銀光のセレスティーヌ ー 虚像の聖騎士と風変りな軍師 ー

「そして総大将は私だ!」

アドリアンの宣言に、会議室は一瞬にして静まり返った。

王太子自らが前線に出陣し、軍の士気を高めること自体に異論を唱える者はいない。
しかし、名実ともに軍の頂点たる『総大将』となれば、話は完全に別だった。

総大将とは、単なる名誉職ではない。

刻一刻と変化する戦況を把握し、各軍団へ命令を下し、戦場全体の勝敗に責任を負う軍の最高指揮官である。

当然ながら、実戦経験のないアドリアン王太子が担うには、あまりにも荷が重い。

最初に口を開いたのはライネル将軍だった。

「殿下。恐れながら申し上げます。殿下が自ら御出陣なさることに異論はございません。しかし、総大将ともなれば話は別でございます」

アドリアンは表情一つ変えない。

「何が違う?」

「総大将は全軍の指揮を執る立場にございます。軍の采配は、一つ誤れば数千、数万の兵の命を左右いたします」

ライネルは言葉を選びながら続けた。

「殿下には王家の象徴として軍を率いていただき、実際の指揮につきましては我ら職業軍人へお任せいただくのが最善かと存じます」

アドリアンは軽く首を横に振った。

「勘違いしているようだな、ライネル」

会議室の視線が一斉に王太子へ集まる。

「私は用兵など細かな命令を下したいと言っているわけではない。戦場での指揮は、これまでどおり其方ら将軍に任せる」

ライネルは思わず眉をひそめた。

「……では、殿下のおっしゃる『総大将』とは?」

「その名のとおり、全軍を統括する者だ」

アドリアンは当然のように答えた。

「最終的な責任は私が負う。それで何か問題があるのか?」

ロシュフォール侯爵だけは静かに目を細める。

(……まだ、その栄光に拘られるか)

王都奪還の先頭に立ち、『解放王』として歴史に名を刻みたい。そういうことなのだろう。

ロシュフォール侯爵は小さく息を吐いた。

「……良いではないか、ライネル」

「……は?」

「軍の指揮はお前に任せる。それと王都の事情に通じているセレスティーヌ卿も、殿下を補佐して差し上げよ」

ライネルは一瞬だけ考え込み、やがて静かに頷いた。

王太子は表情を引き締め、鋭い眼差しで一同を見回した。

「ただし、王都へ入城した後は、私の指示を最優先とする。それだけは忘れるな」

ロシュフォール侯爵はライネルに視線を送った。
ライネルは侯爵から密かに聞いた「解放王」のことを思い出した。

(王都入城の栄誉を望んでおられる、ということか)

そうであれば理解できなくもない。戦闘が終わり、安全が確保された後であれば、大きな支障はない。

そのやり取りを静かに見つめていたセレスも、胸の奥で一つの言葉を噛み締めていた。

(王都奪還……)

