木村に教わった住所を頼りに家を探していると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「おーい!」
桐生はこちらに手を振りながら駆け足でやってきた。
「待って! ぼ、僕も一緒に、行くっ」
桐生はかなり息があがっていた。
五十五のおっさんが無理して走るとこうなる。
普段研究ばかりで、運動もろくにしていないから、それも大きな要因だろう。
それより、気になるのは桐生の隣で佇む男の子だった。
先ほど桐生に手を引かれ一緒にやってきた。
さすが子どもだ、桐生とは違い、走っても息一つあがっていなかった。
その子が、俺の方をじーっと見つめてくる。
「お、おい」
俺が声をかけると、やっと息が整った桐生が顔を上げた。
「何?」
「そいつは?」
俺が男の子を指差すと、桐生が悪ガキの様な表情で微笑んだ。
このパターンは、すごーく嫌な予感しかしないのだが。
「よくぞ、聞いてくれた! この子は、はじめちゃん。アンドロイド二号なのだ!」
これでもかと胸を張り豪語する桐生。
リリーだけであきたらず、またアンドロイドを作ったのか!?
俺はもう、自分があきれているのか、感心しているのかわからなくなってきた。
天才の考えることは、俺には理解できそうにない。
「この子はただの子どもじゃあないよ。
まあ、その時になれば、どんなに素晴らしいアンドロイドかが君にもわかるだろうさ!」
怪しげに笑う桐生を尻目に、俺ははじめを見つめた。
なんてことはない、見た目は普通の可愛らしい男の子。
幼稚園くらいの設定だろうか。
なぜこの見た目にしたのかは不明だが、別に聞きたくもない。
「ふっふっふ。輪島くん、この子が可愛いから見惚れていたね?」
「は? いや、別に」
「なんでこの子が五歳児なのか――それは、君の息子だからだよ!」
「はい?」
俺は言葉が出なかった。
こいつの脳みそはいったいどうなっているんだ? 覗けるものなら覗いてみたい。
「君には奥さんも子どももいない。これからもきっと結婚する気はないんだろう?
見ていればわかるよ。……そこでだ! 僕はまず、君に奥さん代わりのリリーをプレゼントした。
そして次は、はじめちゃんというわけさ! これで君の一家が完成するんだ」
もう好きにしてくれ。天才の考えることはやっぱりよくわからん。
俺がアンドロイドの家族を欲しがっているという発想は、どこからやってくるんだ。
俺は桐生を置いて、さっさと歩き出す。
佐々木は桐生の肩に手を置いて、優しく二度叩いた。慰めているらしい。
リリーはというと、感心した様子で、いつもの如く拍手を送っている。
「ちょっと! 輪島くん、嬉しくないの? この子はすごい子なんだよ? きっと君の仕事の役に立てる!」
桐生が俺の後ろで懸命にアンドロイドの素晴らしさについて語り出した。
それでも俺は振り返らず、目的の場所へと向かうのだった。
「ここだ」
俺がアパートの前で立ち止まると、桐生、佐々木、リリー、はじめは一斉に立ち止まった。
通り過ぎて行く人が、奇妙なものを見る目で俺達を見つめていく。
それはそうだろう。
おじさん二人と美女とメイドと子どもという、なんともキテレツな団体がそこには存在していた。
俺が頭を抱えていると、一番の元凶がお気楽な声で話しかけてくる。
「大丈夫?」
桐生――こいつと出会ってから、俺の生活は変わり果てた。
まあ、そんなに悪いことばっかりではなかったが、なんというか、俺の穏やかだった人生は終わりを告げた、と言った方が正しいか。
「ああ、大丈夫だ。それよりここだ。川野のアパート」
俺は目の前にそびえ立つ、古めかしいアパートを指差した。
築何十年経っているのかは不明だが、かなり古いアパートであることは間違いない。外観からして、昭和の匂いがプンプンしてくる。
外壁は、塗装が剥がれ落ち、染みのようなものが目立つ。
地面のコンクリートもひび割れた個所が多く、その割れ目から草が生え、壁にはところどころ蔦が長く伸びていた。
階段などの鉄部分は、ほぼ錆びているように見える。
全部で八部屋しかない、小さなボロアパート。
川野の部屋は二階にあり、階段を上ってすぐの部屋だった。
階段を上がっていくと、カンカンと鉄骨独特の音が響く。
部屋の前でチャイムを鳴らしてみるが、返事はない。
まあ予想通りの展開だ。
もしかして、川野自身も消息を絶っているのではないかと考えていた。
しかし、そうすると沙羅を探す手がかりが今のところない状態となってしまった。
さて、どうしたものか……。
