7月に入った。茜が小型の扇風機を2台、右手と左手にそれぞれ持ち、両側から風を浴びている。
「エアコンの温度何度よー」
茜が髪を舞い上がらせながらぼやいたタイミングで、文化祭クラス実行委員の青山さんが近付いてきた。
「文化祭の演目なんだけど、『時ノ戦い』で確定したんだよね。それで相談なんだけど、脚本書けたりしないかな?」
茜は扇風機のスイッチを止めた。
「それなら加奈子に頼むといいよ。ね?」
茜は加奈子の方に顔を向けた。加奈子は顔色を全く変えることなく、青山さんの方へと視線を上げる。
「いつまでに上げればいい?」
「できれば来週末までにキャスト一覧だけでも欲しいかな……。脚本自体は終業式くらいまでにあると助かる」
「了解。やっとくよ」
「ありがとう! これ、文化祭の規定についてまとめたやつ。分からないことあったら聞いて!」
青山さんは、委員会で配布されたであろうホチキス留めの紙束を加奈子に渡し、自席へ戻っていった。
「加奈子……ごめんね。巻き込んで」
茜が珍しく申し訳なさそうな顔をしていた。
「そう思うなら、協力してよね」
加奈子は茜の肩をツンツンとつついた。
「加奈子、ほんとに大丈夫そう?」
聖奈は心配そうに加奈子の方を見つめる。スケジュール的に海外研修の課題ともろ被りである。
「うん、こうなることは予想できてたから。それに好きだしね」
加奈子の表情は微塵も不安を感じさせないものである。
「加奈子様……、本当に、ほんっとうに、できることがあれば何でもしますので!」
茜が手を合わせて上下に擦りながら拝んでいる。
「とりあえず、その配信とやらのURL教えてもらおうかしら?内容うろ覚えだし」
加奈子は机に肘をつくと、わざと偉そうな態度をとってみせた。
「了解であります! ついでに、おそらく作品の元ネタになったであろう資料情報も提供させていただきます!」
茜は加奈子に敬礼をしてみせた。
「へぇ、そんなのあったんだ?オリジナルかと思ってたけど……」
加奈子は肘をついたまま目を見開いた。
「実話というか伝説……なのかなあ。紅月って聞いたことあったから、調べてみたら見つけて……」
茜はさっきまでの小芝居をやめて真面目モードへと切り替えた。
「それは知らなかった。ちょっとワクワクしてきたかも!」
加奈子の目に、隠しきれない高揚感が灯っていた。
◆◆◆◆◆
脚本を書き始めてから1週間ちょっと。加奈子は「キャスト一覧だけでも」と言われていたがほぼ完成稿と言って差し支えない脚本も一緒に書き上げてきた。
「佐久間さん凄いね! めっちゃおもしろかった!」
青山さんが興奮気味に話しかけてきた。
「さすが演劇部!てか、このまま演出もやってくれない?」
宮脇さんもテンションが上がっている。
「必要とあらば」
加奈子は微笑みながら頷いた。
「OK! じゃあこれ印刷してみんなに配っちゃうね」
宮脇さんは脚本が書かれた紙の束をトントンと整えると青山さんと共に教室をあとにした。
「加奈子、ほんと才能あるよ。」
脚本を読んだ聖奈は加奈子に声をかけた。
「うん、配信で見たやつより絶対面白くなりそう!」
茜もワクワクした表情で加奈子の方を見る。
「ありがと」
加奈子としても渾身の出来だったのだろう。自信に満ちた顔をしていた。
「ところで加奈子、これ、元ネタ……というか歴史書版だよね?」
茜は加奈子からもらった脚本をペラペラめくりながら言った。
「うん。その方が好きだったし」
加奈子は「当たり前でしょ?」と言わんばかりの澄ました表情を見せた。
「舞台版と歴史書版って違うの?」
聖奈が話についていけずキョトンとしながら尋ねた。
「うん。加奈子が書いた脚本だと、タイムリープによって死から救えるのが清貴だけになってんじゃん?舞台版は全員助かるんだよね」
茜が淡々と説明した。
「未来を知ってるから何でもかんでも上手くいきますーってのもいいんだけどさ。それよりも、清貴を命がけで守った空信の心の葛藤を見せたくてね」
加奈子は自分が書いてきた脚本の最後の方のページをパラパラとめくった。そんな加奈子の眼差しを聖奈はじっと見つめていた。
◆◆◆◆◆
LHRの時間になった。紙を持った青山さんと宮脇さんが2人一斉に黒板に文字を書き始めた。
