
宗馬さんは愛嬌のある笑顔を崩さなかった。が、目の奥の光だけが、すっと消えたことに聖奈は気付いた。そのせいか聖奈の胸の鼓動が少し速くなる。
「蒼がアズール・メリアッシュ前公子なんじゃないかって考えたそうだね?」
「はい……」
聖奈は「さすがに冗談だったんですけどねー」とでも言おうと思ったがやめた。少しピリっとした空気を感じる。
「そのことは誰かに話した?」
「いえ、誰にも話していないです。海外研修メンバーにもクラスメイトにも。今日ここに来ることも家族には伝えていません」
宗馬さんの口振りは優しかったが、聖奈はプレッシャーのようなものを感じとった。2人を安心させるために、いや、聖奈自身を守るためだったのかもしれない。とにかく「本当に誰にも伝えていない」という事実を強くアピールした。
「そうか、助かるよ」
宗馬さんの口調が落ち着いたものになった。一呼吸おいて話を続ける。
「結論を言うと、蒼はアズール・メリアッシュ前公子ではない。……が、元エグレシア王国民でメリアッシュ家の遠い親戚にあたる。ということもあって、蒼とアズール前公子は顔が似ているんだ」
聖奈は、藤原くんを一瞬だけチラッと横目で見た。
「ちなみに、聖奈さんが見たっていう写真はどんなだったんだい?」
「えっと……。ウェスター鉱山というところにある鉱物博物館で撮影された写真でした。そこの管理人から、その写真が10年前に撮影されたアズール・メリアッシュ前公子のものであることは聞いています」
「なるほどね。ってことは5〜6歳頃の写真か」
宗馬さんは腕を組んで少しばかり考え込んだ。室内が静寂に包まれる。聖奈はいたたまれなくなって、麦茶を一口だけ飲んだ。そして、聖奈がコップを机に戻したところで、宗馬さんは腕を解き、聖奈を見た。
「実は、蒼はとある事件に巻き込まれて身元を保護しなければならない立場にあるんだ。これでも髪色とアイコンタクトで見た目を変えているつもりなんだけどね」
宗馬さんは険しい表情を見せながら続けた。
「もしアズール・メリアッシュ前公子に似ている少年がいると知れ渡ってしまうと、蒼の身が危険に晒されてしまうかもしれない。根拠がはっきりしていようがいまいが、話題になるだけで危険なんだ。だから、一方的なお願いで申し訳ないんだけど、今回のことは忘れて大ごとにはしないでほしい」
「分かりました」
聖奈は真剣な顔で頷いた。
「そして、本件についてはこれ以上深入りしないでもらえると助かる。聖奈さん自身の安全を守るためにも、ね」
「はい」
聖奈は直感的に「関わるな」というメッセージを感じ取った。と同時に寂しいような虚しいような気持ちになった。どこかで藤原くんがアズであることを期待していたのかもしれない。
「さて、重い話はここまで。ところで聖奈さんはお昼ご飯食べてきた?」
宗馬さんの顔がまた愛嬌たっぷりのものに戻った。
「あ、はい、軽く」
「そっかー。メラール作ってたんだけどね、もし良かったら食べていくかい? 好きだろ?」
「はい、ぜひいただきます」
「良かったら学校での蒼の様子を聞かせてくれよ」
そう言って宗馬さんはキッチンへと戻っていった。
広いリビングには聖奈と藤原くんの2人だけになった。
「というわけなんだ。聖奈、ごめんね」
藤原くんは申し訳なさそうな顔をしている。
「ううん、私の方こそ。なんか、ごめん。大事なこと話させちゃって……」
聖奈は藤原くんの表情に応えるようにやさしく微笑んだ。
「でも、そっか。アズール・メリアッシュ前公子、会って話してみたかったな」
鉱物博物館でアズール・メリアッシュ前公子の写真を見たときに蘇った記憶。前世なのか、それとも何か別の記憶なのかは分からないけれど、聖奈にとって、とても大切なもののように思えた。だからこそ会いたかった。
「何を話してみたかったの?」
藤原くんは、聖奈の口走った「会って話してみたかった」の「話して」の部分が気になったらしい。確かに「会ってみたい」でなく「話してみたい」というのは、なくもないが少し違和感のある発言だ。
「話して……。私、何を話したかったんだろう?」
聖奈自身、いまいち考えがまとまっていない。「前世」とか「記憶」とか自分でもよく分からない状態だから仕方がない。
