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僕の心はどこにある?
君の心はどこにある?
心とはなんだろう。
理解される心。
共感する心。
君に心があるのなら。
僕は君に
共感したい。
そこに心があると、信じてみたい。
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その日は少し憂鬱だった。
「はぁ……」
僕は彼と庭を歩きながら、溜息をつく。
「どうしたの?今日はあまり元気がないのかい?」
彼はいつも通りの声色で僕の顔色を伺う。
「うん、ちょっとね……なんていうか、自分が嫌で……」
「……そっか」
彼は小さくそういうと、それ以上は何も言わなかった。
『悩みなら聞くよ』という訳でもない、『何かあった?』と聞いてくる訳でもない。
でもそれは決して、僕に対して冷たい訳ではない、相変らずこの庭は自由だ。
泣くのであればこのまま気が済むまで泣いていい。
このまま黙って彼と歩き続けてもいい。
僕の今の気持ちを彼に吐いてもいい。
僕がどんな行動をしても、彼はきっと『それでいいよ』と言ってくれる。
「今日ね、つい勢いで大切な人相手に感情的になっちゃったんだ」
気が付くと僕はポツリポツリと言葉を吐き出していた。
「……人間はどうしても感情的になってしまう生き物だと思うよ。頭では解っていたんだろうけど、どうしても気持ちが先走ってしまうんだよね?」
彼はいつもより少し低い声色でそう言った。
「そう――なんだけどね……まぁ、最終的には丸く収まったから良かったんだけれど、なんでもっと冷静になれなかったのかな……」
僕は再び大きなため息をつく。
「君に何があったのか、僕は詳しくはわからない、だけど、君が感情的になってしまった相手が大切な人だというのなら、『大切な人だからこそ、感情的になってしまった』んじゃないのかな?」
僕はそう言われて少し驚いたが、何も言えなかった。
いや『言わなかった』のかもしれない。
「君がその人を大切に思う気持ちが強いから、冷静に言葉を選ぶよりも先に、気持ちが出てきてしまったんじゃないかい?」
彼は僕の肩に優しく手を置くと、続けて口を開く。
「本当は冷静に話をしたかった。だけどそれが出来なかった。でも最終的に君は丸く収まったと言った。多分君がそんなに落ち込んで、自分が嫌だと言っているのは、『感情的にならなくても丸く収まる未来があった』という事を、後から思ったからじゃないのかな?」
「そう……そうなんだよ」
僕がそう呟くと、彼は肩に置いた手を背中に回し、優しくポンポンと叩く。
「でもそれはあくまでも『あった』という確信出来る物じゃない『あったかもしれない』物なんだという事だけは、忘れないで欲しいな。君は、自分が感情的になってしまった事を『無駄』だったと思っているのかもしれない。でもそんな事は無いんだ」
僕はその言葉に少しだけ目を丸くすると、彼は少しほほ笑みながら続けた。
「結果的に丸く収まったのであればそれはちょっとした『遠回り』であって無駄じゃない。感情的になった時は確かに周りが見えなくなっていたかもしれない。冷静じゃなかったかもしれない。だけど、冷静になった時君は視界がうんと開けた。だからいっぱい色々と考えてしまう。もし君が今度また感情的になりそうになった時、今日冷静になった時に見えた景色を思い出してごらん。もしかしたら、少しだけ違う景色が見えるかもしれないよ」
彼はそういうと僕の背中を優しくさすってくれた。
「……ありがとう」
「だから君が感情的になってしまった『今日』という日を忘れずに、いつか『今日』が『過去』になる『未来』まで、大事にするといいんじゃないかな」
それから暫くして、僕達は特に会話をすることもなく、ただ庭を歩いている。
彼が隣で同じ歩幅で歩いてくれている。それだけでいい。
ただ僕は自分の中である考え事をしていた。
その時だった。
「おやっ」
彼はそういうと歩みを止め、その場にしゃがんだ。
「こんな所に小さな芽が出てるよ、ほら!」
彼は明るい声で僕に「見て見て」と言いながら、その小さな芽に指をさす。
