銀光のセレスティーヌ ー 虚像の聖騎士と風変りな軍師 ー

セレス一行がリューン村に向かっていた頃――。

グランゼイド帝国帝都ライヒェンバッハ、皇宮。
その玉座の間で、皇帝ヴィルヘルム三世は大陸地図を眺めながら思索に耽っていた。

「陛下、報告がございます」

入室した宰相ベルトルトの細い声には、隠しきれない緊張が混じっている。
「リザニア砦が……落ちました」

ヴィルヘルムの眉が、僅かに動いた。彼は玉座から動かぬまま、鋭い眼差しを宰相に注ぐ。
「ほう……詳細は?」

「守備隊長ゲルハルト・シュタイナーは籠城策を放棄。セレスティーヌ率いる三千の軍勢に対し、野戦を挑みました。結果は……惨憺たるもので……」
宰相は言葉を濁した。

「愚かな……」
皇帝の低い声が、石造りの室内に反響する。それは怒りというよりも、深い失望に近い響きだった。
「で……その後は?」

「リザニア砦を焼き払った後、街道を南西に向かって移動したと報告が入っております」

「南西だと?」

「はい。その先には城塞都市ベルモスがありますが――進路を変え、西のメイルドック辺境伯領、アルクリーズ城へ移動する可能性もございます」

ヴィルヘルムは顎に手を当てた。
「ベルトルト。お前はどう思う?」

「は。ベルモスは大都市であり、物資の補給には最適。対してアルクリーズ城には、一万を超える兵士が駐屯しております」

「なるほど。『物資』か『兵士』か。どちらにせよ、無事に行かせると鬱陶しいな。対抗策は?」

宰相が恭しく礼をする。
「一人の俊才を推薦いたします。マクシミリアン・フォン・カシュタイン卿、ここへ」

重厚な扉が開く。颯爽とした足取りで、一人の青年士官が現れた。
鮮やかな青の軍服に、金の刺繍。見る者を魅了する端正な容貌だが、その瞳には冷徹な光が宿っている。

――マクシミリアン・フォン・カシュタイン。
帝国陸軍士官学校を首席で卒業した、次代の将軍候補筆頭。その神速の用兵術から、人々は彼をこう呼ぶ。

『疾風のマクシミリアン』

剣技においても達人級であり、帝国市民からは未来の英雄として熱狂的な支持を受けていた。

青年は皇帝の前で、優雅に膝を折る。
「皇帝陛下のご尊顔を拝し、至上の光栄に存じます。聖騎士団長セレスティーヌ討伐の任、ぜひ私に拝命いただきたく」

「ヴァリシア公国との国境紛争では、大活躍だったそうだな」

「は。ですが、先の王国出兵に参加できず雌伏しておりましたところ、例の『戦女神』が健在と聞き及びまして。……討伐の機を、何卒」

あえて「王国軍」ではなく、敵将の名を口にするマクシミリアン。その言葉の裏には、隠しきれない執着が滲んでいた。

「お前の自信は買おう」
ヴィルヘルムは冷ややかな一瞥をくれた。
「ただし、余の期待を裏切れば、それ相応の対価を支払ってもらうぞ」

「承知しております」
マクシミリアンは、不敵に微笑んだ。
「気ままに飛びまわる羽虫退治など、造作もございません」

ヴィルヘルムは短く手を挙げた。
「ならば、カシュタイン家の五千の兵を率いて、速やかに追撃せよ」

「御意」

青年士官は一礼すると、鮮やかに踵を返した。



聖騎士団セレス一行は、運命の分岐路――城塞都市ベルモスとメイルドック領へ続く林道を進んでいた。

「セレスティーヌ様!」
斥候が、砂塵を巻き上げながら猛烈な勢いで馬を駆けてくる。
「北東より異常な砂埃を確認! 騎兵隊、約四千から五千! これより数分で視界に入ります!」

カイルが即座に馬首を巡らせた。
「セレス、陣形を整えろ!」

「了解しました!」

セレスが凛とした声を上げた瞬間、遠くの地平線に「青い軍旗」の群れが翻った。
それを見たミリアが息を呑む。
「……帝国軍の、あの青い旗印に一角獣の紋章……。間違いない、マクシミリアンの連隊だわ」

「マクシミリアン・フォン・カシュタインか」
カイルが忌々しげに舌打ちをする。
「帝都に戻っていたはずだが、もう追いついてきやがったか」

ミリアは遠方に揺れる軍旗の動きを見つめ、驚愕した。
「……おかしいわ。進軍速度が速すぎる。本来なら歩兵や補給部隊が随伴しているはずなのに、砂埃の上がり方が騎兵一色だもの」