「とりあえず……相談。かな?」
聖奈が、とっちらかった頭の中で導き出した答えは、今の聖奈の本音だった。もしかしたら、アズール・メリアッシュ前公子の立場なら、シュルカナイトの件、どうにかできるかもしれない。宮田くんの弟、伊織くんの病気を治してあげられるかもしれない。
そして、聖奈はなんとなく「アズなら全力で助けてくれそう」と感じていた。
「相談……?」
藤原くんは少しだけ首を傾げた。
「ううん、なんでもない」
宮田くんの話は簡単に他人にできる話でもない。聖奈はぎこちない笑顔でごまかした。
ダイニングテーブルの方から煮込んだ牛肉の良い匂いが漂ってきた。
「2人とも、お昼にしよう」
宗馬さんは聖奈と藤原くんをダイニングテーブルに呼んだ。テーブルには白い皿に盛り付けられたメラールと、薄くカットされたパンが置かれている。
「いただきます」
聖奈はさっそくメラールをスプーンで掬って口に含んだ。トロトロになったお肉から溢れてきたのはいわゆる「お袋の味」というものだった。
「お口にあったかな?」
宗馬さんはメラールを噛み締めるように食べている聖奈を見つめていた。
「はい、おいしいです」
聖奈はスプーンをお皿に置いて宗馬さんの方を見た。
「あの、これ、隠し味にシナモン入ってます?」
「そうだよ。すごいな、よく分かったね」
宗馬さんは目を少しだけ大きく見開いた。
「私、これ、好きです」
「そうか、それは良かった」
聖奈は幸せそうな顔を浮かべながらまたメラールを口に含んだ。
「ところで、蒼は学校で楽しくやれているかい? あんまり話してくれなくてね」
宗馬さんはまるでお母さんだ。正直、聖奈は宗馬さんと藤原くんの関係が気になっていたが、言われた通り深掘りはしないことにした。
「蒼さんは人気者ですよ。女子の間では『白王子』なんて呼ばれて。告白たくさんされてるって風の噂で聞いてます」
藤原くんへの客観的評価はこんなもんだろう。
藤原くんは自分の話をされるのが恥ずかしいのか少し不満そうな顔をしている。
「おっ! ちゃんと青春してるんじゃないか」
宗馬さんがニヤニヤしながら藤原くんの顔を覗き込んだ。藤原くんは嫌そうな顔をしている。そういえば藤原くんの顔がここまで崩れるのを聖奈は初めて見た気がする。藤原くんの素の態度を見れたことが今日イチ聖奈にとって嬉しいことだった。
その後も宿泊研修の話、日常生活の話、文化祭の話、聖奈は宗馬さんにいろいろなことを話した。そして、この雑談を通して、宗馬さんは聖奈をずっと観察し続けていた。が、その視線の意味に聖奈は全く気付いていなかった。
聖奈は鞄を肩にかけ、玄関の方へと向かった。
「今日はありがとね」
宗馬さんが声をかけた。
「いえ、こちらこそ。メラールもご馳走様でした」
聖奈はお礼を言って立ったまま靴を履いた。
「蒼、駅まで送ってあげなさい」
「あ、大丈夫です! ちょっと寄り道もしたいですし!」
聖奈は宗馬さんの厚意を遮るように断った。寄り道をしたいというのは嘘だが、聖奈はなんとなく1人で頭を冷やしたい気持ちになっていた。
「本当に大丈夫?」
藤原くんは心配そうに聖奈を見つめる。
「うん、私、記憶力は良い方だから」
「クラス2位が言うなら間違いない」
藤原くんは優しく微笑んだ。
その笑顔が眩しくて、聖奈はとっさに視線を逸らした。そのとき、目に入ったアクセサリースタンドに見覚えのあるネックレスがかかっているのを見つけた。聖奈は思わず目を細めて凝視する。
「どうかした?」
藤原くんの声が聞こえる。
「この白い石のアクセサリーどこかで見たなと思って。お守り?」
聖奈はチェーンにつけられた正八面体の白い石を凝視したまま話した。石本体というよりチェーンと石を繋ぐ金具に見覚えがある。正八面体の上半分を手のような装飾が包み込んでいる。
「うん、そんなようなもんかな」
「じゃあ、鉱物博物館のお土産ショップ……?私が見たのは青っぽかったんだけど……」
聖奈はアクセサリーから目を離し、視線を藤原くんへと戻した。藤原くんはキョトンとした顔をしている。
「そういえば最近エグレシア王国で石のお守りが流行ってるらしいって聞いたなあ」
宗馬さんは右手の親指と人差し指で顎を触りながら口を挟んだ。
「博物館でも特集組まれてました!」
