海外研修5日目。今日は決められたプログラムはなく、自由に過ごして良い日だ。ホテルで休息をとるも良し、ショッピングモールに行ってお土産を購入するも良し、観光スポットに行くも良し。ホテル周辺で過ごす生徒を除いて、聖奈たちは柳川先生と共にホテル最寄りのサンファラ駅へと向かった。
「じゃ、私は反対方向だから」
改札内に入った加奈子は聖奈に向かって右手をあげ去っていった。宣言通りアングラ演劇を観に行くらしい。
「自由時間は17時までだから。何か困ったことあったら電話しなさいねー」
「はーい」
加奈子は柳川先生の声に反応しながら、地下鉄乗り場に向かって階段を降りていった。
「あとは全員こっちね」
柳川先生に連れられて聖奈たちは駅のホームへと向かった。
英語で「キャンリメイ」と表示されている電車が到着する。
「全員これね」
日本と違って電車内は空いているが座席は少ない。ほとんどの乗客が近くの柱や吊り革に捕まりながら立っている。
車内は乗客の話し声でガヤガヤしているが、なんとなく日本でのマナーが染みついているのか、聖奈たちは静かだ。
「次はアーカスタ」
サンファラ駅を出発して5分。車内放送が聞こえると同時に柳川先生がリュックを肩に掛け直した。
「科学博物館組は次よー」
電車はアーカスタ駅に到着した。柳川先生に続き、星ノ谷生が数人降りて行く。気付けば車内にいる日本人は聖奈と宮田くんだけになった。
電車が動き出す。
「金子さん、どこまで?」
宮田くんは聖奈の立っている場所に一歩近付いた。
「ミレリア駅ってところまで」
「……何しに行くの?」
「ミレリア駅周辺を……散歩?」
「観光スポットじゃないよね?」
「うん、田舎町って感じ……なのかな」
「そっか」
宮田くんは電車の窓に反射で映った聖奈を一度チラッと見た。が、目を逸らすように車内広告へと視線を移す。
「宮田くんは前に言ってた小児科の先生に会いに行くの?」
「うん、そのつもり」
「そっか」
その後、何かを言いたいような言いたくないような……そんなムズムズした時間を過ごしながら2人並んで電車に揺られ続けた。
「次はミレリアー」
さっきまで地下鉄を走っていた電車は地上に出ている。
「じゃ、私ここだから」
聖奈は電車のホームに降り立ち、改札のある右方向に身体を向けた。動き出した電車に視線を向けたが、宮田くんを見つけることはできなかった。
「実は俺もここなんだ」
聖奈の後ろから聞き慣れた声がした。聖奈はクルッと勢いよく振り向く。
「なんとなく言い出せなくて、ごめん」
宮田くんは恥ずかしそうにはにかみながら笑った。そのまま2人は改札方向へと歩いていった。
ホテル周辺とは違い、駅前だというのにすぐそこには一面緑色の畑が広がっている。ところどころに見える建物は小さくてかわいらしい。少し遠くには木で覆われた大きな森のようなエリアがあり「都会から離れた場所なんだな」と一瞬で感じさせられる。
「金子さんどっち?」
宮田くんはスマートフォンの地図アプリを開いている。
「うーん。左かなあ」
聖奈はあたりを見渡してから答えた。
「ほんとに決めてないんかよ」
「うん、散歩しにきただけだから」
「そっか」
2人の間を風が通り過ぎていく。聖奈は風に運ばれて届いた土と葉の混ざった匂いに懐かしさを感じていた。
「あのさ、良かったら一緒に来る?」
意外な発言に驚いた聖奈は宮田くんの方へと顔を向けた。宮田くんはスマートフォンを見つめている。
「面会の予定があるんじゃ……」
どこか儚げな宮田くんの横顔に異変を感じた聖奈は、自らの言葉を止めた。
「お墓参りなんだよね」
何でもないふうを装いながら、宮田くんは顔を上げて聖奈に微笑みかけた。
「……そっか」
聖奈は一呼吸おいてから続けた。
「私も一緒に行ってもいい?」
聖奈は優しい笑顔を見せる。宮田くんを1人にしたくないと思った。
聖奈と宮田くんは2人並んで歩き始めた。「コールグリンパ症の治療でお世話になった先生の小児病院」というのがこの近所にあるらしい。小児病院の前を通るルートで、先生が眠っている墓地に行くつもりみたいだ。
