***
真っ黒な意識の中には、誰も居なくて酷く安心する。
周りの視線も何も気にしなくて良いし、人の輪に上手く馴染めなくても、ちゃんと普通のことが出来なくても許される。
光も届かない孤独な場所で、私は初めて自分として振る舞える気がした。
随分と此処は息がしやすい。
そう思って、深く空気を吸い込んでみる。
すると、何だか良い匂いがした。
ジュージューと香ばしい、肉の焼けるような美味しそうな匂いがする。
止まっていた時を動かすように、ぐるぐると腹が鳴って私の意識は徐々に目覚めていった。
居心地の良かった真っ黒な世界に少しずつ光りが差し込んできて、パチッと目を開くと見覚えのある天井が見えた。
そして、鼻を掠めていくのは肉の焼けた良い匂いだ。
ゴシゴシと目を擦りながら身体を起こすと、やはり何度か来たことのある未来の私の部屋だった。
けれど、今回はその部屋が私が知っているものと大きく変わっていたのだ。
あちこちに転がっていたペットボトルやティッシュのゴミは全て捨てられていて、所々に脱ぎ捨てられていた衣服の残骸も今は何処にも見当たらない。
最初に来た時には部屋中に足の踏み場もない程のゴミと雑貨が散乱していたけれど、今では綺麗なフローリングの床が広がっている。
私の座っているベッドの上もきちんと整えられていて、ゴミと埃が積もっていたローテーブルの上には、今朝届いたものだろうか『藤沢夏希 様』と私宛の封筒が一通置かれているだけだった。
それに、驚くべきは掃除された部屋だけではない。
この部屋に漂っている美味しそうな匂いだ。
ベッドから立ち上がって、綺麗なフローリングの上を歩く。
小さな部屋だから、廊下の狭いキッチンでフライパンを持つ彼女の存在は既に見えていた。
「お?やっと、目が覚めた?」
未来の私はフライパンで肉を焼きながら、チラッと私を確認すると少し笑った。
「えぇっ!?」
その瞬間、私はこれまでとは大きすぎる違いに気付いて思わず声を上げる。
「ちょっと!どうしたの、それ!?」
私の視線は、未来の私の肩口あたりから離れない。
というのも、彼女の手入れの行き届いていなかった長い髪はバッサリと肩口あたりで切り揃えられていたからだ。
ボサボサで傷んでいた髪が整えられて、未来の私が動くたびにサラサラと揺れる。毛量がだいぶ無くなり、彼女の顔周りは一段とスッキリとして見えた。
「ふふっ、切ってみた。どう?」
「こっちの方が全然良いよ!凄く素敵!」
首を振って短くなった髪を揺らす未来の私に、私は興奮気味に声を掛けた。
新しい髪型は未来の私によく似合っていて、掛けた言葉通りに本当に素敵だと思ったのだ。
そんな私の様子に未来の私は、軽く笑って「ありがと、なんか照れるね。」と手元のフライパンの火を止める。
「それは何を作っているの?てか、料理とかしたりするんだね!」
「いや?料理なんて殆どしないよ。久しぶりに肉が食べたくなって、肉焼いてるだけ。」
「…それは一体、どういう心境?」
未来の私は何処から分厚い雑誌を取り出して、部屋のローテーブルの上に置くとその上に肉が入ったフライパンを乗せた。
部屋中に、焼けた肉の香りが充満する。
「ご飯も炊いてみたんだけど、貴女も食べる?」
「えっ、本当に?いいの?」
「うん、今用意する。」
そう言って、炊飯器を開けて二人分のご飯をよそう未来の私に私はかなりの衝撃を受けた。
今までボサボサの長い髪に襟元の伸び切ったスウェットを着て、足の踏み場もない程に汚れた部屋の中をゴミを踏み分けて進む、だらしない生活をしていた未来の私がこんな普通の日常的なことをやっているだなんて。
呆気にとられている私に、未来の私は「はい、これ持って行って!」と二つのお茶碗を渡してくる。
そのまま、それを肉が置いてあるローテーブルまで持って行き座って待っていれば、未来の私が二人分のコップと箸を用意してきた。