「やっぱり今人気なんだねえ」
宗馬さんは興味深そうに言った。
聖奈は鞄を改めて肩にかけ直す。
「今日はありがとうございました。お邪魔しました」
聖奈は軽くお辞儀をして藤原家をあとにした。
「聖奈! わざわざありがとう!」
出口近くで待っていてくれた藤原くんが近付いてくる。白い大きめのTシャツに黒い細めのズボンを履いているだけだが、撮影中のモデルなんじゃないかと思えるくらいカッコよく着こなしている。
「藤原くん、こんな都会に住んでるの?」
「少し歩くけどね、行こっか」
歩き出した藤原くんに並ぶようにして聖奈も歩き始めた。
ビル街を抜けたところでちょっとした住宅街が見えてきた。どの家も敷地が広めで高級感が溢れている。聖奈は「一体この家はいくらするんだろう?」と思った。おそらく社長、政治家、芸能人などの大金持ちが住んでいるに違いない。
藤原くんはオシャレな広い庭がある敷地へと入っていった。奥の方に高級ホテルかのようなマンションが見えてきた。
自動ドアが開き藤原くんは慣れた様子で建物の中へと入っていく。
「お家、ここ?」
聖奈は建物内のオシャレな装飾をキョロキョロしながら見た。
「うん」
藤原くんはエレベーターホールへの扉、エレベーター内の階数ボタン、居住エリアへの扉、それぞれにオートロックキーをかざしながら聖奈を最上階の部屋へと案内した。だいぶセキュリティがしっかりしているマンションのようだ。
ピッ、ウィーン、カチャッ。
「どうぞ」
藤原くんは501と彫られている黒い扉を開けた。
「おじゃまします」
聖奈は大理石の玄関で靴を脱ぎ、藤原くんに案内されるままリビングへと入っていった。
広々としたリビングスペース。ベッドとしても使えそうな長いソファ。家電屋さんでも見たことないくらいの大きなテレビ。オシャレにくねった形のダイニングテーブル……加奈子の家も相当なお金持ちだと思ったけれど、レベルが違う。
「いらっしゃい」
聖奈は声の方を振り向いた。30歳くらいの日本人男性が鍋をかき混ぜながら立っている。
「あ……」
聖奈は思わず声を出してしまった。この男性に見覚えがある。
「やっぱり君だったか」
聖奈の反応を見た男性は何かを確信したようだ。
「蒼から『メラールが好きな子』って聞いててね。『えぐれしあん』にたまにいるよね?」
男性はやさしく微笑んだ。『えぐれしあん』とは高校の近くにあるエグレシア料理の店である。
「はい」
聖奈は頷いた。
「あ、そうだ。あの、これ、つまらないものですが」
聖奈は思い出したかのように、念のため購入しておいたデパ地下の小さいお菓子詰め合わせを鞄から出した。お金持ち相手に恥ずかしい気もしたが、今日ここに来ることは家族に話していないし、聖奈のお小遣いではどうしてもこうなってしまう。
「おう、わざわざありがとね」
男性は鍋の火を止めキッチンから出てくる。聖奈からお菓子を受け取りカウンターに置いた。
「良かったら座って。荷物はソファに置いちゃっていいから」
男性はL字を描いているソファに聖奈を案内すると、聖奈が座ってない方側に腰掛けた。そして、藤原くんも男性に並ぶようにして座る。
聖奈は自分の鞄をソファに置くのはさすがに気が引けたので床に置くことにした。
「あ、忘れてた!」
男性は急いでキッチンへと戻りカチャカチャ音を鳴らしたあとガラスのコップを持って戻ってきた。
「麦茶。良かったらどうぞ」
「ありがとうございます」
何か期待していたわけではないが、庶民的な飲み物を出されたことに聖奈は意外性を感じた。というより少しホッとした。
「自己紹介がまだだったね。どうも、藤原宗馬です」
「金子聖奈です」
藤原宗馬と名乗る男性が出した右手に応えるように聖奈も少し腰を浮かせて立ち上がり右手で握手をした。
「藤原でも宗馬でも好きなように呼んでくれれば」
「はい」
頭の中で「藤原」といえば藤原蒼になってしまっている聖奈は「もし呼ぶ機会があれば宗馬さんとでも呼ぼう」と思いながら再びソファに腰掛けた。
「さて、本題なんだけど」
宗馬さんは愛嬌のある笑顔を崩さなかった。が、目の奥の光だけが、すっと消えたことに聖奈は気付いた。そのせいか聖奈の胸の鼓動が少し速くなる。
「蒼がアズール・メリアッシュ前公子なんじゃないかって考えたそうだね?」