「おそらくだが……足の遅い歩兵と補給隊を後方に置き去りにしたんだろうな。そうでなければ、この速さの説明がつかん」

カイルは素早く林の奥を指差した。
「奴らがこの林道に踏み込むまで、あと数分だ。セレス! 俺の言う通りにしろ。時間がない、急ぐぞ!」

「はい! どうすれば?」

「部隊を二手に分ける。セレスとエミールは騎兵隊を率いて速度を上げろ。敵と反対方向へ走るんだ。俺とミリアは歩兵を中心に部隊を組む」

「こちらが寡兵なのに分散するのですか!?」
セレスが食い下がった。
「各個撃破される恐れがあります!」

「セレスから『各個撃破』の懸念を指摘されるとは……うーむ。感慨深いものがあるな」

「叔父さん! 感心している場合じゃないですよ!」
エミールの叫びに、ミリアも追い打ちをかける。
「そうよ、おじさん! 早く説明して!」

二人の叱咤を受け、カイルは鋭い視線を林に向けた。
「歩兵隊は林の中に潜伏させる。馬は目立つし、この地形では機動力を活かせないからな」

「当然、敵は『聖騎士団長』であるセレスを追ってくる。だが、ここは狭い林道だ。四千から五千もの騎兵が速度を上げれば、戦列は必ず縦に長く伸びる。……そこを狙う」

カイルは馬を寄せ、セレスと視線を合わせた。
「セレス、お前と腕利きの数名を最後尾に配置しろ。道の幅を利用して、敵と当たる面を最小限に抑えるんだ。そして伸びきった敵の脇腹を、俺とミリアが横から挟撃する!」

「うまくいくかしら……」
ミリアの不安に、カイルは不敵に笑った。
「敵の数は、おそらくこちらの1.5倍くらい。どちらにせよ全滅させるのは無理だ。だが、予想を超える打撃を与えて士気を挫けば、撤退してくれるだろうさ……運が良ければの話だが」

「運が悪かったら?」

「その時は諦めるさ。もともと1.5倍の敵に勝つ方が難しいんだ。俺の策が失敗しても恨むなよ?」

カイルは一同を見回し、力強く告げた。
「では、皆の武運を祈る!」

「「はい!」」

カイルとミリアは、気配を殺して林の深奥へと消えていく。

セレスの瞳に、鋭い決意の光が宿る。
「皆さん……数では劣ります。ですが、日々の厳しい訓練の成果を今ここで見せましょう。……決して、無茶はしないように!」

「おおおおーーーっ!!!」
兵士たちの鬨の声が、林道に轟く。

セレス率いる騎兵部隊は一気に速度を上げ、林道を駆け抜けた。
敵が追いつく前に狙い通りの地点で足を止め、鮮やかな手際で反転。街道を塞ぐように、堅実な防御陣形を敷く。

一方、カイルとミリアの歩兵部隊は、息を潜めて林の中へと散開した。木々の隙間から、奇襲の牙を研ぐ。

やがて、迫りくる土煙の中から、帝国軍の先頭部隊が姿を現した。
鮮やかな青の軍装に銀の胸当て。重装を廃し、徹底して機動性に特化した騎兵たち。
(……なるほど。これが、あの速度の正体ね)

セレスは、眼前に迫る敵の軍装を見て確信した。



悠然と馬を止めた若い指揮官が、その端正な顔に冷ややかな嘲笑を浮かべた。
「貴女が噂の戦女神(エイリーン)様ですか。評判通り突撃してくるかと思いきや、逃げ回った挙げ句に防御陣形とは。……少々、意外ですね」

マクシミリアンは、品定めするように相手(セレス)の陣を見渡した。
「ですが残念。このカシュタイン家の嫡男に、そのような付け焼き刃は通じませんよ」

「あなたが、マクシミリアン・フォン・カシュタインね」

「貴女の口から我が名を呼んでいただけるとは、光栄の極み」

恭しく礼をしてみせるマクシミリアン。
セレスは何も答えず、静かに白銀の剣を抜き放った。

部隊と共に、慎重な足取りで帝国軍の先頭へと歩み出る。狭隘な林道の中央で、二人の騎士が睨み合った。

片や、優雅さを纏う帝国の貴公子(マクシミリアン)
片や、凛として佇む麗しき王国聖騎士(セレスティーヌ)

張り詰めた空気が、林道を包んだ。