僕の願いを君にたくして

 エグレシア大学での3日間のプログラムを終えた聖奈たち星ノ谷生一行は、エグレシア王国の首都アーカスタ内にあるミュージカルストリートに来ていた。大小さまざまな劇場からは楽しげなBGMが聞こえてくる。きっと上演中のミュージカルソングなのだろう。
「テンション上がってきたー!」
 バスを降りてから、加奈子のニヤケ顔が止まらない。
「私の本命は明日のアングラの方なんだけどね。でも、やっぱり王道ミュージカルソング聞くとワクワクしちゃうよね」
 加奈子は明日の自由行動の日にアングラ演劇といわれるマイナーな演劇を見に行くらしい。なんでも、エグレシア王国には界隈で有名な劇団が存在しているんだとか。2日連続の舞台観劇予定に加奈子の心は踊っていた。
「この『メイレートン宮殿の秘密』ってのも有名なの?」
 聖奈は四つ折りのツルツルした紙に印刷されたフライヤーを片手に加奈子の方を見た。『メイレートン宮殿の秘密』とは今日聖奈たちが見に行く予定のミュージカルである。ミュージカルストリートで1番大きなファイレン劇場で上演中の作品だ。
「いや、これは知らない。今年から上演の作品みたいだし。……メイレートン宮殿ってエグレシア王国のお城でしょ?国オリジナルでまだ海外に出てないんじゃないかな?」
「なるほど。できれば知ってる作品見たかったなぁ」
「ちょっと分かる。英語どこまで聞き取れるか不安だわ」
 柳川先生から配られたチケットを手に、聖奈たちはミュージカルストリート突き当たりのファイレン劇場へと入っていった。

◆◆◆◆◆

 今からおよそ100年前。エグレシア王国にあるメイレートン宮殿では16歳になる王女アンナの誕生パーティーが開かれていた。煌びやかな装飾、豪華なディナー、優雅な演奏。成人となる王女のお祝いは過去に類を見ない程豪華なものだった。
 また、美しく知的で聡明なアンナ王女に恋心を抱く男性は多く、エグレシア王国内だけでなく世界各国の貴族や王族もお祝いにかけつけていた。
「アンナ王女、おめでとうございます。私とも一曲踊っていただけませんか」
 エグレシア王国に隣接する友好国、クルファナ王国のメンターナ公爵がアンナ王女にダンスを申し込んだ。
「ええ、喜んで」
 アンナ王女は他の男性に対するものと変わらぬ凛とした態度でメンターナ公爵の手をとった。

 そんな幸せムードから一転。エグレシア王国は絶望感に包まれることとなる。国内でも人気が高かったアンナ王女とその母親であるメアリー王妃が、メイレートン宮殿内にある池の中で無残な水死体となって発見されたのだ。パーティーから3日後の出来事だ。
 エグレシア王国の警備隊は証拠や証言をもとにメンターナ公爵が犯人であることを突き止める。アンナ王女が自分のものになってくれない虚しさからの殺害であった。
「……絶対に、クルファナ王国を許してはならない」
 心優しかったエグレシア王だったが、愛する妻と一人娘を奪われてしまったことにより、クルファナ王国に対して激しい憎悪を抱きはじめた。

 それから数日後。
「クルファナ王国との友好協定は解除、全面戦争をしかける!」
 エグレシア王はクルファナ王国に攻め込むことを決めた。もともと資源豊かで力を持っていたエグレシア王国、結果は圧勝だった。
 勝ち目のないクルファナ王はすぐエグレシア王に降参を申し出る。しかし、エグレシア王は受け入れを拒否。自分の中にある怒りを抑えることができなかったのだ。

「クルファナ王国を許してはならぬ!」
 エグレシア王国軍はクルファナ王国への侵攻を続ける。女子供関係なく、クルファナ王国の民間人を捕らえ、奴隷としてこき使い、殺し…。最初はクルファナ王国への怒りで戦争に賛同していたエグレシア王国民だったが、クルファナ王国で目にする惨たらしい光景に、次第に耐えられなくなっていった。

 いつまでも終わりを迎えることができない一方的な攻撃。
「このままではいけないのかもしれない……。私はどうすればよいのだ……」
 エグレシア王も頭では理解していた。しかし、心が言うことを聞いてくれない。
「本当はエグレシア王国民にもクルファナ王国民にも幸せになってもらいたいんだ。僕は僕の中に棲む悪魔を殺すことでこの2つの国を救うことにする」
 メアリー王妃とアンナ王女の殺害から3年。エグレシア王は議会の冒頭で突然立ち上がり、自身の首にナイフを突き刺し自害した。

 議会は王位継承権第一位であったエグレシア王の弟を急遽次の王に即位させ、エグレシア前王の意志を継ぎ、クルファナ王国との戦争を終わらせた。この事件と戦争によってできてしまった溝は深く、クルファナ王国と友好的な関係に戻ることは叶わなかったが、エグレシア王国とクルファナ王国はそれぞれの道を歩みはじめたのだった。

◆◆◆◆◆

 観劇を終えた聖奈たちは劇場の外に出た。すっかり暗くなっている。
「ミュージカルってもっと楽しい話ばかりだと思ってた」
 壮大なオーケストラと心揺さぶられる歌声は確かに素晴らしかったが、実話をもとにした重いストーリーに、聖奈は少しばかり暗い気持ちになっていた。
「ミュージカルだからってハッピーエンドになるとは限らないよ」
 加奈子はあっけらかんとしていた。
「加奈子的にはどうだった?」
 聖奈は加奈子の方を見た。
「うーん。クオリティは高いと思ったけどね。なんか気に食わなかった」
 観劇前まで盛り上がっていた加奈子だからこそ、不満げなのは聖奈にもなんとなく伝わった。
「重い話だったから?」
「というより、なんとなく政治臭がしたからかなぁ。エグレシア王国って確か王族とか貴族とかが政治してる国じゃん? なーんか、プロパガンダっぽいっていうか……」
「これ、政治目的の作品だったんだ……」
「いや、私の勝手な憶測だから。さすがにミュージカルストリート最大の劇場で上演されてる作品だからさ、日本でいう大河ドラマ的なやつなんじゃない?」
 キラキラと輝くイルミネーションに見送られながら、聖奈たち星ノ谷生一行はミュージカルストリートをあとにした。