聖奈は歩きながら、昨日エグレシア大学の学生が話してくれたことを思い出していた。やっぱり、ジョンさんがお世話になった悠聖先生と、宮田くんの恩人は同一人物だったんだ……。
「あのさ、金子さんには話しておこうと思って。」
1区画分続いていた無言の時間を破ったのは宮田くんだった。
「弟の治療、中止になったんだ……」
宮田くんの声は少し震えていた。
「……」
聖奈はなんて返せばいいのか分からず、静かに宮田くんの方を向いた。宮田くんはずーっと先の方を見つめている。
「治療薬の材料として使われていたシュルカナイトって石の供給が止まっちゃったらしくて。だから、もう、弟は、おそらく……」
宮田くんは言葉にしてしまったらそれが本当になってしまう気がしたのか、口をきゅっと閉じた。
「……そっか」
聖奈は胸が締め付けられる思いがした。
強めの風が吹き、聖奈の髪がふわりと舞い上がる。
「……実は知ってた、治療が中止になったこと。課題、シュルカナイトについてのレポート提出してたから。昨日の研究室見学のときにたまたま耳に入っちゃって。その、黙っててごめん」
「そっか。鉱物学研究室、僕も行けばよかったなぁ。……でも、まだ心の整理がつけられなかった。研究室の人たち、何か言ってた?」
「……シュルカナイトの医療活用研究は教授や研究室の人たちにとっても大切なものだったって。中止せざるを得なくなって残念がってた」
「なんかさ、もう高校生なのに、頑張ればなんとかできるんじゃないかって思って。調べたんだ、研究中止の経緯を」
宮田くんは自分で調べた「研究中止になった経緯」を聖奈に説明した。それらは、昨日聖奈が研究室で聞いた内容と全く同じだった。が、聖奈は初めて聞いたかのように、ゆっくりと相槌を打ちながら静かに宮田くんの話を聞いた。
「……そっか」
辛い現実と向き合おうとしている宮田くんを見て、聖奈は少し泣きそうになった。
「弟は治験が中止になったってこと、まだ知らないんだ。まだ薬は少しだけど残ってるしね」
「……」
「自分も小児科医になるんだって勉強頑張ってて……」
宮田くんは再び声を震わせた。
「……。弟さん、名前、なんて言うの?」
「伊織。今中学1年生」
「もしかしたら他の治療法が見つかるかもしれないし。良くなるといいね、伊織くん」
「うん、そうだね」
聖奈は宮田くんを元気づけたかった。でも、宮田くんの返事を聞いて「完治させられる治療法は他にないだろう」となんとなく察してしまった。
◆◆◆◆◆
聖奈はレンガで作られた大きめの家の手前で立ち止まった。さまざまな色の花で飾られた大きな庭には小さいブランコやすべり台、ハンモックのようなものが置かれている。
「ここ?」
聖奈は宮田くんの方を見た。
「うん、そうみたい」
家のドア上には「ミレリア小児病院」と書かれた看板がついている。
聖奈の目頭が熱くなった。
宮田くんはスマートフォンを自分の目の前に掲げた。
カシャッ。カシャッ。
聖奈は宮田くんの方を不思議そうに見る。
「伊織へのお土産。お守りにしたいんだって」
聖奈の視線に気付いた宮田くんが答えた。
「それ、いいね」
聖奈もポケットからスマートフォンを取り出す。
カシャッ。
聖奈は愛おしそうに撮ったばかりの写真を見つめた。
「私もお守りにしようかな。待ち受けにしたら私も小児科医になれる気がする」
聖奈はスマートフォンの設定を触りながら嬉しそうに微笑んだ。
「金子さん、小児科医志望なんだ」
「うん。私のお母さんが小児科の看護師やってるからかな? ずっと昔から身近で憧れの職業で」
「実は俺も医学部志望なんだ。研究医になりたくて」
宮田くんは病院の方へと視線を変えて話を続けた。
「この病院を開業した悠聖先生は、もともと研究医だったんだ。でも、エグレシア王国に住んでいた知人の息子が重い病気になっちゃったらしくて、それで助けるためにここに来たんだって」