俺が扉の前で悩んでいると、佐々木が俺の前に身を乗り出してきた。
「俺に任せろ」
そう言うと、佐々木は何か細長い針金を手に持ち、部屋の鍵穴に差し込んだ。
そして、手を器用にくねくねと動かしている。
おい、待て……それって。
俺が戸惑っているうちに、カチャッと鍵の開く音がした。
「おい、おまえ、何してるんだよ!」
「わお、佐々木くん、すごいっ」
「わお、佐々木様、素敵です」
「おじさん、天才」
皆から称賛され、佐々木が少し照れた表情をする。
いや、俺は褒めてない。
「まて、まて、まて! それは駄目だろ、犯罪だぞ」
「……今は、非常事態だ」
「そうだよ、沙羅さんのためだよ。川野だって許してくれるよ」
こ、こいつら、自分の都合のいいようにしか考えていない。
常識なんか通用しない奴らだった。
俺はどうすれば、っていうかなんで佐々木の奴、鍵開けなんてできるんだよ!
こいつ、やっぱヤバい奴なんじゃ……。
そうこう悩んでいる間に、二人と二体はさっさと扉を開け、川野の部屋へと入っていた。
「あー、もう。こうなったらヤケクソだ!」
俺は鼻息荒く扉の内側へと入り、外の様子を確認してからそっと扉を閉めた。
中へ入ると、そこはごく普通の男性の一人暮らしの部屋だった。
六畳一間に小さなキッチンとトイレ。
部屋の中央には小さなテーブルがあり、その前にはテレビが一台。
端の方に、少し乱雑に放置されている布団と、その上に脱いだままの着替えが散乱していた。
冷蔵庫を開けると、中身はガランとしており、置いてある食材のほとんどが賞味期限切れだった。
やはり、ここへはしばらく帰っていないのだろうか。
「ねえ、これ見て」
桐生は一冊のノートを俺に見せてくる。
「どうした?」
「これ、川野の日記だよ。沙羅さん、ヤバいんじゃないかな?」
その日記には、川野の想いが綴られていた。
『この世の中、腐ってる。毎日、掃き溜めのような場所で、クソみたいな連中相手に何をしている。
こんなはずじゃなかった。俺はもっとすごい何かを——
余計なことばかり言いやがって。何がわかる。
見下しやがって、許せねえ。
今日は素晴らしい出来事があった。想いをわかってくれる人に出会えた。
あの人についていこうと思う。
俺はやるぜ、今日確信した。今の腐った世の中を変えられるのはあの人しかいない。その手伝いができるんだ。こんな素晴らしいことはない。
しかし、沙羅の奴邪魔だな、なんとかしないと。
沙羅、おまえには悪いが、あの人のためだ。許せ』
日記はそこで途絶えていた。
「これは……沙羅さんが危ないっ」
沙羅は川野の手中にある可能性が高い。
しかし、川野の居場所がわからない。沙羅のもとまでどうやって辿り着けばいいのか……。
途方に暮れていると、はじめが俺の側にやってきた。
そしてノートをくんくんと嗅ぎ始める。
「おお! そうだ、はじめ、きみだ!」
桐生が興奮したように叫ぶ。
「な、なんだ、どうした?」
俺はわけがわからず、桐生とはじめを交互に見つめた。
「はじめちゃんの能力。彼は犬並みの嗅覚と聴覚を備えているんだよ」
「なんだって?」
皆がはじめに注目する。
はじめはノートの匂いを嗅ぎ終わると、勢いよく外へ飛び出した。
「よし、皆。はじめちゃんを追うぞ!」
桐生が張り切って、はじめのあとを追っていく。
「おぉ」
「はい」
続いて、佐々木とリリーも桐生のあとを追っていった。
取り残された俺の選択は一つしかないだろう。
「はあ……、いくか」
一息つくと、俺はみんなを追って走り出した。
「おーい!」
桐生はこちらに手を振りながら駆け足でやってきた。
「待って! ぼ、僕も一緒に、行くっ」
桐生はかなり息があがっていた。
五十五のおっさんが無理して走るとこうなる。
普段研究ばかりで、運動もろくにしていないから、それも大きな要因だろう。
それより、気になるのは桐生の隣で佇む男の子だった。
先ほど桐生に手を引かれ一緒にやってきた。
さすが子どもだ、桐生とは違い、走っても息一つあがっていなかった。
その子が、俺の方をじーっと見つめてくる。
「お、おい」
俺が声をかけると、やっと息が整った桐生が顔を上げた。
「何?」
「そいつは?」
俺が男の子を指差すと、桐生が悪ガキの様な表情で微笑んだ。
このパターンは、すごーく嫌な予感しかしないのだが。
「よくぞ、聞いてくれた! この子は、はじめちゃん。アンドロイド二号なのだ!」
これでもかと胸を張り豪語する桐生。
リリーだけであきたらず、またアンドロイドを作ったのか!?
