銀光のセレスティーヌ ー 虚像の聖騎士と風変りな軍師 ー

グランゼイド帝国。
帝都ライヒェンバッハの皇宮。

豪奢な調度品に囲まれた私室で、皇后ベアトリクスは、帝国宰相ガイスト・フォン・ベルトルト侯爵を見下ろしていた。
扇をゆるりと揺らしながら、ベアトリクスは口を開いた。

「弟(グスタフ)はいつ帝都に戻るのだ?」

ベアトリクスの弟である第一騎士団の将軍グスタフ・フォン・ディートハルトは王都(ローゼリア)から帝都に向かって帰還中であった。

ベルトルトは答える。

「ベスティア領にいた各軍団長はすでに帝都へ戻っておりますから、王都(ローゼリア)にいたディートハルト将軍は早くて明日の夜になると思います」

「ジークフリードはいつ帝都に戻る?」

ディートハルトと時を同じくして、第一皇子ジークフリードもまた、北方から帝都へ向かっていた。

「ご安心下さい。各街道の検問所には、すぐには通さぬよう伝達しております。殿下の部隊は傭兵が多いですから、手続きの不備を厳しく咎めれば、いくらでも時間は稼げます」

「助かる、ベルトルト。弟が戻り次第、『十二鉄血会議』を開いてほしい」

「次期皇帝についてですな。なるほど……最も権威がある会議を利用するということですか?」

「そうだ」

「しかし『十二鉄血会議』には帝国騎士団六団長と六大貴族のみで、皇后陛下は……」

「わかっておる。だが、ジークフリードや、奴を推しそうなカシュタイン子爵も同様に出席できぬであろう?」

「はい」

「十二人はどう判断すると思う?」

「大貴族の方々ですが、ジークフリード殿下が年長で実績があったとしても、帝国人として純血ではないことを快く思わない方はいらっしゃいます。ただ……」

「『ただ』なんだ?」

「ジークフリード殿下の師であったカシュタイン子爵と懇意にしている方が数名いらっしゃいます」

ベアトリクスの眉が、わずかに吊り上がった。

「フリオドール・フォン・カシュタインか……たかが子爵家の分際でやっかいよのう」

「亡き陛下と共に数々の戦場に参じて『皇帝の剣』と呼ばれたお方です。年配の当主や、戦場に出ることの多い当主ほど人望があります。先のアルテール平原の戦いに出陣したシューマッハ伯爵などはジークフリード殿下につくかと」

「まったく血が好きな連中はこれだから困る。で、六大貴族であるお前はどうなのだ? ベルトルト侯爵。まさか北方の蛮族(クランフェルト)の王女の息子につくのか?」

「意地悪をおっしゃいますな。私はマリウス殿下こそ皇帝にふさわしいと思っております」

「まあよい。問題は、血で決着をつけたがる軍団長のほうだ。其方(そなた)はどう見る?」

「皇后陛下の弟であられる第一騎士団団長ディートハルト将軍を除いた五人ですな」

「うむ。第二騎士団団長であるベルクマンは? なにかと弟(グスタフ)と張り合っているが」

「第一騎士団と第二騎士団は、軍団長を含めて互いに意識はしておりますが、対立しているわけではございません。ベルクマン将軍は帝国黎明期からの伯爵家の人間、伝統を重んじるかと思います」

「遠まわしな言い方だな。要するにマリウスにつくと言うことか?」

「はい。同様に第四騎士団のヴァレンタイン将軍も保守的なヴァレンタイン家の人間なので大丈夫かと」

「他国の女の息子につくわけないということか」

ジークフリードの母であったクランフェルト王国の元王女は、緑色の瞳と透き通るような肌をした北方特有の美しい女性であった。
ベアトリクスがことあるごとに蛮族呼ばわりするのは嫉妬からであった。

ベルトルトは、その嫉妬の根を知っていた。だが、それを口にするほど愚かではない。

「皇后陛下。クランフェルト王国は滅んだとはいえ、今は帝国領土です。あまりそのような言い方は控えたほうがよろしいかと……」

「わかっておる。問題は貴族ではない第三騎士団と第五、第六騎士団か」

「はい、叩き上げの軍人ほどジークフリード殿下につくかと存じます。しかし、その中で第三騎士団のザイデン将軍は、おそらく皇后陛下が説得してくだされば、簡単に折れるかと」