あの日、守れなかった王都。
もう二度と同じ過ちは繰り返さない。

セレスは静かに決意を固め、改めて王太子へ向き直った。

「承知いたしました。王都へ入城した後は、殿下のご意思を最優先いたします」

アドリアンは満足げに頷いた。

「うむ」

アドリアンは立ち上がり、一同を見渡した。

「よし! 皆、出兵の準備をせよ!」

一同は答える。

「は!」

◇

モンモランシーに用意された執務室。

「くそ、あの女。恥をかかせおって。ヴァルデンもその上官もろくなものではないわ」

モンモランシーの秘書官は黙って聞いていた。

「……」

「軟禁という形もいつまでも続けることはできん。なんとか奴の立場を失墜させ、ヴァルデン家に恥をかかせてやる」

「モンモランシー様。そこまでしなくても」

「いや、儂もそう思っていたが、奴の態度を見て考えが変わった。少しでも殊勝な態度を見せて頭を下げていれば、儂もここまで腹は立たなんだ」

「……と言いますと?」

「あの目だ……儂を取るに足らぬ人間として見下しておった」

「ですが、ヴァルデン卿は相手を問わず、あのような物言いをする人物だと聞いておりますが」

「お前の意見など聞いていない」

「申し訳ございません」

「頼みがある。ヴァルデンに何か弱みや問題がないか徹底的に調べろ。ヴァルデン領も含めてだ。どんな小さなことでも構わん。火種さえあればいくらでも火事にできるからな」

秘書官は上司の嫉妬にうんざりして、投げやりに言った。

「いっそ、ヴァルデン卿を亡きものにしてしまえばいかがでしょう?」

「……」

「申し訳ございません。失言でした。お忘れください」

「……いや、下がってよい」

「は」

秘書官が退室したのを見届けると、モンモランシーは窓の外へ目を向け、小さく呟いた。

「……死人は何も語らん、か」

◇

その夜。

カイルが軟禁されている客室の扉が開き、ガラガラと配膳用のワゴンを押す足音が響いた。

「ヴァルデン卿。お食事をお持ちしました」

見張りの近衛兵と、ロシュフォール侯爵家の侍女が料理を運んできたのだ。

カイルはワゴンの上に並べられた料理を一瞥した。

「部屋は豪華だが、食事は随分と質素だね」

「殿下はあのようにおっしゃいましたが、貴殿は内通の被疑者なのですよ? 十分だと思いますが」

「我がままを言ったわけではないさ。感想を述べただけだよ」

近衛兵は、からかわれたと悟り、顔を赤くした。

「どうぞ、ごゆっくり!」

どすどすと苛立たしげに足音を立て、部屋の外へ出て行った。

扉が閉まった瞬間、控えていた侍女がすっとカイルの傍らに歩み寄り、小声で囁いた。

「ヴァルデン様。バスール様の指示で参りました」

「どんな手で来るか楽しみにしていたよ。侍女とはね」

「はい。部屋の場所をバスール様に伝えますので、今夜は窓の方へお気を配りください」

「承知した。ところで君、名前は? 『お答えする必要はありません』は無しだぞ」

カイルの軽口に、侍女は小さく微笑んだ。

「ラーダ・ナーヤルと申します」

どこか異国の響きを持つ名だった。バスールの言う「血で誓った同志」の一人なのだろう。

「ラーダ、ありがとう。君も気を付けて」

「はっ」

◇

一刻後、窓を微かに叩く音がした。
カイルは窓を少し開ける。鉄格子があるため、拳ひとつ分の隙間しかできないが会話するには十分だった。

「カイル、俺だ。バスールだ」

バスールは正式にカイルの配下になって以降、他の幹部たちと同じように、敬語を廃した呼び方を通していた。彼なりの仲間意識の表れだった。

「それで、状況は?」

「聞いて驚くなよ。ディートハルト率いる五千が王都を離れた。それを受けて、アドリアン王子を総大将に据え、王都(ローゼリア)を奪還することが決まった」

「なんだと!?」

カイルは思わず声をあげ、慌てて扉のほうを見た。近衛兵には気づかれなかったようだ。

カイルは声を抑えて言った。

「ふう。流石にそいつは予想していなかったな。で、布陣は?」

「ライネル将軍の軍団と、セレスティーヌ軍の二個軍団で出兵することになった」

バスールは声を潜め、探るように続けた。

「何か指示はあるか? 何なら暗殺でも……」

「バスール」

カイルが低い声で窘(たしな)める。

「冗談だ」

バスールは肩をすくめた。

「お前たちには、セレスティーヌ軍の影として動いてもらう。だが、暗殺はなしだ。向こうから仕掛けてこない限りな」

カイルは自嘲気味に続けた。

「まあ、そう言う俺も、この前までは何でもありだったんだがな。それはさておき……」

バスールは少し首をかしげた。

「なんだ?」

「アドリアン王子の元部下だったお前に聞いておきたいが、今回の『総大将』の件、どう思う? 王都奪還の立役者を狙ってるように見えるのだが?」

「……それはあるだろうな。ただ、わかりやすいことほど危ない」

バスールは、自嘲するように続けた。

「兵糧放火の件もそうだった。表向きは『後方待機』だったが、実際は軍団長(ボス)に失態を演じさせるためだ。その後の特別臨時徴収もな。あの方は、見えている理由の裏で、もっと醜いことを考えている」

「……今回も、同じ匂いがするということか」

バスールは静かに頷いた。

カイルは少し考えたあと決断をした。

「……お前も王都へ行け。そしてアドリアン王子を監視しろ。エミールを使ってもいい」

「承知した」

バスールの気配が消えると、カイルは窓を閉め、小さく笑った。

(縛ったつもりだろうが、手足は動くぞ)

◇

ローゼンベルク王国・王都ローゼリア。
王都の一角に建つ旅館『薔薇の棘亭』。

表向きは二階建ての旅館。その存在しないはずの三階の窓の隙間から、一人の少女が街を見下ろしていた。

「やはり帝国兵の数が減っているわ」

「王女殿下。明かりが漏れます!」

「ごめんなさい、ルチア」

「お父様たちが呼んでいます。広間へ行きましょう」

「ええ」

リーゼロッテ・ローゼンベルクとルチア・フォン・ランカスターはカーテンを閉じ、広間へ向かった。