米と肉だけしかない食卓は一般的な食卓風景からは少し離れているけれど、なんだか未来の私らしいと思った。
全て私が満足すれば、それで良いのだろう。
「んじゃ、いただきます。」
そう言って肉を食べ始めた未来の私に、私も便乗して「いただきます。」と目の前の肉に箸を伸ばした。
理想的な焼き加減で肉汁を纏わせてた肉は、とても美味しそうに見えてゴクリと無意識に喉が鳴る。
何度も思うけれど、これは一応私の夢の中のはずだ。
目の前の肉のあまりのリアルさに、一瞬私は此処が現実世界なのではないかと錯覚しそうになった。
毎回この未来の私が居る部屋は、とても夢の中とは思えない程に作り込まれている。
触れたものの感触や匂いまで夢の中とは思えない程にリアルに再現されているこの不思議な空間は、ただの夢と言い切るには流石に難しく感じた。
まぁ、でもいくら考えたところで分からないし何でもいいかと、素直に口に肉を運ぶとそれは本物と全く変わらない味がした。
「美味しい!」
「ねー!肉なんて久しぶりに食った!」
まるで少しも現実と違わない肉の味に感動しながら、私は食事をもくもくと続ける。
本当に夢の中とは思えないクオリティの高さだ。私はもうこの世界が、現実でも夢の中でも正直どっちでも良かった。
こんなに必死なって食べることに向き合うのは、いつぶりだろうか。久しぶりにご飯が美味しく思える。
私も未来の私も凄い勢いで食べ進めて気付けば、あっという間にご飯も肉も食べ終えてしまった。
「はぁーっ、久しぶりにちゃんとご飯食べたわ。」
そう腹を擦りながら、満足気に未来の私は言う。
「今まではご飯どうしてたの?」
「んー、あんまりいつもお腹減らなくて、適当にカップ麺とか。スーパーの総菜とかお菓子とか。それかレトルト品。」
「なるほど。」
以前の部屋の中に散らかっていた食べ物のゴミを見るに、そんな感じかなと大体予想はしていたけれど、やはり健康からはだいぶ離れている。
「でも、急にどうしたの?」
「ん?」
「ご飯もだし、髪切ったりとか掃除したりとか!」
私の言葉に、未来の私は少し考えるように「そうだね。」と声を溢す。
「別に大きな出来事とかに遭遇したわけじゃないけど、強いて言えば、やっぱり貴女のことを思い出したことが一番のきっかけなのかな。」
「私のこと…?」
「うん。」
「それって前にも同じようなこと言っていたけど、どういう意味なの?」
以前、この部屋にやって来て彼女に部屋の片付けをし始めた理由聞いた時のこと。今と同じように、私を思い出したからだと話していた彼女のことを思い出す。
一体、私の何が未来の私に影響を与えているのだろうか。
前回は聞けなかった疑問を、今になってようやく口にすることが出来た。
「んー、どう説明すれば良いのかな。」
未来の私は、そんな私の質問に難しそうに眉を寄せて首を傾げる。
「あんまり未来のことについて話すのって、貴女にとっては良いことばかりじゃないから話したくないことも沢山あるんだけど、私の今の状況を言うとね『絶望』って感じだったの。」
「え?」
「まさに絶望。どうしようもなくて、どうにも出来なくてさ。この部屋でぼーっと腐っていくことしか出来なかったんだよね。死ねる時を待ってるって感じで。」
思ってもいなかった未来の私の言葉に、私は驚いて目を見開いた。
未来の私はそんな私の表情を見て小さく微笑む。
「でもそんな時に貴女が、十七歳の私が現れた。」
「私…?」
「そう、十七歳の私。最初は何かの精神疾患かと思って焦ったけれど、貴女が現れてから私は今までずっと忘れていた自分の過去のことを思い出していったの。」
そう話す未来の私の声はとても穏やかで、耳から胸に心地良く染みていく。
「十七歳の私は、嫌いなものがたくさんあったなとか。」
「…!」
未来の私の言葉に、私はハッとした。