その芽は本当に出たばかりと言っていいだろう、頭に土を乗っけて身体を『く』の字に曲げた小指の先程度の芽だった。
彼はその芽を色んな角度から眺めていて、その姿は本当に楽しそうで、見ている僕も、心が温かくなってきた。
だから僕は彼に聞きたくなった。
「ねぇ」
「なんだい?」
彼はしゃがんだまま僕を見上げる。
「僕はさっき、自分が嫌だって言ったけど……」
「うん」
「もし、僕が感情的になった自分も、過去の自分も、全部嫌いになったら……それでも僕は僕なのかな」
暫くの間沈黙が続いた、でもこれは決して気まずいものでは無い、寧ろ僕はこの、彼に問いを渡した後の暫くの沈黙がたまらなく愛おしい。
そう思っていると小さな風が僕達を優しく撫で、その風が収まると彼はゆっくりと立ち上がった。
「……それは、難しい問いだね」
彼は珍しく今まで以上に悩んでいる様子だった。
「君がそんな事にまでなってしまう事は僕が悲しいからあまり想像したくはないけれど、もし、もしも本当に全部の自分が嫌いになった時は、周りを見渡してみて」
「周り――を?」
「君にとって大切な人がいるかどうか、見て欲しいんだ」
「……」
「もしその時に君が一人じゃなければ、まだ君は君だよ」
「一人じゃ――なければ……」
「君が自分の全部を嫌いになって、尚且つ君の周りに誰もいなくなっちゃったら、それは……残念だけど君は君じゃなくなっちゃうかもしれないね……僕はそう思うんだ。でもこれはあくまでも僕の考えだから、正解は解らないけどね」
彼はそう言って少し寂しそうに言った。
しかし、彼はすぐに僕をまっすぐ見据えてこう続けた。
「君は、自分が弱い人間だと思う?強い人間だと思う?」
突然の問いかけに僕は少し驚いたが、この時僕は一瞬も悩まずに答えていた。
「僕は全然強くない、弱い人間だよ……だから今日もこうして落ち込んで、君に悩みを聞いてもらってさ……」
彼は「そっか」と小さくこぼしたあと、一つ咳払いをしてから口を開いた。
「僕はね、『悩みを他人に話せる人』が弱いとは思わない。というよりも、弱いか強いかという事は、単純な『悩みを話すか、抱えるか』では決まらない。その人が、自分の弱さを『どう扱い、補う事が出来るのか』なんじゃないかな。自分の中で悩みを抱えて、誰にも話さずに――
『自分のことは自分で何とかしようとする』人。
『他人に迷惑をかけないようにする』人。
『弱いところを見せないようにする』人。
――そういう姿は、周りから見ると、一見強い心を持っている人に見える。でも、それが必ずしも『強さ』ではないんじゃないかと僕は思う。もしかしたら――
『誰かに頼るのが怖いな』と抱えこんだり。
『弱いと思われるのが怖いな』と思ってしまったり。
『自分の悩みを理解してもらえないのが怖い』と躊躇ってしまう
――こういった様々な理由で、誰にも言えずに一人で抱えてしまって自分で塞ぎこんでしまう事もある。それなら、一見すると見える『強さ』の中に、実は他人に胸の内を明かす事に対して『恐れ』を抱いている部分が隠れているかもしれない」
そう語る彼の顔はとても優しい顔をしている。
「逆に、自分の悩みを誰かに話せる人は――
『今、自分は苦しいんだ!』という助けだったり。
『自分一人では答えが出ないんだ!』という悩み。
『あなたにこの事を聞いてほしい!』といった、気持ちを吐露出来る。
――つまり、自分の弱さを認める事が出来ている。これは、一見簡単そうに見えてそうではない……実はかなり勇気がいることなんじゃないかと僕は思うんだ。だって――」
彼はそう一息つくと、僕に優しくほほ笑んだ。
「自分の心を誰かの前に曝け出すという事は、もしかしたらその人に傷つけられる可能性もある。だけどそれを受けれる『覚悟』を持っているんだ。だから僕は――
『悩みを話せる人は弱い』
のではなくて。
『自分の弱さを見せることを恐れない人には、他人の意見も受け入れる覚悟と言う強さを持っている』
――そう、思うんだ」
サァ……と優しい風が僕等を撫でると、僕は少しだけ唇を噛んだ後、ゆっくりと口を開く。
「そうか……じゃあ、今日僕が君に悩みを話したのは……」
