僕の願いを君にたくして

 ウェスター鉱山の入口に着いた聖奈たち星ノ谷生一行は敷地内を走るトロッコ付き列車に乗った。トンネルを抜け、鉄橋を渡り、列車は森の奥の方へとぐんぐん進んでいく。まるでテーマパークのアトラクションに乗っているような気分だ。聖奈は脳内で冒険映画のBGMを流してみた。
 終着駅に着き、列車を降りた聖奈たちはすぐ近くの観光坑道へと入っていく。薄暗い洞窟のような場所。坑道内を照らす淡いオレンジ色の電球が良い味を出している。ところどころに採鉱の様子を再現した人形が置かれていたり、写真と解説文が掲示されていたり。「観光」を意識しているらしい。
 坑道を抜けると「鉱山博物館」と書かれた小さな建物が見えた。
「なんか、大学にあった建物に似てるね」
 加奈子は聖奈の隣で呟いた。
「うん」
 聖奈はじっと鉱物博物館を見つめながら軽く頷いた。
 赤レンガ造りの趣のある小さな建物、その横に置かれている線路とトロッコの模型、奥の方から顔をのぞかせる小さなユリの花壇。聖奈はこの場所を知っている。そんな感覚が、胸の奥に広がっていた。

 ミレリア駅を歩いていたときから聖奈は確信するようになった。「私はこの国に住んでいたことがある」と。
 ミレリア小児病院、エドワード・メリアッシュ前公爵が住んでいたとされる邸宅、ウェスター鉱山……。目にしたときに蘇ってくる記憶は、本物だと思う。記憶と実物に少し差異があるあたりがかえって現実味を増していた。
 「記憶が蘇る」と言ってもどれも朧げで。今この場から見えるユリの花壇を見たときも、「ユリを引き抜いて怒られた」という記憶が脳内に流れ込んできたが、誰に怒られたのか、なぜ抜こうとしたのかは思い出せない。

 鉱物博物館へと入っていった聖奈たちはガイドと共にさまざまな鉱物を見学した。自然のものとは思えないほど規則正しい模様がついている石、見た目に反して軽い石、暗闇の中で光を放つ石……。よく見るような石から不思議な石までさまざまな鉱物が展示されている。
「面白いじゃん」
 あまり地学に興味のない加奈子も食いついている。
「ね。博物館が占いとかおまじないとかみたいな非科学的なものを解説してるなんて思わなかった」
 聖奈は加奈子の隣に立った。そこには「地球のエネルギーと人々の信仰」と書かれた解説文が掲示されている。エグレシア王国では400年程前に石をお守りとして贈り合う文化が流行したらしい。
「茜のお土産これでいいかもね。あっちのお土産ショップに売ってるってさ」
 解説文の下に置かれていたパンフレットを開きながら加奈子が言った。どうやら博物館内のお土産ショップでウェスター鉱山で採掘された鉱物で作られたお守りが売られているらしい。
「いいと思う!」
 聖奈は加奈子に賛同した。
「よし! じゃあ、学力向上系のやつにしよう!」
 加奈子はイタズラっぽい笑顔を聖奈に向けた。
「そんなのあるの?」
 聖奈はパンフレットを覗き込んだ。本当にそれらしいことが書いてある。学力、健康、恋愛……まるで日本の神社だ。
「それと、大きめの石があったら劇の小道具用に欲しいんだよねー」
 加奈子はパンフレットをじーっと見つめる。
「石なんて出てくるっけ?」
「うん。空信が願いをかける祠の中には石が祀られてあったの。その辺は原作に忠実にしたくてね」
「なるほど」
「あー、でも、持ち運び大変か! うん、日本で探そう」
 加奈子はパンフレットを閉じて鞄のサイドポケットに突っ込んだ。

 加奈子は「演劇で使用する石はどんなものが最適か」という観点で真剣に鉱物を見始めている。これだけ石を見れる機会はなかなかない。それっぽいデザインを研究したいらしい。
 聖奈はゆっくりとあたりを見渡した。星ノ谷生がエンターテイメント性に富んだコーナーを中心に点々と散らばっている。顔を右の方へと向けたところで真剣な眼差しの宮田くんが視界に入った。奥まった部屋の中で鉱物がズラーっと並んでいる棚を見つめている。
「シュルカナイト?」
 「S」の棚の前に立っていた宮田くんに聖奈は近付いた。一瞬ビクッと肩を上げた宮田くんが振り向く。
「金子さんか。……うん、そうだね。せっかくだから見ておこうかと思ったんだけど。ここには無いみたい」
 宮田くんはもう一度棚の方を向いた。
「シュルカナイト……Sだよね……」
 聖奈も一緒になって探し始めたところで、2人の背後から声が聞こえた。
「シュルカナイトかい?」
 声の主はこの鉱物博物館の管理人らしい。それらしい制服を着ている。
「はい。こちらには展示されていないんでしょうか?」
 聖奈は流暢なエグレシア英語で尋ねた。
「あー、それならこっちだよ。見にくるかい?」
 管理人は親指で管理人室を指した。聖奈と宮田くんはお互いに目を合わせて頷いた。

