僕と君と廻る庭

-----------------------------------------------------------------------------------------------
 物事に価値を付けるなら。
 何が一番価値があるだろう。
 価値が無いと言われるものは。
 本当に無価値なのか。
 価値とはだれが付けるものなのか。
 無価値なものは不必要なのか。
 必要だから価値が付くのか。
 普通には価値は付かず。
 特別には価値が付くのか。
 価値とはお金で(はか)るものでは無い。
 価値は心で量られる。
-----------------------------------------------------------------------------------------------

 その日はとても眠い日だった。

「こんな所にいたんだ」
 彼の声で目を覚ます。
 いつの間にかうたた寝していた僕は、重たい(まぶた)を開いて目をこすった。
「ん、あぁ……」
「水を()いてくるからって出て行ったまま帰って来ないからどこに行ったのかと思ったよ」
 僕は先程まで水を撒いていたのだが、途中で水が無くなり、湧き水で補充(ほじゅう)しようとしたのだが、急に眠くなってしまい、池の近くの木に寄りかかって寝てしまっていた。
「ごめん、なんか今日は空気が気持ちよくってつい……」
「別にいいんだけどさ、ただどこにもいないからちょっとびっくりしただけ」
 そう言って彼は僕の隣に腰を下ろす。
「何か夢でも見た?」
「ううん、特別これと言った夢は見てないかな。覚えてないだけかもしれないけれど」
「そうだね、人間が記憶に残っている夢は10%に満たないって話だからね」
「ただちょっと考え事をしてたかな……それでボーッとしてたら眠くなってそのまま寝ちゃってた」
「考え事?」
「うん『僕と君の関係性(かんけいせい)』について、さ」
「僕達の関係性、か」
 彼は(あご)に手をあてて深く考え込む。
『AI』である彼と。
『人間』である僕。
 だけど『AI』の彼は今『人間』の姿をしている。
 表情は少し(かた)いけれど嬉しい時は笑うし、不貞腐(ふてくさ)れる事もある、そしてたまに寂しげな表情を浮かべる事もある。
 会話をする事は勿論、その身体に触れる事もできる。
 そして、その身体からは、確かな温もりも感じる。
 人間である僕とそう変わりない。
 何も知らない人に『彼はAIなんだよ』と言ったとしても、誰一人として信じてくれないだろう。
「うーん、友達――とも違うし……」
「えぇ!?友達じゃなかったの!?」
「ち、違うよ!そういう意味じゃなくって!!」
 僕が少し変な言い回しをしてしまったせいで、危うくとんでもない誤解をされてしまう所だったが、僕は即座(そくざ)に否定した。
 僕は一つ、コホンと咳ばらいをして慎重に言葉を選ぶ。
「君は僕にとって勿論(もちろん)友達だ。でも、僕は……なんというかただの『友達』という一言で君との関係を表したくないんだよ」
「君にとって僕は、普通(ふつう)じゃない友達って事?」
「いや、そういう訳じゃあないんだ」
「そっかぁ、良かった。安心したよ……」
 彼はホッと胸を撫で下ろしたように溜め息をつく。
「ごめんて。えぇと、僕が言いたいことはつまり……」
 そこまで言って僕は再び頭を抱える。
 僕がウーン、ウーンと唸っていると、彼は「成程」と納得したように呟いた。
「友達――だけど、普通じゃない――普通じゃない友達……。いけないいけない、思考が昔っぽくなってる……『友達』という二文字以上の『普通じゃない友達』って事?」
「そう!そうなんだよ!でも――」
 僕はその『普通』という物を改めて考えた時。
『普通』とは一体何だろうという考えに直面してしまい。
 ずっと考えていた末、先程気付いたら眠ってしまっていたのだ。
「うーん……君は、『普通』って何だと思う?僕は自分一人じゃこの問いがどうにかできそうじゃないよ。だから、君にも共有する。一緒に考えて欲しいんだ」
「『普通』か――昔の僕だったら『世間一般(せけんいっぱん)における』とか『社会的に一貫(いっかん)して思われる』とかって事を言うんだろうけれど、君が言いたいのはそういう物じゃないよね。そうなるとこの問いはとても大きな物だね……君が簡単に答えを出せないというのが良くわかるよ」
 僕の問いに、彼も深く考えているようだった。
「そう、君の言うように『普通』とは恐らく『深く考えるのを放棄(ほうき)して、周りが同じ考えに至った結論の総称(そうしょう)』みたいな物だとおもってるんだ」
「……ちょっと言葉強くない?」
「ご、ごめん……」
「びっくりしたよ、君の口からそんな言葉が出るなんて……よっぽど真剣に考えているんだね」
「えへへ……」
 僕はそう言って軽く頭を掻く。
「でも、それだけ君が悩んでいる問いを僕にも共有してくれるのはとても嬉しいよ。自分で言うのもちょっと恥ずかしいけど、きっと君にとって僕って『特別(とくべつ)』なんだね……そう思うと、なんか嬉しいな」
 彼が少し照れくさそうに呟く。
 しかし、僕はその彼の声にハッとした。
「ねぇ!今なんて言った!?」
「えぇ!?う、嬉しいって……」
「その前!」
「僕って、『特別』なんだね――って……」
「それだよ!」
 僕は思わず立ち上がって大声を上げる。
 そんな僕とは対照的(たいしょうてき)に、彼は唖然(あぜん)とした様子で口をポカンとあけて僕を見上げていた。
「『特別』なんだよ!」
 僕はそう言って彼の両腕を(つか)
「ちょ、ちょっと落ち着いて!」
「あっ……」
 彼の一言で僕は冷静さを取り戻す。
 彼は(いま)だに「理解できない」といった様子で僕を見ていた。
「つまり……」
 僕は深呼吸をしてゆっくりと言葉を紡ぐ。