「うん。自分では気づいていなかったのかもしれないけれど、凄く勇気のある行動だったと思うよだから、僕から君に言葉を贈るね。話してくれてありがとう。勇気を出して話してくれてありがとう。今日の君は凄くかっこよかったよ」
彼はとても明るい口調でそう言ってくれた。
僕はそれが嬉しくて、しかし、なんだかどこか照れくさくて仕方がなかった。
「そんな君が、自分の全部を嫌いになる事は無いと思うんだ。そうなる前に君は誰かに悩みを話せる強さがあるから」
「そっか……ありがとう」
僕は余計な言葉を飾らないで、彼の言葉をグッと噛み締めた。
ふと彼を見るといつの間にか彼の手にはステンレス製の少し古びた如雨露が握られていた。
「その如雨露、どうしたの?」
僕が彼の持っていた如雨露を指さすと彼も驚いた表情を浮かべる。
「えっ、あれっ!?何これ……」
どういう訳か、如雨露を持つ彼自身もとても驚いている。
「え、じゃあ気が付いたら君の手の中にあったって……事?」
僕は震えながら如雨露に指を差すと「そ、そうみたい」と彼も答えた。
「えっ……と……それ使えるの?」
僕は冷静を装って彼にそう尋ねると、彼は如雨露全体を一通り眺めた後に頷く。
「ちょっと所々凹んで、少し汚れてるけれど使えるみたいだよ」
確かに、彼の言う通りかなり歪な形になっている。
とは言え、水がこぼれなければ使えるに違いない。
「せっかくだし、水汲んでみようよ、確かここから少し戻ったところに水が湧いてる場所があったような気がするんだ」
「て、適応力高いね……」
彼は苦笑いを浮かべながらそう言った。
「こ、この庭だし……『大丈夫』だと思うよ!」
「あはは……」
そうして僕達は来た道を少しだけ戻ると水が流れる音が聞こえてきたので、その方向に歩みを進めると綺麗に透き通った湧き水が溜まった小さな池を見つけた。
「足を滑らせないようにね」
彼にそう言われて、足元の苔に気を付けながら僕は如雨露に水を満たす。
幸い、穴が開いていたり、水漏れもないようでこのまま使えそうだ。
「この如雨露、折角だし名前でも付けようか?」
僕は手を拭くために彼に如雨露を手渡すと同時にこんな提案をしてみる。
すると彼は少し考えて。
「『じょうろくん』でいいんじゃない?」
「うーん……なんか味気ないなぁ」
「じゃあそう言うなら君が考えてよ……」
そう言われて僕は暫く考えたがあまりピンと来るものがなかった。
「やっぱりわざわざ名前を付けなくて良いか。うん、そうだ。寧ろ必要ないと思う!」
「なんだよ、君が最初に言い出したんじゃないか」
アハハと僕達は笑いながら先程の土から出たての芽がある場所へと戻っていった。
その後、僕達が辺りに水を撒き、日が少し傾き始めた頃、最後に見つけた芽に水をあげながら僕に問いを運んできた。
「ねぇ、僕は未だに『心』という物がよくわからないんだ。君は『心は、誰かに理解されなければ存在できない』と思う?君と約束したあの日以来、考えていたらふと、そんな事を思って」
そう言われて僕は深く考え込む。
「うーん。確かに改めてそう聞かれるとなぁ……」
うーん……うーん。と二人して考えているとふと僕は彼と目が合う。
なぜだか僕はそれがおかしくて思わず笑ってしまった。
暫く二人で笑って、少しずつ呼吸を整えて終わった後、僕は軽く咳払いをしてから答えを出した。
「ねぇ、この問いの答えはもっとずっと先まで考えない?僕は、この問いは『大事に育てたい』んだ」
僕がそう言うと彼は首を横に振った。僕はおもわず「えっ」と声を漏らす。
「……ごめん。この『問い』は忘れて欲しい……これは――僕が最後に自分で見つけるべきなのかも」
彼はそう言って少しだけ微笑む。僕には彼の真意は解らない。でも……彼がそう言うんだ。きっと彼なりに何か思う物があるのだろう。だから僕はこれ以上彼には踏み込まない事にした。
「……そっか……今日はもう日が大分傾いてきたね。そろそろ戻ろうか」
「そうだね」
そう言って僕達は手をつなぎながらゆっくりと歩き出した。
そうだ。
あの日。
僕達は。
――問いに水をあげていたんだ――
僕の心はどこにある?
