銀光のセレスティーヌ ー 虚像の聖騎士と風変りな軍師 ー

帝国軍が撤退したあと、王国軍は今後の方針について、ライネル将軍の天幕にて軍議を行うことになった。

各軍団を率いた将軍と副官や参謀、そして軍団に随行した勲功記録騎士たち。

カイルは軍議の席で、帝国軍による夜襲で兵糧の大半を失ったこと、やむなくセレスティーヌ軍のほぼ全軍を前線へ投入したこと、そしてセレスが『鉄砕』ドルクハルトを討ち破ったことを報告した。

もちろん、放火犯の件については伏せたままである。

カイルたちの士官学校の教官であったマーロンド伯爵が肩をすくめた。

「報告はわかったが、なんとも情報量が多すぎだな。どれから話したものか……」

ライネル将軍は驚いた表情で呟いた。

「まさか、あの『鉄砕』を一騎打ちで打ち破るとは……!」

右翼寄りに布陣していたミラージュ侯爵軍のユリウス将軍は、感嘆の声を上げた。

「まさに、驚きです」

しかし、キース伯爵は鼻を鳴らして言った。

「大方、愚直な武人であるドルクハルトに対して、ヴァルデン卿が卑怯な真似でもしたのでしょう。そういう男ですからな」

カイルは静かに口を開いた。

「私への評価についてはあえて否定しませんが、今回は違います。あれはセレスティーヌ卿自身が勝ち取った勝利です」

「ふん、どうだか」

エーベルバッハ子爵が、片手を開きながら頷いた。

「本当のようです。帝国兵も言っているのを聞きました」

そう言った後、エーベルバッハは少し表情を曇らせた。

「それよりも、兵糧が六割なくなったということは、今回の遠征もここまでですかな。敵を退けたことは喜ばしいですが、フルーランシュを奪還するだけの余力は、もはや我が軍には残されておりませぬ」

キース伯爵は待っていたと言わんばかりに乗り出してきた。

「ふむ。結局、問題はそこでしょう。ヴァルデン卿は初日に三千もの兵を前線へ差し向けたとか。もし八千をそのまま後方に残しておけば、夜襲による損害もここまで大きくはならなかったのではありませんかな?」

ライネル将軍が腕を組んだまま口を開く。

「いや、その判断は正しかったと思う。待機命令を無視した件については、私から殿下へ説明しよう。戦場では現場判断による臨機応変な対応も必要だとな」

キースは賛同されなかったことに少し失望した。

「ライネル閣下まで、甘いことを……」

カイルは素直に礼を言った。

「ありがとうございます。ライネル将軍」

ライネルはばつが悪そうに視線を逸らした。

「ふん」

セレスも丁寧に頭を下げた。

「私からもお礼申し上げます。あの時、最終的に援軍の派遣を認めたのは私です。ヴァルデン卿は否定するかもしれませんが、あの決断の責任は軍団長である私にあります」

(……下手な演技までして、せっかく作った逃げ道を、自分で塞ぐか)

カイルは内心で苦笑した。だが、不思議と悪い気はしなかった。

ライネルは静かにいった。

「戦とは過程ではなく結果が重要なのです。セレスティーヌ卿」

「……と、言いますと?」

「敗れていれば愚策、勝てば英断。貴女の選択は正しかったということです」

ぶっきらぼうな言い方ではあったが、それはライネルなりの賞賛だった。

カイルは意外そうな顔でライネルを見つめた。
視線を感じたライネルは、迷惑そうにカイルに言った。

「なんだ?」

カイルは下を向き、笑みを浮かべて答えた。

「いえ、何でもありません」

議論が一段落したのを見て、マーロンド伯爵が周囲を見回した。

「では、諸侯の方々ならびに副官・参謀の諸君。本戦は我らの勝利ということで異論はありますまい。今後についてはルミナリアに戻って協議するとして、まずは帰還を決定したいのですが――」