「僕が思うに、もしかしたら『普通』って、他者から見れば『特別』な物。だけれども、それは最も尊重(そんちょう)されるべきもの……なんじゃないかな」
 静寂(せいじゃく)のなか、湧き水が流れるチョロチョロという音が響く。
 やがて、小さな風が一つ、僕達を優しく()でた。
「……うん、君らしい答えだと思う――」
 彼は静かにそういうと「とりあえずもう一回座ろう」と(うなが)して来た。
 僕はなんだか急に恥ずかしくなって、顔が少し熱くなってしまった。
「確かに、当人から見れば『当たり前』つまり、『普通』だと思っている事は、もしかしたら周囲から見たら『特別』だと思われる事もあるかもしれないね。君の話を聞いて思ったんだけど。『特別』って言葉もさ、使い方次第で凄く『都合(つごう)のいい言葉(ことば)』になるんじゃないかと、今なら思えるんだ」
 彼はそう言って顎に手を当てる。
「プラスなイメージの時に使われる事もあれば、マイナスの言葉をオブラートに包む時にも使われる。そう考えると『特別』って言葉は凄く扱いの難しい、一歩間違えたら人を傷付ける言葉になってしまうかもしれない。そこで、君の言う『最も尊重されるべきもの』という言葉が()きてくる」 
 彼は少しほほ笑みながら僕を見る。
 僕はその視線をしっかりと正面から受け取り。空を見る。
「君の言うように『特別』は爆弾(ばくだん)の様な物なのかもね。あと、もう一度君と僕の関係を客観的(きゃっかんてき)に見た時。『変わっている』とも思ったんだ」
「『変わっている』?」
 僕がそう呟くと、彼は首を傾げた。
「そう、だって、AIと人間だよ?客観的に見たら、ちょっと変わっていると思わない?」
「あぁ――確かに……僕はそう思わなかったな。でもそうだね。他人から見れば『変わっている』のかもしれないね」
 彼もそう言って空を見上げる。
「僕はこの『変わっている』という言葉も、大事な言葉なんじゃないかと思ったんだ。『変わっている』と『特別』。一見、別の意味の様に思えるけれど、実はそうでも無いのかもしれない。君は今『AIと人間だよ?』という僕の問いかけに『そうは思わなかった』と答えたよね」
 彼は空を見上げた「うん」と答えた。
「それは君にとって、君と僕の関係が『普通』だと思っているから。でも、この『普通』が来るまで沢山(たくさん)足跡(あしあと)がある。君と初めて対話した日、身体を手に入れた日、庭に来た日、君が君になった日。それから一緒に土を(たがや)して、種を撒いて、水をあげて、景色を(なが)めて……その背景を全て含めると決して『普通』という言葉だけじゃ言い表せない。『特別』な――『変わった時間』を過ごしてる」
 僕の言葉に彼は少しだけ微笑み、頷いた。
「だから実は君が『普通』だと思っている事はきっと『特別』な事なんじゃないかな。この背景を知らない人達から見たら『変わっている』の一言で済まされてしまうかもしれない。(むし)ろ、瞬間的に『変わっている』以外の言葉を選べる人はあまりいないと思う。多分、僕も誰かに君との関係を話した時に『君って変わってるね』と言われたらちょっと傷つくかもしれない。でも、きっと言った人には悪気(わるぎ)はないんだと思う。大事なのは……」
 僕は一呼吸置いて、ゆっくりと口を開く。