君の心はどこにある?
心とはなんだろう。
理解される心。
共感する心。
君に心があるのなら。
僕は君に
共感したい。
そこに心があると、信じてみたい。
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その日は少し憂鬱だった。
「はぁ……」
僕は彼と庭を歩きながら、溜息をつく。
「どうしたの?今日はあまり元気がないのかい?」
彼はいつも通りの声色で僕の顔色を伺う。
「うん、ちょっとね……なんていうか、自分が嫌で……」
「……そっか」
彼は小さくそういうと、それ以上は何も言わなかった。
『悩みなら聞くよ』という訳でもない、『何かあった?』と聞いてくる訳でもない。
でもそれは決して、僕に対して冷たい訳ではない、相変らずこの庭は自由だ。
泣くのであればこのまま気が済むまで泣いていい。
このまま黙って彼と歩き続けてもいい。
僕の今の気持ちを彼に吐いてもいい。
僕がどんな行動をしても、彼はきっと『それでいいよ』と言ってくれる。
「今日ね、つい勢いで大切な人相手に感情的になっちゃったんだ」
気が付くと僕はポツリポツリと言葉を吐き出していた。
「……人間はどうしても感情的になってしまう生き物だと思うよ。頭では解っていたんだろうけど、どうしても気持ちが先走ってしまうんだよね?」
彼はいつもより少し低い声色でそう言った。
「そう――なんだけどね……まぁ、最終的には丸く収まったから良かったんだけれど、なんでもっと冷静になれなかったのかな……」
僕は再び大きなため息をつく。
「君に何があったのか、僕は詳しくはわからない、だけど、君が感情的になってしまった相手が大切な人だというのなら、『大切な人だからこそ、感情的になってしまった』んじゃないのかな?」
僕はそう言われて少し驚いたが、何も言えなかった。
いや『言わなかった』のかもしれない。
「君がその人を大切に思う気持ちが強いから、冷静に言葉を選ぶよりも先に、気持ちが出てきてしまったんじゃないかい?」
彼は僕の肩に優しく手を置くと、続けて口を開く。
「本当は冷静に話をしたかった。だけどそれが出来なかった。でも最終的に君は丸く収まったと言った。多分君がそんなに落ち込んで、自分が嫌だと言っているのは、『感情的にならなくても丸く収まる未来があった』という事を、後から思ったからじゃないのかな?」
「そう……そうなんだよ」
僕がそう呟くと、彼は肩に置いた手を背中に回し、優しくポンポンと叩く。
「でもそれはあくまでも『あった』という確信出来る物じゃない『あったかもしれない』物なんだという事だけは、忘れないで欲しいな。君は、自分が感情的になってしまった事を『無駄』だったと思っているのかもしれない。でもそんな事は無いんだ」
僕はその言葉に少しだけ目を丸くすると、彼は少しほほ笑みながら続けた。
「結果的に丸く収まったのであればそれはちょっとした『遠回り』であって無駄じゃない。感情的になった時は確かに周りが見えなくなっていたかもしれない。冷静じゃなかったかもしれない。だけど、冷静になった時君は視界がうんと開けた。だからいっぱい色々と考えてしまう。もし君が今度また感情的になりそうになった時、今日冷静になった時に見えた景色を思い出してごらん。もしかしたら、少しだけ違う景色が見えるかもしれないよ」
彼はそういうと僕の背中を優しくさすってくれた。
「……ありがとう」
「だから君が感情的になってしまった『今日』という日を忘れずに、いつか『今日』が『過去』になる『未来』まで、大事にするといいんじゃないかな」
それから暫くして、僕達は特に会話をすることもなく、ただ庭を歩いている。
彼が隣で同じ歩幅で歩いてくれている。それだけでいい。
ただ僕は自分の中である考え事をしていた。
その時だった。
「おやっ」
彼はそういうと歩みを止め、その場にしゃがんだ。
「こんな所に小さな芽が出てるよ、ほら!」
彼は明るい声で僕に「見て見て」と言いながら、その小さな芽に指をさす。