「なぜそう言える?」

「以前、ザイデン将軍とジークフリード殿下が、作戦の方針の違いでもめたことがありまして……」

「それくらいなら普通であろう」

「ザイデン将軍が、足腰立たぬほど殴られたとの噂を聞きました」

「蛮族の息子らしい所業じゃのう」

皇后は扇を閉じ、ベルトルトに向き直った。

「ザイデン以外の将軍への説得は不要なのか?」

「裏目に出るかもしれません」

「どういうことだ?」

「叩き上げの軍人は、皇族から直接持ちかけられる説得そのものに反発心を持つ可能性が……」

「騎士出身が偉そうに」

ベルトルトは表情を変えぬまま、恭しく頭を下げた。

「皇后陛下。我らが帝国を支えているのは『身分』ではないのでございます」

「それは、お前の言葉か?」

「まさか、帝国軍人の一般論でございます。私にはわかりませぬ」

「……それで、結局のところ勝てそうなのか?」

「五分五分でございます」

ベアトリクスはため息をついた。

「何か良い案はないのか?」

「異例ではございますが、皇族の方が出席されるのではどうでしょうか?」

「それは私を含め、マリウスやジークフリードも会議に参加するということか?」

「はい」

「馬鹿な。ジークフリードが戻る前に、マリウスの即位が決定していることが望ましいのだ」

「お聞きください。ジークフリード殿下は幼少の頃はカシュタイン家に預けられ、その後は戦地を転々としております。直接お会いになっていない方も多いはずです」

「だからなんだ」

「ジークフリード殿下の帝国人らしからぬ緑色がかった瞳、それに皇族らしからぬ態度を見れば、皇帝にふさわしいと思う方は確実に減るはずです」

「なるほど、蛮族の血と、戦いしか知らぬ男を、帝国の舵取りに据えることはできぬということだな」

「左様でございます」

「しかし、『十二鉄血会議』の通例を破ることにならぬか?」

「宰相である私なら、多少のことはなんとかできます。帝国の未来がかかっておりますゆえ」

「わかった。まかせよう。では、検問の件は解いておけ。会議はジークフリードが戻り次第だ」

「はい」

「しかし、失敗は許されぬぞ。其方(そなた)、責任はとれるのか?」

「皇后陛下。マリウス殿下を差し置いて、ジークフリード殿下が選ばれるようでは、そもそも帝国は終わりだと思いませぬか?」

「……確かにな。そして、肝心なことを聞いていなかったが、ジークフリードの立場はどうなるのだ? 大公として地方にでも籠ってもらうか?」

「いえいえ、ジークフリード殿下には、軍団長より上で、今は空席となっている『元帥』の地位でもお与えになって、我らが帝国の領土を好きなだけ広げてもらえばよいのです」

「役に立つということか」

「ええ。あの方には、戦場がよく似合いますゆえ」

ベルトルトの口元に、薄い笑みが浮かんだ。

◇

皇宮で陰湿な密談が交わされていた数日後、エルム・クロウとマクシミリアンは帝都に戻っていた。

部隊に休暇を与え、二人は帝都の街を歩いていた。

「おー。久しぶりだな。帝都は」

マクシミリアンは重傷を負ったとは思えぬほど、元気そうに見えた。

それを見たエルム・クロウは、自分をかばったマクシミリアンが気を遣って演じているのかと思い、心配そうに聞いた。

「マクシミリアン。傷の具合はいいの?」

「お前の看病のおかげですっかり良くなった」

「……私は何もしていないわ」

「毎日、林檎を剥いてくれただろ?」

「そんなことは看病のうちに入らないわ……それよりも、これからどうするの? 貴方に強引に帝都に連れてこられたわけだけど……確かジークフリード殿下に会わせたいと」

「親父と伝信竜(レグート)でやりとりしていたんだ。殿下は北方戦役から戻ってきてる途中だ。そして親父はいま帝都の屋敷にいるらしい」