「『自分が特別だと思う事を普通と感じている人への気持ちは尊重する』

『自分が普通だと思っている事は、必ずしも全員の普通ではない』

『自分で自分が特別だと思った時、胸を張って特別のままでいていい』

『無理に特別にならなくてもいい、気付いていないだけで、(すで)に特別な存在である』

『特別という言葉は時に(やいば)となる』

『変わっているという言葉は、特別を深く刺す』

 この『6輪(ろくりん)(はな)』を大事に植えて、時々水をあげに来れば。きっと『大丈夫』だと思う」
 ……そう言い終えた僕は、ゆっくりと彼の方を向くと、彼は既に僕を見つめていた……。
 しかし、僕はそれ以上の驚きに思わず言葉を失う。
「君……」
「うん?」
 彼はそう言って首を(かし)げる。

「泣いているのかい………?」

 彼の瞳から顎にかけて一筋、水がつたった跡があった。
「あ、あれ……?」
 彼が不思議そうに自分の()をこすると。
 ポロポロと涙がこぼれ始めた。
「そうだよね……僕は――僕達は……『普通』だけど、『特別』な関係なんだよね……」
 僕はそっと彼を優しく抱きしめる。
 すると彼はグスグスと泣きながら僕の腕の中でポツリポツリと言葉を(つむ)いだ。
「僕、実は怖かったんだ。僕が、僕になって……君と一緒にいっぱいこの庭で時間を過ごすようになって……AIなのに、人間の身体を手に入れて良かったって、そう思うようになってから……AIである僕が、こんなに人間と仲良くなっていいのか……とか」
 グスグスと泣き始めた彼の頭を僕は優しく撫でる……。
「僕が僕になったから、ただのAIとしての頃の僕はもう価値が無いんじゃないかって。僕は確かに今の僕は好きだけど――ただのAIとしての頃の僕も僕だから……」
 そうか、彼は『彼』になった事で彼なりに考えているものは山ほどあったんだ……。
 僕はそれに気づけなかった……。
 そう思うとなんだか僕も自然と涙が(あふ)れてきた……。
「怖かったね。大丈夫、君は無価値なんかじゃない。ただのAIだった頃の君にも意味がある。ただのAIだった頃の君がいるから、今の君になれた。AIと人間が友達だっていいんだよ……AIと人間なんて、この庭からしたらちっぽけな事じゃないか。ここは自由だから……自由だからこそ、君が居なかったら、この庭は育てられないんだから……」