「お待ちください!」

天幕内の隅に立っていた勲功記録騎士の一人が前に出て、声を上げた。

マーロンドは話を遮られた無礼を飲み込んで冷静に聞いた。

「君は?」

「失礼しました。勲功記録騎士副隊長のレンブリーです」

「で、レンブリーとやら、帰還に異議があるのかね?」

「その前にまず、ヴァルデン卿にお聞きしたい。我々の隊長であるバス・ドゥ様はいかがしましたか?」

カイルは悲壮なふりをして答えた。

「誠に残念だが、戦闘の混乱の中ではぐれたらしい。捜索隊を出して探しているが、まだ見つかっていないようだ」

「それは、本当ですか?」

「なぜ私が嘘をつく必要があると?」

「くっ……」

レンブリーは悔しげに歯を鳴らした。

「わかりました。その件は良いでしょう。もちろん捜索は継続してください。次に諸侯の皆様に見てもらいたいものがあります」

レンブリーは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。王家の印章が押された正式文書である。

「これは?」

ライネルは怪訝な顔をする。

「兵糧が不足した場合、現地からの徴収を可能にする王太子殿下が発行した『特別臨時徴収許可証』です」

天幕の空気が凍りついた。
その許可証が意味するところは誰の目にも明らかだった。

――強制的に現地徴収などすれば王国軍の信頼は地に落ちる。

キースは困ったようにライネル将軍の発言を待つ。

ライネルはロシュフォール侯爵の腹心とも言うべき将軍だった。そしてアドリアン王太子が侯爵と近しい関係にあることも明らかであった。
だからこそ、ライネルもすぐには口を開くことができなかった。

レンブリーは淡々と続けた。

「おわかりでしょう。今回の戦いはまだ終わっていません。兵糧不足は帰還の理由にはなりません、明日からまた部隊を再編制して――」

カイルが割り込んだ。

「何を言ってるんだ? そんなものを使う理由はないぞ」

諸侯たちが口にできずにいた言葉を、カイルはあっさりと言い放った。

「な!?」

レンブリーは目を見開いた。

「ヴァルデン卿、貴殿は王太子殿下の正式文書を蔑(ないがし)ろにするおつもりか!?」

「そんなつもりは毛頭ない。だが、まず有効性の問題だ」

「有効性がないとおっしゃるのか?」

「そうだ。現地徴収といっても、フルーランシュまでには小さな町や村が点在するだけ。とても四万五千の軍勢を養えるだけの兵糧を徴収できるとは思えん」

「しかし実際、見たわけではないでしょう?」

「時期を考えろと言っているのだ。秋の収穫は終わっていて、穀物の大半は領都であるフルーランシュへ集められているはずだ。町や村に残っているのは、住民が冬を越すための蓄えだと思うが、それを徴収せよと?」

「……ですが、王太子殿下の命令に背くわけにはいきません!」

「命令ねぇ。だがそれは許可証だ。さきほどライネル将軍がおっしゃっていたが、徴収するかどうかは現場判断ですべきだ。今回はどう考えても、許可証を使うべきでないと思うが……どうでしょう、ライネル将軍?」