聖奈は「悠聖先生」という名前を聞いたせいか、胸の鼓動が早くなるのを感じた。メリアッシュ惨殺事件の被害者だ。この事件がなければ、エドワード・メリアッシュ前公爵が生きていれば、悠聖先生が生きていれば、伊織くんの病気は治せたかもしれない。
「そろそろ行こっか」
真剣な表情で病院を見つめる聖奈の横顔を見ながら、宮田くんは優しく微笑んだ。
「うん」
聖奈は宮田くんに微笑み返し、駅から見えていた木で覆われた大きな森のようなエリアの方へ歩き出した。
ミレリア小児病院から20分程歩いただろうか。ちょっとした住宅街を抜けたところで長い並木通りが見えた。聖奈と宮田くんは2人並んで一本道を歩いていく。奥に進むにつれて増していく静けさに、2人は神聖さを感じていた。
木で挟まれた長い一本道が途切れたとき、視界には広々とした草の絨毯が飛び込んできていた。白い石で作られた大小さまざまなお墓が数えきれないほど建てられている。
「……。さすがにお墓の場所までは分からないや」
宮田くんは墓地のあまりの広さに困惑しているみたいだ。
「あ……」
聖奈は隣にいる宮田くんにも聞こえないような小さな声を漏らすと、たくさんの百合の花が供えられたお墓に向かって歩き出した。
「金子さん……?」
宮田くんは聖奈のあとをついていく。
「ここじゃない?」
聖奈は「Yusei Suzuki」と彫られているお墓の前で立ち止まった。
「ほんとだ……よく分かったね」
宮田くんは目を丸くしながら聖奈の方を向いた。
「百合の花。悠聖先生か病院のスタッフかは分からないけど、好きなのかなって。さっきの病院にもたくさん植えられてたから」
「気付かなかった……」
「私のお母さんが百合奈って名前で、家の中、百合の花の飾りが多いから。どうしても目に入っちゃうんだよね」
「だとしてもすごい推理力」
「じゃあ探偵になろうかなぁ」
「はは、何か困ったら金子探偵事務所に依頼するわ」
2人はお互いに少しイタズラっぽい表情を浮かべながら顔を見合わせた。
「地元の人かな。お墓、きれいにされてるね」
聖奈はしゃがみ込んで墓石に手を当てる。
「天涯孤独な人だって聞いてたけど。地元の人たちに愛されてたんだね」
宮田くんは立ったまま静かに目を閉じて手を合わせた。その様子を見た聖奈も、座ったまま黙祷を捧げた。
墓地のある広場から並木道を通り一般道へと戻ってきた。
「もう一つだけ行きたいところがあるんだけど、いい?」
宮田くんは覚悟を決めたような表情を浮かべている。
「うん、時間もあるし、どこ?」
「あそこ」
宮田くんは木で覆われた大きな森のようなエリアを指差した。聖奈の頭の中には「メリアッシュ邸」の文字が浮かんでいた。
墓地のすぐ隣にある木で覆われた大きな森のようなエリア。木で囲まれた中央部分をよく見てみると高い城壁のようなものが見える。城壁の高さや土地の広さから察するに、おそらく中には立派な邸宅が建てられているのだろう。
しばらく歩いたところで、鋼鉄でできた頑丈そうな門が見えてきた。
「ここ、エドワード・メリアッシュ前公爵が住んでた邸宅らしいんだ」
宮田くんは門の前で立ち止まった。門外からは、おそらく邸宅まで続いているであろう一本道が見えている。が、途中でカーブしているせいで中の様子はほとんど分からない。
「3年前の事件が起きた場所でもあるんだよね」
宮田くんの声色が明らかに重くなった。
コンクリートでできた一本道は落ち葉による汚れなのか、シミのようなものがついていた。門の隣に見える守衛室のような場所は何もなくガランとしていて、どことなく寂しい空気が流れている。おそらくメリアッシュ邸は3年間手入れされていない。
「大丈夫?」
聖奈は顔色が悪くなっていく宮田くんに気付いた。
「うん、やっぱ行こっか。あんまりいい気、しないしね」
宮田くんは平静を装いながら来た道を戻り始めた。
聖奈も宮田くんに続いて歩き出そうとしたが、もう一度だけメリアッシュ邸の方に視線を向けた。そのとき、なんとなく抱いていた違和感の正体に気付いた。
門の下部分についているタイヤとコンクリートの隙間に最近のものと思われるキレイな状態の葉っぱがいくつも挟まっている。それだけで断定はできないが、おそらく中に出入りしている人がいる。