「学校に行かなきゃいけない朝が嫌いで、自分の理想ばかり押し付けてくる煩い父が嫌いで、冷たくて忙しない人混みが嫌いで、窮屈な電車の息苦しさも楽しそうな学生たちの耳障りな声も。」
私の嫌いなものが、未来の私の口から全て明かされていく。
「私のことを『うざい』と言って馬鹿にしていた果歩と綾乃も、私のことを居ないものとした哲也も、私と果歩たちの状況を面白がっていた光太も、ハブられた私の噂をしていたクラスメイトたちも、私のことをこっち側だとか勝手に決めつけてきた竹本さんも、そんな竹本さんの理解者である山田くんも。今思えば、皆嫌いだったな。」
彼女の言葉をきっかけに、私は夢の中に来る前に自分に何があったか少しずつ思い出し始めた。
そうだ。確か、果歩たちに花火大会に行かないかと誘われたのだ。
果歩と綾乃は散々私をハブって馬鹿にしていたのに、今更一緒に花火大会へ行ってほしいと実に都合の良いことを言ってきた。
馬鹿な私は警戒しつつも、彼女たちとまた仲良かった頃のように一緒に居られるんじゃないかって期待して、結局その話しを承諾してしまったのだ。
今考えると、この期に及んでまで彼女たちに縋ろうとした自分が本当に情けなくて、どうにもならない怒りが湧いてくる。
そして、そんな私の気持ちを利用して都合の良く使おうとした彼女たちには、もう単なる怒りだけでは済ませない。
あの時に抱いたドス黒い激しい感情が、私の全てを支配するように胸の中で渦巻いていた。
「ねぇ、花火大会って…どうなったか知ってる?」
私は、恐る恐る未来の私に問い掛けた。
未来の私ならば、この日に何が起こるのか知っているはずだ。私はもうこれ以上、彼女たちと関わることは出来ないと思った。
「まだその日が来てないんだね。」
私の言葉に、未来の私は何かを察するように言う。
「うん。あと一週間後に、行くことになって…」
「そっか。」
「私ってさ、これからどうするのかな。もう果歩たちに関わりたくないのに、そんな奴らにさえ嫌われるのが怖くて一人になる勇気も無いの。だから、また花火大会に行くなんて言っちゃってさ、都合の良く使われて果歩たちの思い通りに動くのも、もう絶対に嫌なのに。」
自分の現状を改めて言葉にすると、悔しくて声が震えた。
私って、何でいつもこんなに駄目なんだろう。
先程未来の私が言ったように、本当は皆のことが嫌いだ。毎日顔を合わせる度に、確実に心が擦り減っていくのを感じる。
けれど、私は一人になることも同じくらいに嫌なのだ。
いつだって自分のことを誰かに受け入れて欲しくて、人から嫌われるのを異常に怖がっている。
誰に見られても恥ずかしくない自分で居なくては、皆と同じように普通のことが出来なくては。私はちゃんとした人間であるべきだって自分に言い聞かせて、無理矢理に人前での私の像を作り上げてきた。
それなのに、果歩と綾乃にハブられたことで私の像は完全に崩れ落ちる。
これまでのやり方で少しずつ積み重ねてきた自分のプライドも全てボロボロになって、私は私自身の価値が完全に分からなくなった。
こんなことも出来ないんだと、自分のことを知る度にどんどん自信を失っていく。
だから、どれだけ嫌だと思っても突き放せなくて自分のことさえも疑ってしまって、何もかもが中途半端になってしまう。
どうにも出来ない自分が、悔しくて苦しかった。
不意に、以前未来の私が伝えてきた三択の存在を思い出す。
一つ、新しい友達を作る。
二つ、初めての彼氏を作る。
三つ、一人で過ごす。
この中のどれか一つを選んで、私は無事に学校を卒業するのだと彼女は言った。
だとしたら、私はもうこれに縋るしか進める道は無いのかもしれない。
「私って、やっぱり彼氏作ったりした?」
「え?いきなりどうしたの?」
唐突な私の質問に、未来の私は眉を顰める。
「前に、貴女が言ってた三択の中にあったじゃん!忘れたの!?」