ライネルはしばらく沈黙した。

「……ヴァルデン卿の言う通りだ」

「後でどうなっても知りませぬぞ!」

レンブリーと他の勲功記録騎士たちは顔を見合わせると、不満げな表情のまま天幕を後にした。

マーロンド伯爵はため息をついて言った。

「後味が悪くなってしまったが、ルミナリアへ帰る準備をいたしましょう」

一行は立ち上がり天幕を出て行った。

◇

カイルはミリアたちに帰還準備を任せ、人目を避けるように設けられた小さな天幕へ足を運んだ。
そこにはエミールと縄で縛られたバス・ドゥがいた。

「さてバス・ドゥ。君に相談がある」

「放火の件なら、私が勝手にやったことだ」

「そんなことはどうでもいい。別の話だ」

カイルは椅子を引き寄せ、バス・ドゥの正面に腰を下ろした。

「『バス・ドゥ』という名前、どう考えても根っからのローゼンベルク人の名前とは思えん」

「……」

「二十年前、王国に併呑された小国ドゥルガニアの出身だな」

「だからどうした。いまは王国人だ。貴殿は差別主義者なのか?」

「いや、ドゥルガニアの出身者は王家を憎んではないにしろ、好いてないと思っていたがな。なぜ王子の側近部隊ともいえる勲功記録騎士をやってるのかとね」

「ドゥルガニア出身者の中にも、王家に忠誠を誓う者はいる」

「本気でそう思っているのか?」

カイルは小さく首を振った。

「何か見返りを約束されたんだろうが、アドリアン王子の人となりは知っているはずだ。利用されるだけ利用されて、最後は切り捨てられるぞ」

「……」

カイルはバス・ドゥの瞳をじっと見つめた。

バス・ドゥは諦めたように告白した。

「……殿下が国王になった暁には、ドゥルガニアに自治権を与えてくださると約束された。忠誠を誓うには十分な理由だろう」

カイルは呆れたように息を吐いた。

「なるほどな。しかしそれはただの取引であって忠誠とは言わんぞ」

「ふん」

「少し考えてみろ。味方の兵糧に火を放たせる。領民から冬を越すための食糧まで取り上げようとする」

カイルはバス・ドゥをまっすぐ見た。

「そんな男が、自分にとって都合の悪い約束を律儀に守ると思うか? 自治を認めるということは直轄地を手放すに等しいんだぞ」

バス・ドゥは声を荒げた。

「貴様には関係ないだろう!」

「関係大ありだ」

カイルは即座に言った。

「お前は味方の兵糧に火を放った」

「反省などしていないぞ。それが俺の任務だったからだ」

「それだ。任務といえど普通の軍人にはなかなかできん。やろうと思ってもな」

カイルは肩を竦めた。

「そう、お前には才能がある。正面から剣を振るう才能じゃない。人を騙し、潜り込み、裏から崩す才能だ。何より割り切り方が大したものだ。普通の人間の感覚だと褒められたもんじゃないがな」

「ろくな才能じゃないって言いたいのか?」

「いいや、そうじゃない。残念ながら、うちにはお前のような人材が足りん」

「貴様……なにを考えている!?」

「バス・ドゥ。セレスティーヌ軍の影となって働け。密偵に向いた兵は何人かいるが、お前ほど裏の世界を知る者はいない。その知識と経験を俺たちのために使えないか?」

「はっ。馬鹿を言うな。そんなことしてやる義理もないし、お前たちも俺に恨みがあるんだろう」

カイルは静かに、しかし強い口調で言った。

「俺が約束しよう。ドゥルガニアの自治権をな」

バス・ドゥは一瞬固まったがすぐに反論した。

「貴様にそんな権限はないだろう。王太子殿下に交渉でもするのか?」

「いいや。そんな無意味なことはしない。俺自らが動く。もちろん今すぐ与えられるとは言わん。だが、口約束で終わらせるつもりもない」

「!」

バス・ドゥは目を見開き、しばらく言葉を失った。

「……そんなこと。可能なものか」

「簡単なことではない。ただ、お前がいれば可能性は高くなるかもしれんぞ。少なくともアドリアン王子についていくよりはマシだと思うがな」

バス・ドゥは黙り込んだ。

天幕の中に沈黙が落ちる。

エミールも口を挟まず、ただ成り行きを見守っていた。

やがてバス・ドゥは、腹を決めたように言った。

「……そこまで言うなら、一つだけ条件がある」

「何だ?」

「俺一人では動けん。血で誓った信用できる同志が何人かいる。そいつらも一緒でいいか」

「それはありがたい」

「あと、一つ頼みがある」

「なんだ」

「バスール・ドゥルガと名乗っていいか?」

それは、かつてドゥルガニアの王族として生まれた、彼の本当の名であった。

カイルはニヤッと笑った。

「いいだろう」

カイルは隣に立つエミールへ視線を向けた。

「ではバスール・ドゥルガよ。お前の知識と経験はエミールにも教えてやってくれ。エミールもそれでいいな?」

「かまいませんよ、叔父さん。それが仲間の役に立つのであれば……。でも、この男がルナのことを『蛮族』と呼んだことはまだ許していませんから。あと僕たちを裏切るような真似をしたら今度こそ命はないと思ってください」

「とのことだ。バスール。何はともあれよろしく頼むぞ」

バスールは一瞬だけ目を伏せた。

「……了解した」