事件の調査のためか、邸宅内の整理のためか……当たり前と言えば当たり前だが、聖奈はこの事実を頭の中の引き出しにしまっておくことにした。
住宅街を通り抜け、ラベンダー畑に挟まれた通りへときた。風に誘われラベンダーの香りがフワッと宙に舞う。
爽やかな紫色の景色に見惚れていた聖奈だったが、ふと、隣に宮田くんがいないことに気付いた。振り返ると、宮田くんは20m程後ろで歩みを止めている。目を潤ませながら切なげな表情でラベンダー畑を見ていた。
「宮田くん?」
聖奈は宮田くんの方へと駆け寄った。宮田くんは今にも泣きそうな顔で寂しげに微笑む。
聖奈がなんて声をかけるのが良いか頭の中で言葉を模索しているときだった。宮田くんの頭がトンっと聖奈の左肩に触れた。
風が奏でる自然の音だけが聞こえる。
聖奈は宮田くんを抱きしめてあげたい気持ちになったが、そこまでの勇気は出せず。その代わり、右手を宮田くんの背中に当てて優しくさすった。聖奈の左肩が、じんわりとあたたかくなっていく。
宮田くんは頭を上げながら一歩下がった。
「ごめん」
少し照れくさそうに笑う宮田くんを見て、聖奈はホッとしたように微笑みながらゆっくり頷いた。
2人は並んでミレリア駅へ向かって歩いていた。宮田くんの心の中はまだぐちゃぐちゃしているのかもしれないけれど、それでも彼は、前を向こうとしているようだ。
「ところでさ、今更だけど、なんでミレリアだったの? 散歩するにしても本当に何もない場所じゃん?」
いつの間にか、口調だけは「いつもっぽい宮田くん」に戻っている。
「理由聞いたらドン引きすると思うよ?」
聖奈はここに来たことによって、自分に関して一つの答えを見出せた気がしていた。
「それはよけいに気になるやつ」
「私、多分、前世ここに住んでた」
「……」
聖奈の予想外の発言に宮田くんは一瞬言葉を失った。
「ね? 引いたでしょ?」
「斜め上過ぎて」
「まあ、冗談だから。気にしないで」
聖奈はあっさりとした表情を見せた。そんな聖奈を見ながら、宮田くんは「あながち嘘じゃないかもしれない」と思った。
「じゃ、私は反対方向だから」
改札内に入った加奈子は聖奈に向かって右手をあげ去っていった。宣言通りアングラ演劇を観に行くらしい。
「自由時間は17時までだから。何か困ったことあったら電話しなさいねー」
「はーい」
加奈子は柳川先生の声に反応しながら、地下鉄乗り場に向かって階段を降りていった。
「あとは全員こっちね」
柳川先生に連れられて聖奈たちは駅のホームへと向かった。
英語で「キャンリメイ」と表示されている電車が到着する。
「全員これね」
日本と違って電車内は空いているが座席は少ない。ほとんどの乗客が近くの柱や吊り革に捕まりながら立っている。
車内は乗客の話し声でガヤガヤしているが、なんとなく日本でのマナーが染みついているのか、聖奈たちは静かだ。
「次はアーカスタ」
サンファラ駅を出発して5分。車内放送が聞こえると同時に柳川先生がリュックを肩に掛け直した。
「科学博物館組は次よー」
電車はアーカスタ駅に到着した。柳川先生に続き、星ノ谷生が数人降りて行く。気付けば車内にいる日本人は聖奈と宮田くんだけになった。
電車が動き出す。
「金子さん、どこまで?」
宮田くんは聖奈の立っている場所に一歩近付いた。
「ミレリア駅ってところまで」
「……何しに行くの?」
「ミレリア駅周辺を……散歩?」
「観光スポットじゃないよね?」
「うん、田舎町って感じ……なのかな」
「そっか」
宮田くんは電車の窓に反射で映った聖奈を一度チラッと見た。が、目を逸らすように車内広告へと視線を移す。
「宮田くんは前に言ってた小児科の先生に会いに行くの?」
「うん、そのつもり」
「そっか」
その後、何かを言いたいような言いたくないような……そんなムズムズした時間を過ごしながら2人並んで電車に揺られ続けた。
「次はミレリアー」
さっきまで地下鉄を走っていた電車は地上に出ている。