俺はもう、自分があきれているのか、感心しているのかわからなくなってきた。
天才の考えることは、俺には理解できそうにない。
「この子はただの子どもじゃあないよ。
まあ、その時になれば、どんなに素晴らしいアンドロイドかが君にもわかるだろうさ!」
怪しげに笑う桐生を尻目に、俺ははじめを見つめた。
なんてことはない、見た目は普通の可愛らしい男の子。
幼稚園くらいの設定だろうか。
なぜこの見た目にしたのかは不明だが、別に聞きたくもない。
「ふっふっふ。輪島くん、この子が可愛いから見惚れていたね?」
「は? いや、別に」
「なんでこの子が五歳児なのか――それは、君の息子だからだよ!」
「はい?」
俺は言葉が出なかった。
こいつの脳みそはいったいどうなっているんだ? 覗けるものなら覗いてみたい。
「君には奥さんも子どももいない。これからもきっと結婚する気はないんだろう?
見ていればわかるよ。……そこでだ! 僕はまず、君に奥さん代わりのリリーをプレゼントした。
そして次は、はじめちゃんというわけさ! これで君の一家が完成するんだ」
もう好きにしてくれ。天才の考えることはやっぱりよくわからん。
俺がアンドロイドの家族を欲しがっているという発想は、どこからやってくるんだ。
俺は桐生を置いて、さっさと歩き出す。
佐々木は桐生の肩に手を置いて、優しく二度叩いた。慰めているらしい。
リリーはというと、感心した様子で、いつもの如く拍手を送っている。
「ちょっと! 輪島くん、嬉しくないの? この子はすごい子なんだよ? きっと君の仕事の役に立てる!」
桐生が俺の後ろで懸命にアンドロイドの素晴らしさについて語り出した。
それでも俺は振り返らず、目的の場所へと向かうのだった。
「ここだ」
俺がアパートの前で立ち止まると、桐生、佐々木、リリー、はじめは一斉に立ち止まった。
通り過ぎて行く人が、奇妙なものを見る目で俺達を見つめていく。
それはそうだろう。
おじさん二人と美女とメイドと子どもという、なんともキテレツな団体がそこには存在していた。
俺が頭を抱えていると、一番の元凶がお気楽な声で話しかけてくる。
「大丈夫?」
桐生――こいつと出会ってから、俺の生活は変わり果てた。
まあ、そんなに悪いことばっかりではなかったが、なんというか、俺の穏やかだった人生は終わりを告げた、と言った方が正しいか。
「ああ、大丈夫だ。それよりここだ。川野のアパート」
俺は目の前にそびえ立つ、古めかしいアパートを指差した。
築何十年経っているのかは不明だが、かなり古いアパートであることは間違いない。外観からして、昭和の匂いがプンプンしてくる。
外壁は、塗装が剥がれ落ち、染みのようなものが目立つ。
地面のコンクリートもひび割れた個所が多く、その割れ目から草が生え、壁にはところどころ蔦が長く伸びていた。
階段などの鉄部分は、ほぼ錆びているように見える。
全部で八部屋しかない、小さなボロアパート。
川野の部屋は二階にあり、階段を上ってすぐの部屋だった。
階段を上がっていくと、カンカンと鉄骨独特の音が響く。
部屋の前でチャイムを鳴らしてみるが、返事はない。
まあ予想通りの展開だ。
もしかして、川野自身も消息を絶っているのではないかと考えていた。
しかし、そうすると沙羅を探す手がかりが今のところない状態となってしまった。
さて、どうしたものか……。
俺が扉の前で悩んでいると、佐々木が俺の前に身を乗り出してきた。
