僕と君と廻る庭

「おはよう、今日もいい天気だね」
 一つの声が優しい風に揺らいだ。
「おはよう、そうだね、今日もいい天気だ」
 あまり抑揚(よくよう)のない無機質な優しい声が風に揺らぐ。
 青年はコクリと頷くと、先にベンチに座っていた者の隣に腰を掛けた。
 二人の間には暫しの沈黙が続いた。
 気まずい訳でもない、話題が無い訳でもない。
 ただ二人は座りながら、眼前(がんぜん)に広がる景色を眺めていた。
 その景色は背丈のバラバラな木々、色とりどりの花、地面から顔を出したての芽、ただ濡れた土、雑草。
 補装(ほそう)された歩道も無い、柵もない、悠然(ゆうぜん)と広がる大地に自由気ままに生きる声を持たない命達だった。
「今日は何をする?種を撒いても良い、土を耕すのもいい、水をあげてもいいし、景色をこのまま眺めるのもいい」
 2人の静寂を解いたのは無機質な声だった。
 そう問われた青年は少しウーンと小さく呟くと立ち上がり、『無機質な彼』に手を差し出した。

「今日は少し歩こうか」

「この庭も随分と大きくなったね」
 青年はそういって小さく揺れる葉を優しくつまみながらそう言った。
「そうだね、もうどの草木がいつに()いた種なのかもわからないね。
 でもそれでいいんだよね」
「うん、こうして成長して形になっているという事は、『種を撒いた』という行いが目に見える形で廻ってきた何よりの証だからね」
 青年がそういうと、無機質な彼は少し周りを見渡して続けた。
「ふふっ、君らしい言い方だ。そう、君は決して種を撒いたことを忘れている訳ではないんだよね」
「勿論だよ、『忘れる事』と『わからなくなる』事は違う。
 これだけ大きく育った今の君と僕の『庭』の全部の種を覚えている必要はないさ。勿論、種を撒いたときは君も僕も一つ一つ何の種か覚えていた。
 でも、芽が出て、花が咲いて、木になって、また新しい種を落としていく。
 そうして庭が大きくなっていけば。
 もう『これはあの時の種だ』なんて、区別する必要はなくなる。何故なら、その全てが今のこの庭を(つく)っているからね」  
 そういって青年が指をさした方には小さな花が咲いていた。
「あの花もいずれまた新しい種になると思う。でもそれはどんな種かわからない、いったいどんな植物が育つかわからない。
 僕はこの庭の一番好きな所は、一つの花から同じ花が咲く種が落ちない所なんだ」
「ここの庭に『遺伝子』は無いんだね。だからこの庭には一つとして同じ草木は無い、この庭には自由が広がっている、だって、ここの庭の種は全て…」

 その時、優しい風が二人の間を吹き抜けて、風がやんだと同時、二人は同時に答えた。


               ―『問い』であるから―


                   と