銀光のセレスティーヌ ー 虚像の聖騎士と風変りな軍師 ー

王太子の言葉が終わるや否や、会議室には諸侯による阿諛(おべっか)の歓声が湧き起こった。
誰もが降って湧いた五千の精鋭の山分けを前に、その目を輝かせていた。

歓声の中、カイルは表情を変えず、諸侯の中でロシュフォール侯爵派が誰なのかを見分けていた。

(半数以上か……)

この場にいる者たちの過半数が、ロシュフォールの利権に群がっているということだ。

その歓声を、最末席からの凛とした声が断ち切った。

「――お待ちください、王太子殿下! ロシュフォール侯爵閣下!」

白い軍服を着たセレスが、勢いよく長卓の席から立ち上がった。
その蒼い瞳には、ロシュフォール陣営の威光に怯む様子などない。

「ん? どうした、セレスティーヌ卿。我が差配に何か不服でもあるのか?」

アドリアン王太子は甘い微笑みを浮かべたままだが、その声音には明確な不快感が混ざっていた。

その瞳の奥には、「せっかく庇ってやったのに」という身勝手な苛立ちが覗いていた。

「不服などという言葉では足りません。聖騎士団をここまで立て直すために、私だけでなく様々な人の努力と協力がありました」

セレスの肩が震えている。

「……ウィンドル平原、王都で散った者たち。そして国を救いたい一心で聖騎士団として踏みとどまった兵たち――彼らの血で立て直した騎士団です。それを、戦線の再編という名目で一方的に解体し、没収するなど……あまりに横暴ではありませんか!」

セレスが真っ直ぐに正論を叩きつけると、長卓のあちこちから、冷ややかな失笑が漏れ聞こえた。

「はは、これだから世間知らずのお嬢様は困る」
「まったくですな。ここは士官学校ではないというのに」
「それに、軍の再編は新政府の、ひいては王太子殿下の正当な権限ですからな」

ロシュフォール陣営の諸侯たちが、口々にセレスの「青さ」を嘲笑う。

カイルはローゼンベルク王国には忠誠を誓っている。それはこれからも変わらない。だが、私欲を優先するロシュフォール侯爵とその取り巻きは、どうにも好きになれなかった。

「……失礼。先ほど『新政府』という言葉が聞こえましたが、それは一体何のことでしょうか? 国王陛下の安否はいまだ不明のはずですが――」

カイルが末席から言葉を投げかけると、会議室の空気が凍りついた。

まだ国王が崩御したわけでもないのに、しかもローゼンベルクが国家としてそれを認めていない以上、自分たちの権力基盤を「新政府」と呼ぶのは、不敬にあたる。

ロシュフォール侯爵がすかさず強引に言葉を挟んだ。

「キース伯爵の口が滑ったようだ。『臨時政府』の言い間違いだろう」

「これは。失礼、申し訳ない」

話を振られたキース伯爵がわざとらしく頭を下げたが、その顔には笑みが浮かんでおり、申し訳なさそうな様子など微塵もなかった。

カイルが明確に発言したのを見て、上座のアドリアン王太子と、隣にいるロシュフォール侯爵が何やら小声で短い言葉を交わした。

やがて、王太子は値踏みするような視線をカイルへと向けた。

「……君がヴァルデン卿か。とても優秀な男と聞く。セレスティーヌ卿が色々と世話になっているらしいな」

普通の臣下ならば、喜んで「滅相もございません」と言ったであろう。
しかし、カイルは褒め言葉と感じてはいなかった。

確かに彼女を一人前の将へ育てるために世話をしている自覚はあるが、なぜ初対面の王太子から、さも身内気取りでそんな言葉を投げかけられねばならないのか。

(――よし、この男を嫌いになることを決めた)

カイルは表情一つ変えないまま、内心でそう断じた。

上座のアドリアン王太子は、カイルの沈黙をどう受け取ったのか、さらに優しげな声音を重ねてみせる。

「私は、君の上官であるセレスティーヌ卿のことを思って言っているのだよ。実際、不慣れなままウィンドル平原の初戦に挑んで大敗し、もしかしたらそこで彼女は命を落としていたかもしれない。ランカスター公爵の大切なご令嬢だ。お父上が未だ行方不明であるのなら、これ以上危険な前線には出ず、ここルミナリアにいた方が安全だ」

「――私は、貴族令嬢である前に軍人です。安全など求めていません」

セレスが毅然と拒絶の言葉を返した。

だが、その真っ当な反論に対し、ロシュフォール侯爵が横槍を入れる。

「セレスティーヌ卿。王太子殿下は貴殿の身を心から心配して仰ってくださっているのだ。今の言葉は、殿下のご厚情を踏みにじるものであろう」

「そういうつもりではございません。私はただ――」

セレスが言葉を続けようとしたが、それをアドリアン王太子が芝居がかった手際で、優雅に制してみせた。

「シャルル侯。そう責めるな、セレスはそれだけ愛国者なのだ。私はその不屈の心こそを愛おしく思う」

(ついに「セレス」呼ばわりか……)

カイルは、道中でセレスから聞いた話を思い出した。肖像画を見た王太子から、彼女のもとへ贈り物が届いたという件だ。

王太子にとって、ここにいる全員は臣下だ。敬称を付けずに呼ぶこと自体はおかしくない。だが、公の場でいきなり愛称で呼ぶとなれば話は別だ。カイルの内心は急速に冷えていった。

大義名分や戦線の再編などと言いながら、結局のところ、目の前の男たちは自分たちの都合で兵力を没収し、王太子にいたっては、おそらくセレスを私的な所有物としてこのルミナリアに幽閉したいだけなのだ。

(これ以上、付き合う必要はないな……)