「俺に任せろ」
そう言うと、佐々木は何か細長い針金を手に持ち、部屋の鍵穴に差し込んだ。
そして、手を器用にくねくねと動かしている。
おい、待て……それって。
俺が戸惑っているうちに、カチャッと鍵の開く音がした。
「おい、おまえ、何してるんだよ!」
「わお、佐々木くん、すごいっ」
「わお、佐々木様、素敵です」
「おじさん、天才」
皆から称賛され、佐々木が少し照れた表情をする。
いや、俺は褒めてない。
「まて、まて、まて! それは駄目だろ、犯罪だぞ」
「……今は、非常事態だ」
「そうだよ、沙羅さんのためだよ。川野だって許してくれるよ」
こ、こいつら、自分の都合のいいようにしか考えていない。
常識なんか通用しない奴らだった。
俺はどうすれば、っていうかなんで佐々木の奴、鍵開けなんてできるんだよ!
こいつ、やっぱヤバい奴なんじゃ……。
そうこう悩んでいる間に、二人と二体はさっさと扉を開け、川野の部屋へと入っていた。
「あー、もう。こうなったらヤケクソだ!」
俺は鼻息荒く扉の内側へと入り、外の様子を確認してからそっと扉を閉めた。
中へ入ると、そこはごく普通の男性の一人暮らしの部屋だった。
六畳一間に小さなキッチンとトイレ。
部屋の中央には小さなテーブルがあり、その前にはテレビが一台。
端の方に、少し乱雑に放置されている布団と、その上に脱いだままの着替えが散乱していた。
冷蔵庫を開けると、中身はガランとしており、置いてある食材のほとんどが賞味期限切れだった。
やはり、ここへはしばらく帰っていないのだろうか。
「ねえ、これ見て」
桐生は一冊のノートを俺に見せてくる。
「どうした?」
「これ、川野の日記だよ。沙羅さん、ヤバいんじゃないかな?」
その日記には、川野の想いが綴られていた。
『この世の中、腐ってる。毎日、掃き溜めのような場所で、クソみたいな連中相手に何をしている。
こんなはずじゃなかった。俺はもっとすごい何かを——
余計なことばかり言いやがって。何がわかる。
見下しやがって、許せねえ。
今日は素晴らしい出来事があった。想いをわかってくれる人に出会えた。
あの人についていこうと思う。
俺はやるぜ、今日確信した。今の腐った世の中を変えられるのはあの人しかいない。その手伝いができるんだ。こんな素晴らしいことはない。
しかし、沙羅の奴邪魔だな、なんとかしないと。
沙羅、おまえには悪いが、あの人のためだ。許せ』
日記はそこで途絶えていた。
「これは……沙羅さんが危ないっ」
沙羅は川野の手中にある可能性が高い。
しかし、川野の居場所がわからない。沙羅のもとまでどうやって辿り着けばいいのか……。
途方に暮れていると、はじめが俺の側にやってきた。
そしてノートをくんくんと嗅ぎ始める。
「おお! そうだ、はじめ、きみだ!」
桐生が興奮したように叫ぶ。
「な、なんだ、どうした?」
俺はわけがわからず、桐生とはじめを交互に見つめた。
「はじめちゃんの能力。彼は犬並みの嗅覚と聴覚を備えているんだよ」
「なんだって?」
皆がはじめに注目する。
はじめはノートの匂いを嗅ぎ終わると、勢いよく外へ飛び出した。
「よし、皆。はじめちゃんを追うぞ!」
桐生が張り切って、はじめのあとを追っていく。
「おぉ」
「はい」
続いて、佐々木とリリーも桐生のあとを追っていった。
取り残された俺の選択は一つしかないだろう。
「はあ……、いくか」
一息つくと、俺はみんなを追って走り出した。



