銀光のセレスティーヌ ー 虚像の聖騎士と風変りな軍師 ー

セレスたちから少し離れた場所で、帝国の伝令がエルンスト・フォン・ベルクマン将軍に声をかける。

「閣下。ドルクハルト様が敵将と下馬して、一騎打ちを始めたようです」

「ほう。妙な空気が漂っていると思ったが、そういうことか」

ベルクマン将軍は落ち着いた声で答えた。

「どうやら相手はセレスティーヌらしいですが、いかがなされますか?」

「ふ。奴が下馬したということは、本気ということだ」

ベルクマンは視線を正面へ向ける。

「我々は敵将エーベルバッハに集中すればよい。ここまできたらドルクハルトの邪魔をするわけにはいかん」

「はっ!」

◇

セレスはドルクハルトの大剣を見つめた。
白銀の鎧を静かに脱ぎ捨て始める。

あの巨剣を受ければ、どのみち鎧ごと叩き潰される。ならば少しでも身軽な方がいい。

ドルクハルトは微動だにせず、ただその様子を見守っていた。その隙を突くような無粋な真似をする男ではなかった。

セレスは鎧下の木綿の軍衣の、首元の紐をきつく結び直すと、剣を再び握り締めた。

「お待たせしました」

セレスは剣先を真っ直ぐドルクハルトへと向けた。

「銀光のセレスティーヌ、参ります!」

ドルクハルトは白い歯を見せて笑った。

「来い!」

セレスの初撃は、迷いのない一直線の突きだった。
鋭い一閃をドルクハルトは大剣の腹で事も無げに弾く。

直後、片手で大剣を振り上げ、下から斬り裂くように薙ぎ払った。
セレスは後方へ跳ぶ。まるで宙返りのような動きで刃をかわし、着地と同時に鋭い突きを放った。

先ほどフェリックスの猛攻を防いだ時と同じように、ドルクハルトは大剣を盾のように操り、その連撃をことごとく受け止める。
続けざまに頭上から大剣が振り下ろされた。

セレスを真っ二つにせんとする兜割り。

ズゥン!

轟音と共に大地が震えた。
セレスは紙一重で身をかわす。

大剣が叩き付けられた地面には、亀裂が走っていた。
普段は流麗な剣技を見せるセレスだが、鎧を脱いだ今は違う。

その動きは野生の豹そのものだった。
しなやかに駆け、跳び、牙を突き立てる隙を探し続ける。

カイルには、その姿が捨て身にしか見えなかった。

(やはり……俺一人でも行かなくては)

愛用の剣へと手が伸びる。

その動きを見たミリアは、小さく息を吐いた。

「カイル。セレス様が貴方に『ヒルデガルドになる方法』を尋ねたとき、何て答えたか覚えてる?」

「……?」

唐突な問いに、カイルは手を止めた。

「忘れたの?」

ミリアは静かに言った。

「『勝利の代償として、ヒルデガルドは多くのものを捨てた。平穏、安らぎ、そして人間らしい心。最後に残ったのは血塗られた栄光と、底知れない孤独だけだった』」

カイルは反射的に言い返した。

「だ、だからこそ! セレス本人ではなく俺が――」

「カイル」

ミリアは遮る。

「貴方、まだ分かってないのね」

そして優しく微笑んだ。

「貴方はもう、セレス様の一部なのよ。貴方が教えてきたことは、もうセレス様の中にある。……貴方一人が、闇を背負う必要はないのよ」

「……!」

◇

セレスには周囲の喧騒が遠のいていくように感じられた。
水中にいるときのような感覚だ。

しかし、五感のすべては、大剣が空気を裂く音、踏み込みの音――ドルクハルトが発するすべての音に集中していた。

セレスは突きではなく、剣を後ろに構えたままドルクハルトに向かっていく。
ドルクハルトは防御ではなく、大剣で迎撃する。

セレスは咄嗟に判断する。

(横薙ぎ!)

常人なら後ろに退くか跳んで避ける高さであった。
しかしセレスは倒れ込むほどの前傾姿勢で、大剣の下をくぐる。

ドルクハルトはそのしなやかな動きに驚愕する。

足元へ滑り込んだセレスに対し、ドルクハルトは膝蹴りで顔面を狙う。
膝の金属がセレスのこめかみ付近をかする。
セレスはそこから跳ぶように真上に向かって剣を突き上げる。