「はい……」
聖奈は「さすがに冗談だったんですけどねー」とでも言おうと思ったがやめた。少しピリっとした空気を感じる。
「そのことは誰かに話した?」
「いえ、誰にも話していないです。海外研修メンバーにもクラスメイトにも。今日ここに来ることも家族には伝えていません」
宗馬さんの口振りは優しかったが、聖奈はプレッシャーのようなものを感じとった。2人を安心させるために、いや、聖奈自身を守るためだったのかもしれない。とにかく「本当に誰にも伝えていない」という事実を強くアピールした。
「そうか、助かるよ」
宗馬さんの口調が落ち着いたものになった。一呼吸おいて話を続ける。
「結論を言うと、蒼はアズール・メリアッシュ前公子ではない。……が、元エグレシア王国民でメリアッシュ家の遠い親戚にあたる。ということもあって、蒼とアズール前公子は顔が似ているんだ」
聖奈は、藤原くんを一瞬だけチラッと横目で見た。
「ちなみに、聖奈さんが見たっていう写真はどんなだったんだい?」
「えっと……。ウェスター鉱山というところにある鉱物博物館で撮影された写真でした。そこの管理人から、その写真が10年前に撮影されたアズール・メリアッシュ前公子のものであることは聞いています」
「なるほどね。ってことは5〜6歳頃の写真か」
宗馬さんは腕を組んで少しばかり考え込んだ。室内が静寂に包まれる。聖奈はいたたまれなくなって、麦茶を一口だけ飲んだ。そして、聖奈がコップを机に戻したところで、宗馬さんは腕を解き、聖奈を見た。
「実は、蒼はとある事件に巻き込まれて身元を保護しなければならない立場にあるんだ。これでも髪色とアイコンタクトで見た目を変えているつもりなんだけどね」
宗馬さんは険しい表情を見せながら続けた。
「もしアズール・メリアッシュ前公子に似ている少年がいると知れ渡ってしまうと、蒼の身が危険に晒されてしまうかもしれない。根拠がはっきりしていようがいまいが、話題になるだけで危険なんだ。だから、一方的なお願いで申し訳ないんだけど、今回のことは忘れて大ごとにはしないでほしい」
「分かりました」
聖奈は真剣な顔で頷いた。
「そして、本件についてはこれ以上深入りしないでもらえると助かる。聖奈さん自身の安全を守るためにも、ね」
「はい」
聖奈は直感的に「関わるな」というメッセージを感じ取った。と同時に寂しいような虚しいような気持ちになった。どこかで藤原くんがアズであることを期待していたのかもしれない。
「さて、重い話はここまで。ところで聖奈さんはお昼ご飯食べてきた?」
宗馬さんの顔がまた愛嬌たっぷりのものに戻った。
「あ、はい、軽く」
「そっかー。メラール作ってたんだけどね、もし良かったら食べていくかい? 好きだろ?」
「はい、ぜひいただきます」
「良かったら学校での蒼の様子を聞かせてくれよ」
そう言って宗馬さんはキッチンへと戻っていった。
広いリビングには聖奈と藤原くんの2人だけになった。
「というわけなんだ。聖奈、ごめんね」
藤原くんは申し訳なさそうな顔をしている。
「ううん、私の方こそ。なんか、ごめん。大事なこと話させちゃって……」
聖奈は藤原くんの表情に応えるようにやさしく微笑んだ。
「でも、そっか。アズール・メリアッシュ前公子、会って話してみたかったな」
鉱物博物館でアズール・メリアッシュ前公子の写真を見たときに蘇った記憶。前世なのか、それとも何か別の記憶なのかは分からないけれど、聖奈にとって、とても大切なもののように思えた。だからこそ会いたかった。
「何を話してみたかったの?」
藤原くんは、聖奈の口走った「会って話してみたかった」の「話して」の部分が気になったらしい。確かに「会ってみたい」でなく「話してみたい」というのは、なくもないが少し違和感のある発言だ。
「話して……。私、何を話したかったんだろう?」
聖奈自身、いまいち考えがまとまっていない。「前世」とか「記憶」とか自分でもよく分からない状態だから仕方がない。
「とりあえず……相談。かな?」
聖奈が、とっちらかった頭の中で導き出した答えは、今の聖奈の本音だった。もしかしたら、アズール・メリアッシュ前公子の立場なら、シュルカナイトの件、どうにかできるかもしれない。宮田くんの弟、伊織くんの病気を治してあげられるかもしれない。
