「うわ、一時限目に小テストとかダルッ!」
「それな、マジ面倒くさいよね〜。」
「なんか、今日もう無理かも。帰ろっかな。」
「おい、ふざけんなよ。」
「だって、何もかも面倒臭いんだもん。学校辞めたい。」
「まぁ、それは分かるけど。」
「だってさ、今の時代いろいろな仕事があるわけだし、学歴だけが全てじゃないでしょ?それじゃあ、学校行く意味ってあるの?なくね?」
「……」
「そもそも将来の為とかさ、誰も望んでないっつーの。そんなもん、どうでもいい。」
「…なんか、急に生きるの面倒臭くなってきた。私も帰ろっかな。」
「お?一緒に帰る?」
ガヤガヤと友達同士で雑談しながら通り過ぎていく学生たちに、私は心の中で舌打ちをする。
一緒に学校へ登校出来る友達が居る彼女たちは、私の何倍も学校生活が豊かなはずだ。
朝の忙しない駅構内で、私は壁際にポツリと一人佇んでいる。
もうどれくらいの同じ制服を着た学生たちや、スーツを着た社会人たちを見送っただろうか。
私はそれを横目に必死にスマホを弄るフリをして、ただただ突っ立っていた。
昨日と同様に果歩と綾乃はいつになっても現れない。
それは、もう分かっている。
私の元には現れないと分かっている果歩と綾乃を待つわけでもなく、私は誰かを待っているようなフリをして駅構内で立っているだけだ。
フリばっかり。
私は一体、どれだけ自分を偽れば気が済むのだろう。
昨日、果歩と綾乃に無視されて教室に行けなかった。
そして、誰とも顔を合わせることも無くそのまま早退したというのに、私のスマホには誰からも心配のメッセージが届かなかった。
誰も私のことなんて気にしていないのだ。
改めてその事実に気付かされると、やっぱり悲しい気がした。
そんな冷たい場所へ行きたくないなんて、誰にも主張出来なかった私は昨日と同じようにぎゅうぎゅうと息苦しい電車に乗って、馴染めない人混みの中を歩いて望んでもない朝に絶望する。
これから始まる一日を考えては、恐怖に泣き出したくなるのを何度も堪えた。
一人で戦いに行く私はせめて学校へ行く時間を遅らせようと、遅刻するギリギリの時間までこの場所に佇んでいるのだ。
少しでも、教室に一人で居る時間を減らしたかった。
ふとスマホ画面の時刻が、あらかじめ駅を出ようと決めていた時刻に変わる。これ以上学校へ向かうのが遅くなれば、本当に遅刻扱いになってしまうだろう。
私は深く息を吐いて諦めの感情と共に、ようやく駅から離れる決意をする。
通学路には昨日と同じように遅い時間だからか、学生の姿は少なくていつもよりも歩きやすい。
それでも、学校が徐々に近付いて来ると歩くスピードは無意識に遅くなった。
学校に辿り着いて校舎に入ると、一気に呼吸がしづらく感じる。
教室に向かって足を進めるにつれて、ドクドクと心臓が強く鳴り始めた。
ザワザワと何人もの生徒たちが行き交う騒がしい廊下を俯きがちに進んでいれば、不意に「おい、藤沢!」と低い声を掛けられる。
視線を上げると、担任教師の浜田が教材を片手に此方に向かっていた。
「昨日、早退したって聞いたけど体調は大丈夫か?」
学校の教員たちの中で年若い浜田は学生からも人気があり、私のクラスでは果歩や綾乃といった目立つ生徒たちのお気に入りの教師である。
けれど、私個人に対して話し掛けられたのはこれが初めてのような気がした。
昨日早退した私に向かって、義務のように声を掛けてきた浜田に「はい、大丈夫です。」と反射的に口を開く。
ちっとも大丈夫なんかじゃないのに、平然と答えている自分は誰なのだろう。
私はいつも人前だと、本来の自分が何処かに消えてしまうのだ。心の中では今も「大丈夫じゃない」と、必死に叫んでいる自分が居る。
そんな私の気持ちなんて知りもしない浜田は、「また何かあったら言えよ。」と建前のように言った。
すると、ちょうど校舎内に朝のチャイムが鳴り響く。
そのチャイムを聞くや否や、浜田は私に向かって再び口を開いた。
「もう遅刻ギリギリの時間だぞ!早く教室行けよ。」
軽く言われた言葉に、何も知らないくせに簡単に言うなと苛立ちが湧き上がる。
それでも黙って浜田の背中を追いかけて、共に教室へ足を踏み入れた。
教室に入った途端、まるで水中のように酸素が薄くなったような気がした。
「はーい、皆席に着けよ!」
浜田はいつものように、クラスメイトたちに声を掛けながら教壇に上がる。
私は教室の中を進んで自分の席を目指すも、心臓がバクバク鳴ってクラスメイトたちの視線が気になって仕方ない。
「あ、夏希来たわ。」
何処からか聞こえてきた高い声はよく知るもので、直ぐに自分に向けられたものだと分かった。
キュッと心臓を掴まれたような苦しさに襲われる。
恐る恐る顔を視線を上げると、想像していた通りに果歩と綾乃の姿が目に入った。
二人は私を見ると何やら可笑しそうに笑って、ヒソヒソと会話をしている。
何を言われているのか、怖くて直ぐに視線を逸らした。
彼女たちは昨日わざと私を置いて学校へ向かったくせに、こうゆう時はしっかりと私を見てくるのだから本当に嫌だ。
一人で登校して来た私を見て笑う二人に、カッと目元が熱くなる。
本当に、私が何をしたっていうのだろう。
一昨日のカラオケを断ったからなのか、以前から二人とノリや会話が合わなかったからか。
最初は二人とも仲良くしてくれていたのに、いつから「うざい」と思われ始めてしまったのか。私は何を間違えてきてしまったのか。
グッと掌を強く握り締めて、二人の刺すような視線を耐えた。
教室に居るクラスメイトたちの笑い声や、溜め息が全て自分に向けられているような気がする。
その全てから逃れたくて急いで自分の席に座ろうとする途中で、哲也の座る席の横を通り過ぎた。
哲也は私を一度も見ること無く、隣の席の男子と楽しげに笑い合っている。
果歩と綾乃に笑われている私を哲也に見られていないことに少しだけホッとしながらも、私の存在なんか気にもしていない彼に複雑な気持ちになった。
おそらく、あの調子では私に花火大会の話しをしたことさえも既に忘れているのかもしれない。
教壇からは「早く席に着けー」と急かすような浜田の声が、教室中に響き渡る。
四方八方をクラスメイトに囲まれた席に着けば、息苦しさは増して無意識に指先が震えた。
クスクスと再び聞こえて来た果歩と綾乃の声に、やはりこの教室に私の居場所なんて何処にも無いのだと実感した。