ドルクハルトの顎の下に剣先が届こうかというときに、ドルクハルトは反射的に左手を差し出した。

「ぐっ!」

剣先が手のひらを貫き、血が飛び散る。

セレスは剣が手のひらに食い込み、抜けなくなったのを見て、咄嗟に腰の裏の短剣を抜き、首を狙った。
ドルクハルトは残った右手で短剣を受けた。

「ぐぅっ!」

短剣はその掌をも貫通した。

ガラン。

支えを失った大剣が地面へ落ちる。
セレスは、左の掌に食い込んだままの剣を力任せに引き抜くと、素早く後方へ飛び退いた。

ドルクハルトはもはや大剣を握れない。

「勝負はつきましたね」

ドルクハルトは掌に刺さった短剣を乱暴に引き抜き、鮮血が滴り落ちた。

「……そうだな。さあ、首をはねるがよい」

「いえ、抵抗できない人を殺す趣味はありません」

「生き恥をさらせと?」

「たった一度の敗北で、ですか? それを言ったら、私はウィンドル平原で死んでいたはずです」

「……」

その言葉に、ドルクハルトは何も返さなかった。

次の瞬間。

「うおおおおおっ!」

セレスティーヌ軍から大歓声が上がった。

「勝ったぞ!」
「セレス様が勝った!」

一方、帝国軍には動揺が走る。

「まさか……ドルクハルト様が負けるとは」
「あり得ん……」

兵士たちはざわめきながら、ベルクマン本隊の方へと後退を始めた。

ドルクハルトはゆっくりと愛馬へ歩み寄る。
傷ついた両手では手綱を握ることすら苦しかったが、それでも何とか鞍へと跨った。
その背へ向かって、セレスが声を掛ける。

「ドルクハルト殿!」

ドルクハルトが振り返る。

「……貴方が、今までの人生で一番強い方でした」

ドルクハルトは一瞬だけ目を見開き、やがて苦笑した。

「セレスティーヌ殿。貴殿はいくつになる?」

「十八ですが?」

「十八年の人生で一番、か……」

ドルクハルトは、空を見上げ、豪快に笑った。

「わっはっはっは! まだまだ世界は広いぞ」

その笑い声は戦場に響き渡る。

「もっと鍛えるのだな」

そう言い残し、ドルクハルトは馬首を返した。

ドルクハルトとの戦いを終えたセレスの元へ、カイルはゆっくりと歩み寄った。
紙一重でかわしているように見えたが、いくつもの浅い傷が刻まれている。

「セレス……お前」

いたたまれない気持ちでそれを見つめるカイルに対し、セレスは少しだけ困ったように眉を下げて笑った。

「これが、私なりの『勝利のための手段』です」

そして小さく頭を下げる。

「心配をかけたことは、ごめんなさい」

ミリアが肩をすくめた。

「カイル、貴方の負けよ」

「……そうらしいな」

カイルは降参だと言わんばかりに両手を軽く上げ、自嘲気味に苦笑した。

その瞬間。

「セレス姫さまぁぁぁ!」

ルナがボロボロと大粒の涙を流しながら、猛烈な勢いで正面から飛びついてきた。
不意を突かれたセレスは思わずよろめき、その小さな身体を慌てて受け止める。

「ル、ルナ?」

「うぅぅぅ……よかったですぅ、ご無事で、本当によかったですぅ……!」

胸に顔を埋めて子供のように泣きじゃくる少女を、セレスは優しく抱きしめ返した。ルナはルナなりに、セレスが選んだ覚悟を理解していたからこそ、必死に涙を堪えて耐え続けていたのだ。

その様子を少し離れた場所から見ていたルークとエミールは、顔を見合わせ、同時に肩をすくめて息を吐いた。

「ルナは、ずっと泣きそうでしたから……」
「我慢してた反動でしょうね」

その空気を吹き飛ばすようにフェリックスが笑った。

「へっ! 軍団長だけにいいとこ見せられてたまるかよ!」

槍の残骸を肩に担ぐ。

「セレスティーヌ軍は、これからだぜ!」

ミリアが即座に突っ込んだ。

「貴方、その槍折れてるじゃない」

「うるせぇ!」

周囲から笑い声が上がった。

ルークがカイルに馬を寄せ、小声で確認する。

「よろしかったのですか? 捕縛して人質にする手もありましたが……」

「ああ、そんな手もあったな。だが、今回はこれでいい」

ルークは小さく笑った。

「承知しました……」

(俺は散々偉そうなことを言っていたが、結局セレスを信じていなかったんだな……)

カイルは地面に置かれていた白銀の鎧を拾い上げる。

土埃に汚れたそれを軽く払うと、無言のままセレスへ差し出した。
セレスは鎧を受け取り、ふっと微笑んだ。

「ありがとう、カイル」

カイルは視線を外して肩をすくめる。

「早く着ろ。次の戦いが待ってる」