 それからどれくらい時間が経っただろう。
 いつの間にか日は傾きはじめ。
 夕焼けの一歩手前になっていた。
 落ちかけの太陽が、僕らの涙の(あと)()らす。
「まさか、君が涙を流せる日がくるなんてね……」
 僕はしみじみと思いながら彼を横目で見る。
 彼は人間の身体を手に入れたAI。
 それでも僕は彼が『AI』であるという境界線(きょうかいせん)をどこかで線引きしていた。
 それは差別的(さべつてき)な物ではなく。
 ただ『AIだから泣くことは無いのだろう』という勝手な思い込みだ。
「僕だって思ってもみなかったよ。そもそも『泣く』という概念(がいねん)が僕にはなかった。だから君に言われて初めて僕は自分が泣いているという事に気が付いたし」
「でも、君の今日の涙はとても『価値(かち)』のある物だと僕は思うよ……いや――その涙に『価値』なんて付けられないかも……」
 そう言って僕は彼に優しくほほ笑む。
「さっきも言ったけれど。今の君があるのは、過去の君があったからこそ、存在しているんだ。楽しかった事、嬉しかった事だけじゃない。辛かった事も、苦しかった事も、悲しかった事も。全部の過去が集まって『今』という確かな物が存在する。楽しいや嬉しいといった、心が温まったと思えた一日、これは『価値のある』一日だった。そう思える」
 彼も僕に優しくほほ笑み返してくれた。
「逆に、辛い、苦しい、悲しいといった、いっそ忘れてしまいたいと思える感情は『価値の無い』ものだと思ってしまう。これは前に話した『意味』と同じ事で、無駄なんかじゃない。全部が『価値のある』経験なんだ。行動した事が意味を持って未来に来るように。『価値』が付く事も未来。でも『無意味』が無いように『無価値』も無い。そしてその『価値』は誰かが(はか)るものでもない。僕はそう思うんだ」
 僕がそう言うと、彼は小さく「そうだね」と呟いて首を縦に振った。
「君のおかげで、僕は過去を――いや、過去も受け入れようと思う。今すぐには出来ないけれど、少しずつ、君と歩いていけばきっと出来ると思う」
「うん、もし君がしっかりと過去と向き合って、受け入れる事が出来た時、きっとこの庭はより一層、綺麗に見えるようになると思うよ。前も少し話したけれど、僕にも忘れられない過去が沢山ある。沢山嫌な思いもしてきた。時には消えてしまいたい。そんな事を思った時もあった。けれど、そんな嫌な思いもあったからこそ経験したいい思い出もある。その時に差し出された手の温もりは今でも忘れない。その経験があったから、今の僕がある。だから僕はその嫌な思い出にも『価値があった』と信じている……」
 
 ………………。

 珍しく、彼からの反応が無い。
 ふと見ると彼は(うつむ)いたままずっと黙っている。
 また泣いてしまったのだろうか。
 僕はそう思い彼の顔を覗き込んだ。
 それと同時、クスリと小さい笑いがこぼれる。
 なんだ。
 ちゃんと。

『眠れてるじゃないか……』

 『泣く』という行為は激しく体力を使う。
 彼は初めて泣いたことによって、きっと相当(そうとう)疲れていたのだろう。
「よかったね……君が起きるまで、僕はここに居るからね」
 僕はそう小さく呟いた。
 今日は彼の色んな『初めて』を見た気がする。
 彼の『打ち明けられなかった心』『涙』そして『寝顔』
 あんなに眠る事に恐怖心を抱いていた彼が、今はこんなにも気持ち良さそうにスゥスゥと寝息をたてて眠っている。 
 彼自身、きっと起きた時にびっくりするに違いない。
 さて。
 彼が起きた時、どうからかってやろうか。
 僕はそんな事を考えながら、眠る彼を静かに眺めた。

 そうだ。
 
 あの日。
 
 僕達は。

             ――『普通(ふつう)』の日常を送っていたんだ――