「『親父(おやじ)』って……貴方、帝都では《《貴公子》》って呼ばれてたみたいだけど、どのあたりが貴公子なのかしら?」

「カシュタイン家は武門で鳴らしていたからな、俺の代で少しでも貴族としての華やかさや優雅さを纏おうとしてたんだ」

「……」

「でも、お前に出会ってから気がついたんだ。俺たちのような軍人には、そんなものは必要がないって」

「嫌味にしか聞こえないわ。それに華がなくて落ちぶれた人間だっているのよ……」

最後の言葉は独り言のようになり、マクシミリアンは気が付かなかった。

「ん? なんか言ったか?」

「いいえ、それで?」

「まず、お前を親父に紹介したい。もう伝えてある」

「ねえ、マクシミリアン。少し勝手がすぎるわ。お父上に会いたくないと言っているわけではないの。でも、急すぎるわ。きっとお父上も、王国からの亡命者など愉快に思うはずがないわ。貴方だって、最初に会ったときはそうだったでしょう」

「まあまあ。そういえば、亡命してきたあと、どこに住んでいたんだ?」

「すぐ出兵する予定があったから、宿に留まっていたわ」

「じゃあ、帝都に家はないんだ。丁度いいな」

「何が『丁度いい』のよ」

「ここだ。着いたぜ」

答えになっていない。
エルム・クロウは呆れ顔のまま、上機嫌な背中に引きずられるように門をくぐった。

◇

その日のカシュタイン家の侍女たちは大慌てしていた。
世継ぎのマクシミリアンが、初めて女性を連れてくると聞いていたからだ。

かの『疾風のマクシミリアン』は帝都の民や貴族の令嬢にも人気があったが、実際にこれという女性を屋敷に連れてきたことがなかった。

侍女たちは、マクシミリアンの心を射止めた女性がどのような令嬢かを期待して待っていた。
しかし、現れた女性は侍女たちの予想とはまったく違っていた。

エルム・クロウが屋敷の敷地に足を踏み入れると、侍女たちの視線が一斉に注がれた。正確には、その隻眼と金属製の義手に視線が集まっていた。

さすがのエルム・クロウも、それが歓迎とは異なる視線であることはわかった。

「……マクシミリアン」

「なんだ?」

「侍女たちに何て伝えたの?」

「親父に会ってほしい女性がいるから紹介すると……」

エルム・クロウは頭を抱えた。

「いい? 爵位はなくても、私はあなたの上官よ? そういうことはきちんと説明しなさい」

「もちろん、そのつもりだったが」

「ふざけてるの?」

「ああ、そのとおりだ」

エルム・クロウの足が止まった。

「……私は、街で宿を探すわ」

「おい!」

「カシュタイン子爵には、後日お会いしますと伝えて」

「聞いてくれ。悪ふざけがすぎたことは詫びる」

「いったい何なの?」

「こうやって、ふざけて怒らせたほうが、お前がお前になるだろ?」

「意味がわからない……とにかく、今日は出直すわ」

「お、おい」

エルム・クロウが門から出た瞬間、正面に長身の男が立っていた。
小汚い外套(マント)を羽織り、無精ひげを生やした男を見て、エルム・クロウは遠慮せずに言った。

「どいてください」

その男は腰の剣に軽く手を当てた。

「――俺に、指図するのか?」

殺気を感じたエルム・クロウは反射的に剣に手をかけた。

その男を見たマクシミリアンが叫んだ。

「やめろエルム・クロウ! そのお方がジークフリード殿下だ!」

エルム・クロウが剣から手を放して振り返ると、マクシミリアンが跪いていた。

「殿下。お久しぶりでございます」

本来ならすぐに跪くべきだった。だが、エルム・クロウは正面に立つジークフリードを見上げていた。

「久しぶりだな、マクシミリアン。敵以外に『どけ』と言われたのは生まれてはじめてだぞ。こいつが例の女だな?」

エルム・クロウは我に返り、すぐ跪いた。

「……」

ジークフリードは、エルム・クロウを見て笑みを浮かべていた。