「じゃ、私ここだから」
聖奈は電車のホームに降り立ち、改札のある右方向に身体を向けた。動き出した電車に視線を向けたが、宮田くんを見つけることはできなかった。
「実は俺もここなんだ」
聖奈の後ろから聞き慣れた声がした。聖奈はクルッと勢いよく振り向く。
「なんとなく言い出せなくて、ごめん」
宮田くんは恥ずかしそうにはにかみながら笑った。そのまま2人は改札方向へと歩いていった。
ホテル周辺とは違い、駅前だというのにすぐそこには一面緑色の畑が広がっている。ところどころに見える建物は小さくてかわいらしい。少し遠くには木で覆われた大きな森のようなエリアがあり「都会から離れた場所なんだな」と一瞬で感じさせられる。
「金子さんどっち?」
宮田くんはスマートフォンの地図アプリを開いている。
「うーん。左かなあ」
聖奈はあたりを見渡してから答えた。
「ほんとに決めてないんかよ」
「うん、散歩しにきただけだから」
「そっか」
2人の間を風が通り過ぎていく。聖奈は風に運ばれて届いた土と葉の混ざった匂いに懐かしさを感じていた。
「あのさ、良かったら一緒に来る?」
意外な発言に驚いた聖奈は宮田くんの方へと顔を向けた。宮田くんはスマートフォンを見つめている。
「面会の予定があるんじゃ……」
どこか儚げな宮田くんの横顔に異変を感じた聖奈は、自らの言葉を止めた。
「お墓参りなんだよね」
何でもないふうを装いながら、宮田くんは顔を上げて聖奈に微笑みかけた。
「……そっか」
聖奈は一呼吸おいてから続けた。
「私も一緒に行ってもいい?」
聖奈は優しい笑顔を見せる。宮田くんを1人にしたくないと思った。
聖奈と宮田くんは2人並んで歩き始めた。「コールグリンパ症の治療でお世話になった先生の小児病院」というのがこの近所にあるらしい。小児病院の前を通るルートで、先生が眠っている墓地に行くつもりみたいだ。
聖奈は歩きながら、昨日エグレシア大学の学生が話してくれたことを思い出していた。やっぱり、ジョンさんがお世話になった悠聖先生と、宮田くんの恩人は同一人物だったんだ……。
「あのさ、金子さんには話しておこうと思って。」
1区画分続いていた無言の時間を破ったのは宮田くんだった。
「弟の治療、中止になったんだ……」
宮田くんの声は少し震えていた。
「……」
聖奈はなんて返せばいいのか分からず、静かに宮田くんの方を向いた。宮田くんはずーっと先の方を見つめている。
「治療薬の材料として使われていたシュルカナイトって石の供給が止まっちゃったらしくて。だから、もう、弟は、おそらく……」
宮田くんは言葉にしてしまったらそれが本当になってしまう気がしたのか、口をきゅっと閉じた。
「……そっか」
聖奈は胸が締め付けられる思いがした。
強めの風が吹き、聖奈の髪がふわりと舞い上がる。
「……実は知ってた、治療が中止になったこと。課題、シュルカナイトについてのレポート提出してたから。昨日の研究室見学のときにたまたま耳に入っちゃって。その、黙っててごめん」
「そっか。鉱物学研究室、僕も行けばよかったなぁ。……でも、まだ心の整理がつけられなかった。研究室の人たち、何か言ってた?」
「……シュルカナイトの医療活用研究は教授や研究室の人たちにとっても大切なものだったって。中止せざるを得なくなって残念がってた」
「なんかさ、もう高校生なのに、頑張ればなんとかできるんじゃないかって思って。調べたんだ、研究中止の経緯を」
宮田くんは自分で調べた「研究中止になった経緯」を聖奈に説明した。それらは、昨日聖奈が研究室で聞いた内容と全く同じだった。が、聖奈は初めて聞いたかのように、ゆっくりと相槌を打ちながら静かに宮田くんの話を聞いた。
「……そっか」
辛い現実と向き合おうとしている宮田くんを見て、聖奈は少し泣きそうになった。
「弟は治験が中止になったってこと、まだ知らないんだ。まだ薬は少しだけど残ってるしね」
「……」
「自分も小児科医になるんだって勉強頑張ってて……」
宮田くんは再び声を震わせた。
