正義のヒーローはおじさん

 次に俺達が向かったのは、沙羅が昼間に勤めていたカフェ『ラテ』。

 ここの店主はカフェラテが大好きなのか?
 本当に変な奴ばっかりだな。

 俺が眉を寄せ、看板を眺めていると、

「輪島くん、何してるの? 入るよ」

 三人とも店に入っていく。

 俺はまた変な奴と攻防を繰り返すことになるかもしれない、という予感から、気合を入れ直し店へと入っていく。

「いらっしゃいませ」

 意外にも普通のカフェだった。
 店は小さくこじんまりとしているが、壁や床、机や椅子が全て木材でできており、とても温かみを感じる内装だった。
 質素ではあるが、ところどころお洒落に飾られてあり、インスタ映えしそうなメニューなどは、よく考えられている。

 ちらほらと客もいて、若者と女性客が目立つ。
 店員はウエイターが一人とマスターが一人。

 マスターといっても、すごく若く、二十代に見える。しかも爽やかイケメンだ。
 あれ目的で来ている女性客がいそうだな。

 俺がマスターをじっと見つめていると、彼が微笑みかけてくる。

「いらっしゃいませ、どうぞお好きな席にお座りください」

 ニコニコと微笑む彼は、好青年と言うに相応しいイメージだった。

 マスターのいるカウンター席に、皆一列に腰を据える。

「この子、知ってるよね?」

 沙羅の写真を見せると、マスターの片眉が少し上がった。
 そして大きく目を開いて、まじまじと写真を見つめる。

「ああ……藤崎さん? ここの店員だけど」
「最近、彼女に何か変わったことはない?」
「失礼ですが、あなたたちは?」

 まあ、そうだよな。いきなりこんなこと聞いてきたら、普通警戒する。
 さっきの管理人が、あまりにも警戒心なさすぎるだけで。

 ま、その方がこっちはやりやすいけど。

 このマスターには、本当のことを言った方がいいかもな。

 桐生と佐々木に目配せをすると、二人は頷いた。

「私は探偵です。彼女の消息がわからなくなったので、調べています。協力してもらえませんか?」
「え! 彼女が?」

 マスターは驚いたあと、しばらく考え込んでいた。

「……確かに、彼女はここ最近、無断欠勤が続いていて心配してたんです。
 まさか、行方不明なんて」

 かなり動揺しているように見える。
 しかし、このマスター……何か違和感がある。何に、と言われても言葉にできない。
 野生の勘というやつだ。

 俺はマスターをじとっと見つめたが、爽やかな好青年イケメン――としか言いようがないほど、素敵な微笑みを俺に向けてくる。

 こうなったら、気のせいということにしておこう。
 俺は自分の直感を打ち消してしまった。

「沙羅さん、恋人がいるようですが、ここにも来ていましたか?」

 管理人から聞いた恋人のことが気になっていた俺は、他の人の意見も聞いてみたくなった。

「ええ、藤崎さんの彼氏ね。来たことありますよ。
 彼、いい人ですよね。いつも僕たちにも優しいし、藤崎さんのことも大切にされていましたよ」

 管理人の話との、あまりのギャップに驚く。

 そんなに場所によって態度が違うのだろうか?
 まあ、そうやって、場所や人によって態度を変える人もいるにはいるが――。

 いや、今は恋人のことより、沙羅さんのことの方が先決だ。

「そうですか……あの、他に何か藤崎さんについて、気になることはありましたか?」
「いえ、いつも通りでした。いきなり仕事に来なくなって、心配していたところです。
 藤崎さんは、そんなことをする人ではありませんでしたから」

 沙羅さんの人柄については、一致している。
 ただ、恋人の評価がこうまで違うのが、気になるところだった。

「わかりました。何か思い出したり、わかったことがありましたら、こちらへ連絡ください」

 名刺を差し出す。
 彼は名刺をじっと見つめたあと、微笑んだ。

「はい、確かに。
 ……で、さっきから気になってるんですが、お連れの方々、なんだか個性的ですね」

 ちょっと呆れた様子のマスターが、三人を見つめている。

 桐生は、俺とマスターの会話をずっとキラキラした瞳で見つめ続けていた。
 やりづらいなあ、と感じながらも無視していたが、さすがに気になるよな。

 佐々木はというと、いつものように一人コーヒーを飲み、何も言わずにマスターのことだけをじっと見つめ続けていた。
 何の感情もないような瞳でずっと見続けられ、かなりの圧を感じたことだろう。

 リリーは、最初から席には着かず、店内を動き回っていた。
 店内にある机、椅子、装飾品などを物色し、とうとうカウンターに並んでいる商品にまで手を伸ばそうとしている。

「リリー、駄目だ」

 俺が怒ると、リリーはすぐさま手を引っ込める。

「はい、ご主人様」

 メイド服姿の女の子に、ご主人様などと言わせている俺を変態とでも思ったのか、マスターが驚いた表情で俺を見る。

「いや、違うっ。これは」
「いいですよ、人の趣味をとやかく言いません」

 マスターは俺から急いで目を逸らした。完全に誤解されている。

 メイド服の女の子を連れて歩いている時点で、俺は周りからかなり変な目で見られていた。
 最近は、そういう扱いにも慣れてきている自分がいることに、驚くばかりだ。

「はは、まあ、じゃあ、そういうことで。何かあったらお電話ください」

 マスターに愛想笑いすると、俺は席を立った。
 あちらこちらから不審な目線を向けられている。その視線を背中に感じつつ、俺は店をあとにする。

 絶対、リリーのせいだ! ……もう好きにしてくれっ。



「はい!」

 店から出たところで、桐生がいきなり手を挙げた。

「僕、いいこと思いついたから、ちょっと家に帰っていい?」

 桐生がニコニコと俺に微笑みかける。

 いいことって何だ? おまえの考えるいいことは、いいことじゃない気がするぞ……と言いたかったが飲み込んだ。

 どうせ、こっちが何を言ったって無駄なことはもうわかっている。

「ああ、別に、ご自由にどうぞ」
「明日、またそっち行くから」

 手を大きく振りながら、桐生は急いで走り去っていく。

 いったい今度は何を考えているのやら、とにかくいい予感はしない。

「俺はいったん、事務所に帰る。佐々木はどうする?」
「……俺も一緒に事務所に行く」

 佐々木は事務所がお気に入りらしく、最近はよく俺の所に入り浸っている。

 こいつ、本当は寂しがり屋なのか? と疑問が思い浮かんだ。
 しかし、佐々木の感じからして、その線は薄そうだが……。

「じゃあ、帰るか。行くぞ、リリー」
「はい、ご主人様」

 リリーは人目もはばからず、人前で堂々と言い放つ。
 通り過ぎる人が、また異様な目で俺を見ていく。

 慣れたとはいえ、本当にこれはきつい。

「外であんまりご主人様を連発しないでほしいな。輪島か隆でいいよ」
「ご主人様を名前でお呼びするなんてできません」

 何度この攻防を繰り返したことだろう。
 いったい桐生はどういう設定で作ったんだ? 別に呼び方くらい何でもいいだろうに。

 俺は呆れた目でリリーを見つめる。

「わかった。もういい。帰るぞ」
「はいっ」
「……おー」

 主人を追う犬のように忠実についてくる二人。
 可愛いメイド姿の少女と、美人な女性を引き連れていくおじさんは、いったい世間にはどう映っているのだろうか。

「はあー」とため息を吐くと、俺は家路についた。