少しずつ、身体を離れていた意識が戻って来るのを感じる。
瞼の裏を眺めながら、私は靄がかかったように鈍くなっている頭の中を整理しようとした。
「まだ起きないのか?」
不意に、低い声が聞こえて来て近くに人が居るような気配がする。
その聞き覚えのある声に、私は一気に気分が下がる。今すぐにこの場を離れたいような酷く落ち着かない気持ちになった。
「ええ、一度病院に着いてから目を開けたみたいなんですけど、直ぐにまた眠ってしまったみたいで…」
反対側からは、なんだか随分と覇気のない沈んだような声がした。
こちらの声も知っている。おそらく、今近くに居るのは父と母だろう。
「学校で過呼吸になって倒れたって聞いた時は驚いたけれど、まさかこんな状態なんて。」
母が言った「学校」と「過呼吸」という言葉に、私は夢の中で未来の私と会う前のこと、つまり果歩たちに花火大会を話をされた時のことを思い出す。
光太いわく、果歩が哲也に告白するらしい花火大会に行くメンバーの人数不足もあり、私のように何でも言うことを聞いて従ってくれる存在はとても都合が良かったらしい。
私は自分がその誘いに乗ってしまった悔しさと、果歩と綾乃への怒りで感情が抑えられなくなったのだ。
鼓動が段々と早くなって、呼吸が上手く出来なくなっていった。
以前にも、女子トイレでも同じようなことがあったのを思い出す。
私自身、自分の身に起きたことが何なのか分かっておらず、今更ながらにあれは過呼吸だったのかと気付く。
「で、一体コイツは何の症状なんだ?何かの病気なのか?」
「それは、まだ分かりません。目が覚めてから先生が診察してくれるようで…」
全身が鉛のように重く目を開けることさえも気怠くて、私は死んだようにベッドに倒れたまま二人の会話を聞く。
母の沈んだような声とは違って、父の声は相変わらず突き放すような冷たさを感じる。
二人は事務的な会話をあらかた終わらせると、父はうんざりとした様子で「はぁー、面倒だな。」と吐き捨てた。
その瞬間、ずっと眠ったフリを続けていた私は無意識にピクリと指先が動いた。
どれだけ気怠い身体でも、怒りは雷のように身体中を震わせて走る。
やはり父はそういう人間なのだと、改めて失望した。
「本気で、そう思ってるんですか!?」
眠りながら怒りに震えていたその時、今まで沈んだ声で話していたはずの母が突如大きな声を上げる。
部屋中に響き渡った母の声は力強く震えていて、それは父に向かって確かな怒りを感じた。
急に静かになった部屋で、母が気持ちを落ち着けるように深く息を吐く。
「もう今日は帰ってください。今の私には、貴方と話をする余裕がありません。」
その一言で、直ぐに父が立ち去るような物音が聞こえる。バンッと乱暴にドアが閉まった後に、母の脱力するような溜め息も聞こえた。
私はこれまで、母が父に反論するところを一度も見たことない。
私が幼い頃から、母はずっと父の言いなりだった。
父の言葉には文句の一つも言わずに全て従っているのが、私の知る母の姿だ。
だからこそ、この瞬間に初めて父に反論した母に私は心底驚いた。しかも、理由が私の話だったから尚更だ。
そのことが妙に嬉しく感じて、私は父への怒りで強張っていた身体の力を抜いた。
起き上がれるだけの気力は無いけれど、なんだか近くに居る母の気配にとても安心して私の意識は再びぼんやりと揺れていく。
夢の中で未来の私に抱きしめられた温もりを思い出しながら、私はもう一度深い眠りについた。
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