拝啓、17の絶望。


 見慣れた近所の神社の前で、パンッパンッと二回拍手をしてから長々と手を合わせる。

 これから始まってしまう新学期に向けて、神様に聞いて欲しいことが山程あるのだ。

 平穏な学校生活をこれでもか!ってくらいに願ってから、ようやく顔を上げて本殿に向かって丁寧に一礼をする。

 私は気合を入れるように少しだけ息を吐いて、灯籠が立ち並ぶ参道を静かに歩き始めた。

 そして、朱色の立派な鳥居を通り抜けてから、もう一度念を押すように一礼する。

 スマホの画面で時刻を確認すると、少し急がねば次の電車に乗り遅れてしまいそうな時刻だった。

 通学路を足早に進んで、最寄り駅に着く。

 夏休み中に、この駅に来たのは花火大会に誘われたあの日が最後だったなとなんとなく思った。

 優雅な夏休みを終えて、今日からまた憂鬱な二学期が始まるのだ。

 そう思うと、変な緊張感が胸に走る。

 ゴクリと息を呑んで、忙しない朝の人混みに紛れるように足を進めた。全然平気ではないのに、何度も折れそうになる心を見ないフリをして窮屈な電車に乗る。

 懸命に社会に向かおうとするこの人混みは、いくら慣れようと思ってもなかなか難しい。

 狭い車内は相変わらず居心地が悪くて、私はとてつもない疲労感に襲われた。

 目的の駅に着くと、同じ制服を着た学生たちで賑わっている。

 その中を一人淡々と歩いていると、もう随分と見慣れた二人の姿を見つけた。

 いつものように背筋を曲げて歩く竹本さんと、盛大な寝癖をつけた山田くんだ。

 一緒に登校する二人のカップルの姿をぼんやりと眺めながら、不意に私は以前まで彼等に抱いていた虚しい感情が自分の中から消えていることに気付く。

 なんというか、以前は寄り添い合う二人の様子に、何であの人たちが私よりも幸せそうなんだろうと見ていて、決して人には言えないような理不尽な怒りが胸の中で湧いていた。

 別に二人に何かされたわけではないけれど、私の思いも知らず勝手に『こちら側』とか言ってきた竹本さんには、色々な意味で負けたくなかったのだ。

 だからこそ、私にも私のことを理解してくれる存在が居たら良いのにと何度も思っていたし、そんな存在が居れば私は自分に自身が持てると本気で思ってた。

 寄り添いながら歩く二人の背中を見て、もう抱くことも無いであろう感情に静かに別れを告げる。

 自分のことを、まだ自分でさえも全然理解出来て居ないのに、その自分が肯定出来ない全部を誰かに押し付けて美味しい思いだけしたいだなんて、今思えば相当な傲慢だった。

 夏休みが開けて、久しぶりに学生たちの群れの中を一人歩きながら学校へと向かう。

 校舎内に入ると、一気に教室へ向かう足が重くなった。

 ここまでやって来たけれど、本当は学校なんか行きたくないのだ。

 夏休み中に花火大会の誘いを断ってから、実はその日の夜に果歩からの追加のメッセージが来た。けれど、私はまだスマホに送られて来た追加のメッセージを見れずにいる。

 約束を断ったことについて、何が書かれていてるか分からなくて怖いからだ。
 
 教室が近付い来るほどに、ザワザワと心が落ち着かなくなる。

 今すぐにでも逃げ出したいような衝動に駆られるけれど、もう逃げる先は女子トイレか保健室しかないことくらい自分が一番よく分かっている。

 騒がしい教室の雰囲気に気圧されながらも、覚悟を決めて一歩足を踏み出した。

 教室の中心には、終業式以来に顔を合わせる綾乃や光太をはじめとしたスクールカースト上位層がお決まりのように集まっている。

 しかし、そこにはいつものように果歩の姿はまだ無くて私はひとまず安心した。

「で、今日果歩学校来るのかな?」

「さぁな。」

「てか、哲也も何で振ったかなぁ。果歩が可哀想〜!」

「アイツの趣味は、俺にもよく分かんねぇから。」

 コソコソと聞こえて来た声に思わず聞き耳を立てれば、どうやら果歩は哲也に振られたらしかった。

 結局、私が行かなくなって花火大会はどのような流れで結末を迎えたのかは分からないけど、この綾乃と光太の様子を見るに私の存在は、きっとあのメンバーには必要無かったのではないかと思う。

 とりあえず勇気を持って、誘いを断る選択をした私はやはり正しかったのだ。

 あんなにずっと怖がっていた果歩の存在も、哲也に振られたくらいで学校に来れなくなるなんて、彼女が驚く程に大したことない存在に思えた。

 彼女たちからハブられて、一人になっても学校へ通えている私の方がよっぽど精神が強い。

 そう気付いた時に、未来の私が言っていたことが少しだけ分かったような気がした。

 果歩と綾乃にハブられて教室で一人ぼっちになった私が、情けなくて惨めな思いをしながら必死に過ごしてきた日々にもちゃんと意味があったのだ。

 友達も居らず、彼氏も居らず、何も無い一人ぼっちの今の自分を誇らしく思える日がきっと来るのだと未来の私が教えてくれている。

 この十七歳の絶望の日々がいつか遠い未来の自分へと届く時、私は初めて報われたような気持ちになるのかもしれない。

 私はクラスメイトたちの雑談が飛び交う騒がしい教室へと、一人足を進めていく。

 開けっ放しの教室の窓から入り込んだ柔らかな風は、ほんの少しだけ新しい季節の匂いがした。