カイルは静かに席を立った。

「――王太子殿下、ならびにロシュフォール侯爵閣下。大変素晴らしい『ご心配』ですが、少々現実の戦況と、王国軍の規律を無視されたお話が過ぎるようです」

会議室の諸侯たちがざわめく中、カイルは懐から封筒を取り出した。

ロシュフォール侯爵は不快げに眉をひそめた。

「なんだ、それは」

「少々、お待ちください」

カイルは封を切り、一通の書類を取り出すと、全員に聞こえるような通る声で言った。

「これは、メイルドック辺境伯領の領主であり、アルクリーズ城の城主、アルベルト・フォン・メイルドック閣下からの、正式な『全軍麾下入(ぜんぐんきかにゅう)の誓約書』にございます」

「……何だと?」

侯爵の表情が、初めて微かに強張った。

「辺境伯閣下直筆の署名と、血判が押されております。読み上げましょう」

カイルは書類を広げ、読み上げ始めた。

「――『我がメイルドック辺境伯領の全軍、ならびにアルベルト・フォン・メイルドック自身は、これよりの全作戦において、聖騎士団長セレスティーヌ・フォン・ランカスター卿の麾下(きか)に加わるものとする。なお、メイルドック辺境伯領の防衛はメイルドック本人が、聖騎士団副団長として任務にあたる』」

一瞬、時間が停止したかのような静寂が会議室を支配した。
カイルは書類を長卓に置き、諸侯に向かって言った。

「ご理解いただけましたか? つまり、殿下が諸侯へ分け与えようとしているその兵は、辺境伯閣下が自ら、セレスティーヌ卿に預けたものということです」

ライネルは椅子を蹴立てて立ち上がった。

「なっ……そんな出鱈目(でたらめ)な話があるか!」

「出鱈目などではありません」

「だが、メイルドック辺境伯といえば、先王の時代から王国を支えてきた最長老の宿将ぞ! そのお方が、ウィンドル平原で大敗したばかりの、聖騎士団長の配下に下るなど……絶対にあり得ん! 偽書だ、それは明らかな偽書だ!」

ライネルはその風貌から粗野な人間と思われがちであるが、メイルドック辺境伯を目指すべき軍人として非常に尊敬していた。

だからこそ、憧れである辺境伯が、まだ若く、さほど実績のないセレスの配下に自ら志願して就いたという現実が、到底信じられなかったのだ。

憤慨するライネルに対し、カイルは冷静に言った。

「偽書かどうかは、そこに押されている辺境伯家の本物の印章を、侯爵閣下の目で確かめてみれば済む話でしょう」

「ぐっ……」

自信に満ちたカイルの発言に、ライネルは署名と血判が本物だと悟った。

カイルは話を続ける。

「ライネル将軍。辺境伯閣下は『国境の死守』を王太子殿下より厳命されました。だからこそ、老骨に代わって王国を救う本物の『戦女神(エイリーン)』に、自らの誇りと全軍の指揮権を託されたのですよ。これに、何か不服でも?」

「しかし、指揮系統が……」

ライネルが歯噛みしながら反論する。

公爵家の娘とはいえ、セレスは未だ家督を継いでおらず、一騎士団長にすぎない。その麾下に、同じ王国軍の将であり、かつ地位も実績も上である辺境伯が加わるなど、あり得ないことだった。

ライネル自身も子爵でありながら、ロシュフォール侯爵の軍を預かる将軍であるが、ロシュフォール侯爵がライネルの麾下に入ったわけではない。

カイルはローゼンベルクの軍人であれば、絶対に否定できない伝説の人物の例を引き合いに出した。

「――救国の英雄である聖女将軍(ヒルデガルド)がまだ子爵だった頃、その指揮官としての能力に感化された上位の貴族たちが、次々と麾下に加わったではないですか? あれは誤りだったと、ライネル将軍は仰るのですか?」

「……っ」

歴史的先例の提示に、ライネルは言葉を失い、拳を震わせたまま沈黙した。

本来、王太子の権限をもってすれば、この場で強引にその書類を「無効」と命じることもできなくはない。

しかし、ライネルの言った通り、メイルドック辺境伯は長年国を守り続けてきた宿将だ。
この不安定な時期に、正当な理由もなくその意思を握り潰せば、侯爵派ではない諸侯たちから「殿下は軍政をわきまえておられぬ」と疑われかねない。ここで無効を命じるのは、あまりにも分が悪すぎた。

アドリアン王太子は、深く椅子の背にもたれかかり、冷たい目をして口を開いた。

「……わかった。認めよう、セレスティーヌ卿」

カイルはどう見ても王太子に向けるべきではない、皮肉な笑みを浮かべ、頭を下げた。

「ご理解、感謝いたします。アドリアン王太子」

あまりの衝撃に会議室の空気が張り詰めていたこともあり、カイルがさらりと本人の目の前で「殿下」の敬称を抜いたことに、セレスを除いたその場にいる誰も気が付かなかった。

アドリアン王太子とロシュフォール侯爵は、末席にいるカイルに隠しきれない敵意の目を向けていた。

カイルはその視線を、意に介する風もなく受け流した。
その様子を横で見つめながら、セレスは、すとんと胸に落ちるものがあった。

(――ああ、だから、この人は軍を追われたんだわ)

非の打ち所がない正論と、それを裏付ける実力。それらを持ち合わせているからこそ、目の前の権力者たちの不都合な欺瞞を容赦なく叩き潰してしまうのだ。

カイル・フォン・ヴァルデンという男が、かつて軍籍を外され、辺境のヴァルデン領で隠遁生活を余儀なくされてきた本当の理由が、セレスには今、よく分かった。