そして、聖奈はなんとなく「アズなら全力で助けてくれそう」と感じていた。
「相談……?」
藤原くんは少しだけ首を傾げた。
「ううん、なんでもない」
宮田くんの話は簡単に他人にできる話でもない。聖奈はぎこちない笑顔でごまかした。
ダイニングテーブルの方から煮込んだ牛肉の良い匂いが漂ってきた。
「2人とも、お昼にしよう」
宗馬さんは聖奈と藤原くんをダイニングテーブルに呼んだ。テーブルには白い皿に盛り付けられたメラールと、薄くカットされたパンが置かれている。
「いただきます」
聖奈はさっそくメラールをスプーンで掬って口に含んだ。トロトロになったお肉から溢れてきたのはいわゆる「お袋の味」というものだった。
「お口にあったかな?」
宗馬さんはメラールを噛み締めるように食べている聖奈を見つめていた。
「はい、おいしいです」
聖奈はスプーンをお皿に置いて宗馬さんの方を見た。
「あの、これ、隠し味にシナモン入ってます?」
「そうだよ。すごいな、よく分かったね」
宗馬さんは目を少しだけ大きく見開いた。
「私、これ、好きです」
「そうか、それは良かった」
聖奈は幸せそうな顔を浮かべながらまたメラールを口に含んだ。
「ところで、蒼は学校で楽しくやれているかい? あんまり話してくれなくてね」
宗馬さんはまるでお母さんだ。正直、聖奈は宗馬さんと藤原くんの関係が気になっていたが、言われた通り深掘りはしないことにした。
「蒼さんは人気者ですよ。女子の間では『白王子』なんて呼ばれて。告白たくさんされてるって風の噂で聞いてます」
藤原くんへの客観的評価はこんなもんだろう。
藤原くんは自分の話をされるのが恥ずかしいのか少し不満そうな顔をしている。
「おっ! ちゃんと青春してるんじゃないか」
宗馬さんがニヤニヤしながら藤原くんの顔を覗き込んだ。藤原くんは嫌そうな顔をしている。そういえば藤原くんの顔がここまで崩れるのを聖奈は初めて見た気がする。藤原くんの素の態度を見れたことが今日イチ聖奈にとって嬉しいことだった。
その後も宿泊研修の話、日常生活の話、文化祭の話、聖奈は宗馬さんにいろいろなことを話した。そして、この雑談を通して、宗馬さんは聖奈をずっと観察し続けていた。が、その視線の意味に聖奈は全く気付いていなかった。
聖奈は鞄を肩にかけ、玄関の方へと向かった。
「今日はありがとね」
宗馬さんが声をかけた。
「いえ、こちらこそ。メラールもご馳走様でした」
聖奈はお礼を言って立ったまま靴を履いた。
「蒼、駅まで送ってあげなさい」
「あ、大丈夫です! ちょっと寄り道もしたいですし!」
聖奈は宗馬さんの厚意を遮るように断った。寄り道をしたいというのは嘘だが、聖奈はなんとなく1人で頭を冷やしたい気持ちになっていた。
「本当に大丈夫?」
藤原くんは心配そうに聖奈を見つめる。
「うん、私、記憶力は良い方だから」
「クラス2位が言うなら間違いない」
藤原くんは優しく微笑んだ。
その笑顔が眩しくて、聖奈はとっさに視線を逸らした。そのとき、目に入ったアクセサリースタンドに見覚えのあるネックレスがかかっているのを見つけた。聖奈は思わず目を細めて凝視する。
「どうかした?」
藤原くんの声が聞こえる。
「この白い石のアクセサリーどこかで見たなと思って。お守り?」
聖奈はチェーンにつけられた正八面体の白い石を凝視したまま話した。石本体というよりチェーンと石を繋ぐ金具に見覚えがある。正八面体の上半分を手のような装飾が包み込んでいる。
「うん、そんなようなもんかな」
「じゃあ、鉱物博物館のお土産ショップ……?私が見たのは青っぽかったんだけど……」
聖奈はアクセサリーから目を離し、視線を藤原くんへと戻した。藤原くんはキョトンとした顔をしている。
「そういえば最近エグレシア王国で石のお守りが流行ってるらしいって聞いたなあ」
宗馬さんは右手の親指と人差し指で顎を触りながら口を挟んだ。
「博物館でも特集組まれてました!」
「やっぱり今人気なんだねえ」
宗馬さんは興味深そうに言った。
聖奈は鞄を改めて肩にかけ直す。
「今日はありがとうございました。お邪魔しました」
聖奈は軽くお辞儀をして藤原家をあとにした。