先週末の時点で、クラス全員に加奈子が書いた脚本とアンケートが配布された。アンケートにはキャスト一覧が記載されており、それぞれのキャストについて推薦したい人(自分含む)を最大3人まで書けるようになっていた。もちろん未記入でも可。そのアンケート結果をもとに青山さんと宮脇さんが暫定的に決めてくれたらしい。
「聖奈、名前書かれてるよ」
加奈子はぼんやりと外の景色を眺めていた聖奈の肩をツンツンと押した。
「え?」
聖奈は視線を黒板の方へと向ける。そこには「菊丸……金子聖奈」の文字が。菊丸は、剣が強い将来有望な10歳の男の子である。
ある日、主人公の清貴や空信が不在の際に、紅月城の娘たちが何者かに襲われてしまう。菊丸は異変に気付き1人で5人相手に戦いなんとか守りきるが、その際に深手の傷を負ってしまい命を落とす。この出来事は、主人公の空信が「タイムリープしても生死にまつわる運命だけは変えられないのかもしれない」と気付く重要なシーンだ。
「聖奈の剣の実力、発揮しちゃいましょう!」
茜はガッツポーズをしながら聖奈の方へと振り向いた。
「茜だな? 推薦したの」
聖奈は目を細めながら茜をじっと見た。
「たしかに、聖奈の名前書いたけど……。他にも推薦した人いると思うよ。聖奈が剣道強いってこと、わりとみんな知ってるしね」
茜はあっさりとした表情で言った。
「小柄で剣が上手いってなると、聖奈一択だよね」
加奈子も頷きながら茜に賛同している。
「加奈子も?」
聖奈は加奈子の方をバッと振り向いた。
「というか、聖奈になるだろうなと思いながら書いたからね、この脚本」
加奈子は自分の机の上に置いてある脚本をトントンと叩いた。
「では、加奈子のためにも頑張らせていただきます」
聖奈は座ったまま加奈子に向けてお辞儀をした。
特に異論が出ることもなく。青山さんと宮脇さんが黒板に記載した通りのキャストで確定した。
松永空信……宮田理玖
紅月清貴……藤原蒼
河本虎次……東山直樹
赤井真宗……神田啓介
黒山兼忠……中島彰人
黒山兼定……後藤涼介
河本光昭(爺さん)……元木大吾
菊丸……金子聖奈
お千夜(清貴の母)……坂本杏奈
菊丸の母……田村京香
紅月の娘たち……木下愛莉、中野芽衣、山本美咲
武士エキストラ……飯島和也、神田冬馬、竹本奏多、根本浩太、森山文也
「エアコンの温度何度よー」
茜が髪を舞い上がらせながらぼやいたタイミングで、文化祭クラス実行委員の青山さんが近付いてきた。
「文化祭の演目なんだけど、『時ノ戦い』で確定したんだよね。それで相談なんだけど、脚本書けたりしないかな?」
茜は扇風機のスイッチを止めた。
「それなら加奈子に頼むといいよ。ね?」
茜は加奈子の方に顔を向けた。加奈子は顔色を全く変えることなく、青山さんの方へと視線を上げる。
「いつまでに上げればいい?」
「できれば来週末までにキャスト一覧だけでも欲しいかな……。脚本自体は終業式くらいまでにあると助かる」
「了解。やっとくよ」
「ありがとう! これ、文化祭の規定についてまとめたやつ。分からないことあったら聞いて!」
青山さんは、委員会で配布されたであろうホチキス留めの紙束を加奈子に渡し、自席へ戻っていった。
「加奈子……ごめんね。巻き込んで」
茜が珍しく申し訳なさそうな顔をしていた。
「そう思うなら、協力してよね」
加奈子は茜の肩をツンツンとつついた。
「加奈子、ほんとに大丈夫そう?」
聖奈は心配そうに加奈子の方を見つめる。スケジュール的に海外研修の課題ともろ被りである。
「うん、こうなることは予想できてたから。それに好きだしね」
加奈子の表情は微塵も不安を感じさせないものである。
「加奈子様……、本当に、ほんっとうに、できることがあれば何でもしますので!」
茜が手を合わせて上下に擦りながら拝んでいる。
「とりあえず、その配信とやらのURL教えてもらおうかしら?内容うろ覚えだし」
加奈子は机に肘をつくと、わざと偉そうな態度をとってみせた。
「了解であります! ついでに、おそらく作品の元ネタになったであろう資料情報も提供させていただきます!」
茜は加奈子に敬礼をしてみせた。
「へぇ、そんなのあったんだ?オリジナルかと思ってたけど……」
加奈子は肘をついたまま目を見開いた。
「実話というか伝説……なのかなあ。紅月って聞いたことあったから、調べてみたら見つけて……」
茜はさっきまでの小芝居をやめて真面目モードへと切り替えた。