「……。弟さん、名前、なんて言うの?」
「伊織。今中学1年生」
「もしかしたら他の治療法が見つかるかもしれないし。良くなるといいね、伊織くん」
「うん、そうだね」
聖奈は宮田くんを元気づけたかった。でも、宮田くんの返事を聞いて「完治させられる治療法は他にないだろう」となんとなく察してしまった。
◆◆◆◆◆
聖奈はレンガで作られた大きめの家の手前で立ち止まった。さまざまな色の花で飾られた大きな庭には小さいブランコやすべり台、ハンモックのようなものが置かれている。
「ここ?」
聖奈は宮田くんの方を見た。
「うん、そうみたい」
家のドア上には「ミレリア小児病院」と書かれた看板がついている。
聖奈の目頭が熱くなった。
宮田くんはスマートフォンを自分の目の前に掲げた。
カシャッ。カシャッ。
聖奈は宮田くんの方を不思議そうに見る。
「伊織へのお土産。お守りにしたいんだって」
聖奈の視線に気付いた宮田くんが答えた。
「それ、いいね」
聖奈もポケットからスマートフォンを取り出す。
カシャッ。
聖奈は愛おしそうに撮ったばかりの写真を見つめた。
「私もお守りにしようかな。待ち受けにしたら私も小児科医になれる気がする」
聖奈はスマートフォンの設定を触りながら嬉しそうに微笑んだ。
「金子さん、小児科医志望なんだ」
「うん。私のお母さんが小児科の看護師やってるからかな? ずっと昔から身近で憧れの職業で」
「実は俺も医学部志望なんだ。研究医になりたくて」
宮田くんは病院の方へと視線を変えて話を続けた。
「この病院を開業した悠聖先生は、もともと研究医だったんだ。でも、エグレシア王国に住んでいた知人の息子が重い病気になっちゃったらしくて、それで助けるためにここに来たんだって」
聖奈は「悠聖先生」という名前を聞いたせいか、胸の鼓動が早くなるのを感じた。メリアッシュ惨殺事件の被害者だ。この事件がなければ、エドワード・メリアッシュ前公爵が生きていれば、悠聖先生が生きていれば、伊織くんの病気は治せたかもしれない。
「そろそろ行こっか」
真剣な表情で病院を見つめる聖奈の横顔を見ながら、宮田くんは優しく微笑んだ。
「うん」
聖奈は宮田くんに微笑み返し、駅から見えていた木で覆われた大きな森のようなエリアの方へ歩き出した。
ミレリア小児病院から20分程歩いただろうか。ちょっとした住宅街を抜けたところで長い並木通りが見えた。聖奈と宮田くんは2人並んで一本道を歩いていく。奥に進むにつれて増していく静けさに、2人は神聖さを感じていた。
木で挟まれた長い一本道が途切れたとき、視界には広々とした草の絨毯が飛び込んできていた。白い石で作られた大小さまざまなお墓が数えきれないほど建てられている。
「……。さすがにお墓の場所までは分からないや」
宮田くんは墓地のあまりの広さに困惑しているみたいだ。
「あ……」
聖奈は隣にいる宮田くんにも聞こえないような小さな声を漏らすと、たくさんの百合の花が供えられたお墓に向かって歩き出した。
「金子さん……?」
宮田くんは聖奈のあとをついていく。
「ここじゃない?」
聖奈は「Yusei Suzuki」と彫られているお墓の前で立ち止まった。
「ほんとだ……よく分かったね」
宮田くんは目を丸くしながら聖奈の方を向いた。
「百合の花。悠聖先生か病院のスタッフかは分からないけど、好きなのかなって。さっきの病院にもたくさん植えられてたから」
「気付かなかった……」
「私のお母さんが百合奈って名前で、家の中、百合の花の飾りが多いから。どうしても目に入っちゃうんだよね」
「だとしてもすごい推理力」
「じゃあ探偵になろうかなぁ」
「はは、何か困ったら金子探偵事務所に依頼するわ」
2人はお互いに少しイタズラっぽい表情を浮かべながら顔を見合わせた。
「地元の人かな。お墓、きれいにされてるね」
聖奈はしゃがみ込んで墓石に手を当てる。
「天涯孤独な人だって聞いてたけど。地元の人たちに愛されてたんだね」
宮田くんは立ったまま静かに目を閉じて手を合わせた。その様子を見た聖奈も、座ったまま黙祷を捧げた。