 管理人室。ホコリや汚れなどはなく、掃除は行き届いているみたいだが、書類や小物が多くごちゃごちゃしている。部屋が汚い人あるあるなのかもしれないが、物で溢れかえった机から、管理人は迷いなくシュルカナイトの入った木箱を取り出した。場所はちゃんと把握できているらしい。
「ちょっとワケありでね。奥に引っ込めたんだ」
 管理人は木箱を開けた。中には深い蒼色の石が入っている。
「ワケあり?」
 宮田くんは管理人の言葉が気になったらしい。聖奈は少しだけ心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
「政府特別使用石に指定されてしまってね。こういう場所で一般公開できないんだ」
「えっと……、見てもよかったんですか?」
 宮田くんは管理人の顔を見ながら尋ねた。
「うん、政府特別使用石に指定されたの、納得してないからね。あ、でも、ここで見たことは内緒だよ?」
 管理人はいたずらっぽく笑った。
「ありがとうございます」
 聖奈と宮田くんはお礼を言うと、シュルカナイトへと視線を戻した。宮田くんはじっとシュルカナイトを見つめる。その目はかすかに潤んでいた。

 管理人はシュルカナイトの木箱をもとあった場所に戻した。そのときだ。近くにあった書類のタワーに触れてしまったらしくザザーっと雪崩が起きてしまう。
「大丈夫ですか?」
 聖奈は思わず近付く。
「大丈夫、大丈夫」
 管理人は崩れた書類のタワーを大雑把に建て直した。その際にタワーの奥に置いてあった1枚の写真が聖奈の目に入る。鉱物博物館横にあるトロッコの模型の前で撮影されたらしい写真だ。小さな男の子が写っている。
 聖奈の記憶がまた一つ蘇った。
「あの……。その写真の男の子って、アズール・メリアッシュ前公子ですか?」
 聖奈は瞬きもせず写真をじっと見たまま尋ねた。
「あー、うん、よく知ってるね。あんまり顔出ししてないはずだけど。10年くらい前の写真かな」
 写真の小さな男の子はススで汚れた白い服を着ながら満面の笑みを見せている。
「金子さん?」
 宮田くんは不思議そうに聖奈の方を見たあと、写真へと視線を移した。
「なんでもない。行こっか」
 聖奈は宮田くんと共に管理人室をあとにした。
 
◆◆◆◆◆

 日本に帰国した聖奈は、帰宅して早々PCを起動した。検索バーをクリックし「メリアッシュ惨殺事件 被害者」と入力する。そして、1番上に出てきたまとめページのようなサイトにアクセスしてみた。
 メリアッシュ惨殺事件の被害者は13人。エドワード・メリアッシュ前公爵、エマ・メリアッシュ前公爵夫人、アズール・メリアッシュ前公子、その他使用人等10名。

 海外研修を経て確信した。聖奈にはエグレシア王国に住んでいた記憶がある。しかし、はっきりと覚えているわけではない。特定の場所や人物を見たときにぼんやりと関連した記憶が思い出される程度。
 そして一つ言えるのは、どれも「子どもの頃の記憶」だということ。日本人として幼少期を過ごした聖奈は前世エグレシア人説を自分の中で推していた。
 だが、前世の記憶だと仮定すると時系列が不自然である。どういうわけか、聖奈は生きていれば同い年であろうアズール・メリアッシュ前公子のことを知っている。写真を見たときに記憶の欠片が脳内に映し出されたのだ。
 小学生くらいの頃だと思う。メリアッシュ邸で、アズール・メリアッシュ前公子……アズと遊んだ記憶がある。とても大好きで大切な友達。

 そして、聖奈にはもう一つ気になっていることがあった。

 日本新聞データベースへアクセスし、3年前の新聞を次々と確認していく。
 エグレシア王国で書かれたであろうネットニュース、アップロードされているエグレシア王国のニュース番組、エグレシア王国の人が書いたと思われるSNSの投稿…。

 事件が起きたのは3年前の6月15日。すぐに遺体となって発見できたのはアズール・メリアッシュ前公子を除く12人。そのほとんどが刺殺もしくは銃殺による失血死。特に損傷が激しかったのがエドワード・メリアッシュ前公爵とエマ・メリアッシュ前公爵夫人のご遺体で、それぞれ30箇所以上の傷があり首と胴が切断されていた。そしてもう1人、アジア人と思われる人物のご遺体。近くには装飾品として使われていたと思われる剣が落ちており、激しく争ったものと考えられている。
 そして事件から10日後。邸宅の庭の木に焼死体が吊るされているのが発見された。身に付けていた宝石からアズール・メリアッシュ前公子と断定。
 その後、犯行を行ったとされる暗殺組織は、基地と思われる小さな小屋にて遺体で発見された。事件の状況からメリアッシュ家に対して強い恨みをもっていたと思われるが、この組織が壊滅されている以上はっきりとした動機は分からない。

 聖奈が帰宅をしてからすでに5時間が経過している。自分では気付けていないが、聖奈の体力と精神はもう限界に近い。
「聖奈ー?いるのー?」
 仕事から戻ってきたお母さんが聖奈の部屋をゆっくり開けた。
「起きてるじゃない! こんな暗闇で何やってるの!」
「ごめん、さっきまで疲れて寝てたんだけど。ちょっと気になることあって調べごとしてた」
 聖奈は何事もなかったようにPCを閉じてリビングへと向かった。