「それは知らなかった。ちょっとワクワクしてきたかも!」
加奈子の目に、隠しきれない高揚感が灯っていた。
◆◆◆◆◆
脚本を書き始めてから1週間ちょっと。加奈子は「キャスト一覧だけでも」と言われていたがほぼ完成稿と言って差し支えない脚本も一緒に書き上げてきた。
「佐久間さん凄いね! めっちゃおもしろかった!」
青山さんが興奮気味に話しかけてきた。
「さすが演劇部!てか、このまま演出もやってくれない?」
宮脇さんもテンションが上がっている。
「必要とあらば」
加奈子は微笑みながら頷いた。
「OK! じゃあこれ印刷してみんなに配っちゃうね」
宮脇さんは脚本が書かれた紙の束をトントンと整えると青山さんと共に教室をあとにした。
「加奈子、ほんと才能あるよ。」
脚本を読んだ聖奈は加奈子に声をかけた。
「うん、配信で見たやつより絶対面白くなりそう!」
茜もワクワクした表情で加奈子の方を見る。
「ありがと」
加奈子としても渾身の出来だったのだろう。自信に満ちた顔をしていた。
「ところで加奈子、これ、元ネタ……というか歴史書版だよね?」
茜は加奈子からもらった脚本をペラペラめくりながら言った。
「うん。その方が好きだったし」
加奈子は「当たり前でしょ?」と言わんばかりの澄ました表情を見せた。
「舞台版と歴史書版って違うの?」
聖奈が話についていけずキョトンとしながら尋ねた。
「うん。加奈子が書いた脚本だと、タイムリープによって死から救えるのが清貴だけになってんじゃん?舞台版は全員助かるんだよね」
茜が淡々と説明した。
「未来を知ってるから何でもかんでも上手くいきますーってのもいいんだけどさ。それよりも、清貴を命がけで守った空信の心の葛藤を見せたくてね」
加奈子は自分が書いてきた脚本の最後の方のページをパラパラとめくった。そんな加奈子の眼差しを聖奈はじっと見つめていた。
◆◆◆◆◆
LHRの時間になった。紙を持った青山さんと宮脇さんが2人一斉に黒板に文字を書き始めた。
先週末の時点で、クラス全員に加奈子が書いた脚本とアンケートが配布された。アンケートにはキャスト一覧が記載されており、それぞれのキャストについて推薦したい人(自分含む)を最大3人まで書けるようになっていた。もちろん未記入でも可。そのアンケート結果をもとに青山さんと宮脇さんが暫定的に決めてくれたらしい。
「聖奈、名前書かれてるよ」
加奈子はぼんやりと外の景色を眺めていた聖奈の肩をツンツンと押した。
「え?」
聖奈は視線を黒板の方へと向ける。そこには「菊丸……金子聖奈」の文字が。菊丸は、剣が強い将来有望な10歳の男の子である。
ある日、主人公の清貴や空信が不在の際に、紅月城の娘たちが何者かに襲われてしまう。菊丸は異変に気付き1人で5人相手に戦いなんとか守りきるが、その際に深手の傷を負ってしまい命を落とす。この出来事は、主人公の空信が「タイムリープしても生死にまつわる運命だけは変えられないのかもしれない」と気付く重要なシーンだ。
「聖奈の剣の実力、発揮しちゃいましょう!」
茜はガッツポーズをしながら聖奈の方へと振り向いた。
「茜だな? 推薦したの」
聖奈は目を細めながら茜をじっと見た。
「たしかに、聖奈の名前書いたけど……。他にも推薦した人いると思うよ。聖奈が剣道強いってこと、わりとみんな知ってるしね」
茜はあっさりとした表情で言った。
「小柄で剣が上手いってなると、聖奈一択だよね」
加奈子も頷きながら茜に賛同している。
「加奈子も?」
聖奈は加奈子の方をバッと振り向いた。
「というか、聖奈になるだろうなと思いながら書いたからね、この脚本」
加奈子は自分の机の上に置いてある脚本をトントンと叩いた。
「では、加奈子のためにも頑張らせていただきます」
聖奈は座ったまま加奈子に向けてお辞儀をした。
特に異論が出ることもなく。青山さんと宮脇さんが黒板に記載した通りのキャストで確定した。
松永空信……宮田理玖
紅月清貴……藤原蒼
河本虎次……東山直樹
赤井真宗……神田啓介
黒山兼忠……中島彰人
黒山兼定……後藤涼介
河本光昭(爺さん)……元木大吾
菊丸……金子聖奈
お千夜(清貴の母)……坂本杏奈
菊丸の母……田村京香
紅月の娘たち……木下愛莉、中野芽衣、山本美咲
武士エキストラ……飯島和也、神田冬馬、竹本奏多、根本浩太、森山文也