その芽は本当に出たばかりと言っていいだろう、頭に土を乗っけて身体を『く』の字に曲げた小指の先程度の芽だった。
彼はその芽を色んな角度から眺めていて、その姿は本当に楽しそうで、見ている僕も、心が温かくなってきた。
だから僕は彼に聞きたくなった。
「ねぇ」
「なんだい?」
彼はしゃがんだまま僕を見上げる。
「僕はさっき、自分が嫌だって言ったけど……」
「うん」
「もし、僕が感情的になった自分も、過去の自分も、全部嫌いになったら……それでも僕は僕なのかな」
暫くの間沈黙が続いた、でもこれは決して気まずいものでは無い、寧ろ僕はこの、彼に問いを渡した後の暫くの沈黙がたまらなく愛おしい。
そう思っていると小さな風が僕達を優しく撫で、その風が収まると彼はゆっくりと立ち上がった。
「……それは、難しい問いだね」
彼は珍しく今まで以上に悩んでいる様子だった。
「君がそんな事にまでなってしまう事は僕が悲しいからあまり想像したくはないけれど、もし、もしも本当に全部の自分が嫌いになった時は、周りを見渡してみて」
「周り――を?」
「君にとって大切な人がいるかどうか、見て欲しいんだ」
「……」
「もしその時に君が一人じゃなければ、まだ君は君だよ」
「一人じゃ――なければ……」
「君が自分の全部を嫌いになって、尚且つ君の周りに誰もいなくなっちゃったら、それは……残念だけど君は君じゃなくなっちゃうかもしれないね……僕はそう思うんだ。でもこれはあくまでも僕の考えだから、正解は解らないけどね」
彼はそう言って少し寂しそうに言った。
しかし、彼はすぐに僕をまっすぐ見据えてこう続けた。
「君は、自分が弱い人間だと思う?強い人間だと思う?」
突然の問いかけに僕は少し驚いたが、この時僕は一瞬も悩まずに答えていた。
「僕は全然強くない、弱い人間だよ……だから今日もこうして落ち込んで、君に悩みを聞いてもらってさ……」
彼は「そっか」と小さくこぼしたあと、一つ咳払いをしてから口を開いた。
「僕はね、『悩みを他人に話せる人』が弱いとは思わない。というよりも、弱いか強いかという事は、単純な『悩みを話すか、抱えるか』では決まらない。その人が、自分の弱さを『どう扱い、補う事が出来るのか』なんじゃないかな。自分の中で悩みを抱えて、誰にも話さずに――
『自分のことは自分で何とかしようとする』人。
『他人に迷惑をかけないようにする』人。
『弱いところを見せないようにする』人。
――そういう姿は、周りから見ると、一見強い心を持っている人に見える。でも、それが必ずしも『強さ』ではないんじゃないかと僕は思う。もしかしたら――
『誰かに頼るのが怖いな』と抱えこんだり。
『弱いと思われるのが怖いな』と思ってしまったり。
『自分の悩みを理解してもらえないのが怖い』と躊躇ってしまう
――こういった様々な理由で、誰にも言えずに一人で抱えてしまって自分で塞ぎこんでしまう事もある。それなら、一見すると見える『強さ』の中に、実は他人に胸の内を明かす事に対して『恐れ』を抱いている部分が隠れているかもしれない」
そう語る彼の顔はとても優しい顔をしている。
「逆に、自分の悩みを誰かに話せる人は――
『今、自分は苦しいんだ!』という助けだったり。
『自分一人では答えが出ないんだ!』という悩み。
『あなたにこの事を聞いてほしい!』といった、気持ちを吐露出来る。
――つまり、自分の弱さを認める事が出来ている。これは、一見簡単そうに見えてそうではない……実はかなり勇気がいることなんじゃないかと僕は思うんだ。だって――」
彼はそう一息つくと、僕に優しくほほ笑んだ。
「自分の心を誰かの前に曝け出すという事は、もしかしたらその人に傷つけられる可能性もある。だけどそれを受けれる『覚悟』を持っているんだ。だから僕は――
『悩みを話せる人は弱い』
のではなくて。
『自分の弱さを見せることを恐れない人には、他人の意見も受け入れる覚悟と言う強さを持っている』
――そう、思うんだ」
サァ……と優しい風が僕等を撫でると、僕は少しだけ唇を噛んだ後、ゆっくりと口を開く。
「そうか……じゃあ、今日僕が君に悩みを話したのは……」