墓地のある広場から並木道を通り一般道へと戻ってきた。
「もう一つだけ行きたいところがあるんだけど、いい?」
宮田くんは覚悟を決めたような表情を浮かべている。
「うん、時間もあるし、どこ?」
「あそこ」
宮田くんは木で覆われた大きな森のようなエリアを指差した。聖奈の頭の中には「メリアッシュ邸」の文字が浮かんでいた。
墓地のすぐ隣にある木で覆われた大きな森のようなエリア。木で囲まれた中央部分をよく見てみると高い城壁のようなものが見える。城壁の高さや土地の広さから察するに、おそらく中には立派な邸宅が建てられているのだろう。
しばらく歩いたところで、鋼鉄でできた頑丈そうな門が見えてきた。
「ここ、エドワード・メリアッシュ前公爵が住んでた邸宅らしいんだ」
宮田くんは門の前で立ち止まった。門外からは、おそらく邸宅まで続いているであろう一本道が見えている。が、途中でカーブしているせいで中の様子はほとんど分からない。
「3年前の事件が起きた場所でもあるんだよね」
宮田くんの声色が明らかに重くなった。
コンクリートでできた一本道は落ち葉による汚れなのか、シミのようなものがついていた。門の隣に見える守衛室のような場所は何もなくガランとしていて、どことなく寂しい空気が流れている。おそらくメリアッシュ邸は3年間手入れされていない。
「大丈夫?」
聖奈は顔色が悪くなっていく宮田くんに気付いた。
「うん、やっぱ行こっか。あんまりいい気、しないしね」
宮田くんは平静を装いながら来た道を戻り始めた。
聖奈も宮田くんに続いて歩き出そうとしたが、もう一度だけメリアッシュ邸の方に視線を向けた。そのとき、なんとなく抱いていた違和感の正体に気付いた。
門の下部分についているタイヤとコンクリートの隙間に最近のものと思われるキレイな状態の葉っぱがいくつも挟まっている。それだけで断定はできないが、おそらく中に出入りしている人がいる。
事件の調査のためか、邸宅内の整理のためか……当たり前と言えば当たり前だが、聖奈はこの事実を頭の中の引き出しにしまっておくことにした。
住宅街を通り抜け、ラベンダー畑に挟まれた通りへときた。風に誘われラベンダーの香りがフワッと宙に舞う。
爽やかな紫色の景色に見惚れていた聖奈だったが、ふと、隣に宮田くんがいないことに気付いた。振り返ると、宮田くんは20m程後ろで歩みを止めている。目を潤ませながら切なげな表情でラベンダー畑を見ていた。
「宮田くん?」
聖奈は宮田くんの方へと駆け寄った。宮田くんは今にも泣きそうな顔で寂しげに微笑む。
聖奈がなんて声をかけるのが良いか頭の中で言葉を模索しているときだった。宮田くんの頭がトンっと聖奈の左肩に触れた。
風が奏でる自然の音だけが聞こえる。
聖奈は宮田くんを抱きしめてあげたい気持ちになったが、そこまでの勇気は出せず。その代わり、右手を宮田くんの背中に当てて優しくさすった。聖奈の左肩が、じんわりとあたたかくなっていく。
宮田くんは頭を上げながら一歩下がった。
「ごめん」
少し照れくさそうに笑う宮田くんを見て、聖奈はホッとしたように微笑みながらゆっくり頷いた。
2人は並んでミレリア駅へ向かって歩いていた。宮田くんの心の中はまだぐちゃぐちゃしているのかもしれないけれど、それでも彼は、前を向こうとしているようだ。
「ところでさ、今更だけど、なんでミレリアだったの? 散歩するにしても本当に何もない場所じゃん?」
いつの間にか、口調だけは「いつもっぽい宮田くん」に戻っている。
「理由聞いたらドン引きすると思うよ?」
聖奈はここに来たことによって、自分に関して一つの答えを見出せた気がしていた。
「それはよけいに気になるやつ」
「私、多分、前世ここに住んでた」
「……」
聖奈の予想外の発言に宮田くんは一瞬言葉を失った。
「ね? 引いたでしょ?」
「斜め上過ぎて」
「まあ、冗談だから。気にしないで」
聖奈はあっさりとした表情を見せた。そんな聖奈を見ながら、宮田くんは「あながち嘘じゃないかもしれない」と思った。