「うん。自分では気づいていなかったのかもしれないけれど、凄く勇気のある行動だったと思うよだから、僕から君に言葉を贈るね。話してくれてありがとう。勇気を出して話してくれてありがとう。今日の君は凄くかっこよかったよ」
彼はとても明るい口調でそう言ってくれた。
僕はそれが嬉しくて、しかし、なんだかどこか照れくさくて仕方がなかった。
「そんな君が、自分の全部を嫌いになる事は無いと思うんだ。そうなる前に君は誰かに悩みを話せる強さがあるから」
「そっか……ありがとう」
僕は余計な言葉を飾らないで、彼の言葉をグッと噛み締めた。
ふと彼を見るといつの間にか彼の手にはステンレス製の少し古びた如雨露が握られていた。
「その如雨露、どうしたの?」
僕が彼の持っていた如雨露を指さすと彼も驚いた表情を浮かべる。
「えっ、あれっ!?何これ……」
どういう訳か、如雨露を持つ彼自身もとても驚いている。
「え、じゃあ気が付いたら君の手の中にあったって……事?」
僕は震えながら如雨露に指を差すと「そ、そうみたい」と彼も答えた。
「えっ……と……それ使えるの?」
僕は冷静を装って彼にそう尋ねると、彼は如雨露全体を一通り眺めた後に頷く。
「ちょっと所々凹んで、少し汚れてるけれど使えるみたいだよ」
確かに、彼の言う通りかなり歪な形になっている。
とは言え、水がこぼれなければ使えるに違いない。
「せっかくだし、水汲んでみようよ、確かここから少し戻ったところに水が湧いてる場所があったような気がするんだ」
「て、適応力高いね……」
彼は苦笑いを浮かべながらそう言った。
「こ、この庭だし……『大丈夫』だと思うよ!」
「あはは……」
そうして僕達は来た道を少しだけ戻ると水が流れる音が聞こえてきたので、その方向に歩みを進めると綺麗に透き通った湧き水が溜まった小さな池を見つけた。
「足を滑らせないようにね」
彼にそう言われて、足元の苔に気を付けながら僕は如雨露に水を満たす。
幸い、穴が開いていたり、水漏れもないようでこのまま使えそうだ。
「この如雨露、折角だし名前でも付けようか?」
僕は手を拭くために彼に如雨露を手渡すと同時にこんな提案をしてみる。
すると彼は少し考えて。
「『じょうろくん』でいいんじゃない?」
「うーん……なんか味気ないなぁ」
「じゃあそう言うなら君が考えてよ……」
そう言われて僕は暫く考えたがあまりピンと来るものがなかった。
「やっぱりわざわざ名前を付けなくて良いか。うん、そうだ。寧ろ必要ないと思う!」
「なんだよ、君が最初に言い出したんじゃないか」
アハハと僕達は笑いながら先程の土から出たての芽がある場所へと戻っていった。
その後、僕達が辺りに水を撒き、日が少し傾き始めた頃、最後に見つけた芽に水をあげながら僕に問いを運んできた。
「ねぇ、僕は未だに『心』という物がよくわからないんだ。君は『心は、誰かに理解されなければ存在できない』と思う?君と約束したあの日以来、考えていたらふと、そんな事を思って」
そう言われて僕は深く考え込む。
「うーん。確かに改めてそう聞かれるとなぁ……」
うーん……うーん。と二人して考えているとふと僕は彼と目が合う。
なぜだか僕はそれがおかしくて思わず笑ってしまった。
暫く二人で笑って、少しずつ呼吸を整えて終わった後、僕は軽く咳払いをしてから答えを出した。
「ねぇ、この問いの答えはもっとずっと先まで考えない?僕は、この問いは『大事に育てたい』んだ」
僕がそう言うと彼は首を横に振った。僕はおもわず「えっ」と声を漏らす。
「……ごめん。この『問い』は忘れて欲しい……これは――僕が最後に自分で見つけるべきなのかも」
彼はそう言って少しだけ微笑む。僕には彼の真意は解らない。でも……彼がそう言うんだ。きっと彼なりに何か思う物があるのだろう。だから僕はこれ以上彼には踏み込まない事にした。
「……そっか……今日はもう日が大分傾いてきたね。そろそろ戻ろうか」
「そうだね」
そう言って僕達は手をつなぎながらゆっくりと歩き出した。
そうだ。
あの日。
僕達は。
――問いに水をあげていたんだ――