「いや覚えてるけど、あまりにも話が急過ぎるでしょ?さっきまで花火大会の話してたよね?」
そう戸惑ったように未来の私は言った。確かに、私は先程まで花火大会の話をしていた事を思い出す。
果歩たちからの花火大会の誘いに乗ってしまった自己嫌悪で、私の思考は無意識にぐるぐると回って、あちこちに飛んでしまっているのかもしれない。
それでも、私はこの状況から抜け出すべく辿り着いた言葉を述べていく。
「私にも竹本さんみたいに彼氏が出来れば、きっと今の状況よりもマシになると思うの!誰かが私の事を認めてくれたら、きっと気持ちだって満たされて、果歩たちにとって都合の良い選択をすることなんて無かったはず!」
私は思うままに言葉を吐いて、未来の私にぶつけた。彼女なら私の考えを受け取ってくれると思ったのだ。
「それに誰かに『好き』って言われて自分のことが肯定出来たら、きっともう世界に馴染めないとか思わなくても済むような気がするの!こんな自分にも少し自信が付くような気がする!」
そう言葉を続けていた私に「…あのさ」と、これまで黙って話を聞いていた未来の私が真剣な表情で口を開いた。
「自信を付ける理由に、他人を使わない方が良いよ。」
「え、」
一瞬、未来の私に何を言われたのか分からなくてポカンとする。
そんな私の表情を確認してから、彼女は言葉を続けた。
「それって結局、空っぽなことに変わりないからね。誰かが居なくては成り立たない自分に、きっとそれ程の価値なんてないよ。それは果歩と綾乃から離れた貴女が、一番感じていることなんじゃない?」
未来の私の言葉に、私はザァッと冷水を浴びせられたような気持ちになった。
…そうだ。
これでは、今までの繰り返しになってしまう。
私はこれまでスクールカースト上位層の果歩と綾乃と居ることによって得られていた仮初め地位と、勘違いしていた偽物の自信に未練たらたらな自分に気付いた。
あの女子トイレで自分の悪口を聞くまでは、私は今よりも少なからず自分に自信があったのだ。
クラスでも目立つ存在の彼女たちと一緒に居る自分は、竹本さんのようなああいう人たちとは違う。クラスの中心に居る彼女たちと仲の良い自分は、仲間外れにされていた幼い頃とは違って、ちゃんと普通のことが出来ている。
そうやって誰かの存在を理由に、今まで自分を正当化して生きてきた。
けれど、それは未来の私が言うのように誰かが居なくては成り立たず、一人になった途端に全て崩れ落ちてしまうものなのだ。
果歩と綾乃にハブられたことによって、私は自分を正当化出来なくなった。
何をやっても自信が持てなくて、彼女たちへの真っ当な怒りさえも維持できない。直ぐに周囲や他人の反応が気になって、自分がなんだか間違っているような気がして不安で仕方ない。
だからこそ、私は一人になることを異様に恐れて、他人と一緒に居られる人達に強烈な憧れを抱くのだろう。
誰かに自分を受け入れて認めて貰えたら、こんな自分が生きてても良いと許されたよう思えるのではないか。私はもう一人で、この世界に馴染めないと惨めに嘆かなくても良いのではないか。
そんな安心が欲しくて、私は焦っていた。
焦っていたからこそ、急に彼氏の話なんて口走ってしまったのだ。
誰かが自分を認めてくれなければ、私は自分に自信なんか持てないのだから。
けれど、いくら他人に自分のことを好きだと認めて貰えても、結局自分で自分を認められなければ同じことだ。
その人が自分から離れた途端に、また全て崩れ落ちてしまうだろう。
未来の私の言葉は、そんな今の現状の私をよく理解していた。
「…じゃあ、どうすればいいの?」
途方も無く不安げな私の声が揺れた。
「こんな私が、これからどうやって生きていけばいいの!?一人で惨めにアイツらの言うこと聞くしかないの!?」
私の悲痛な叫びが、部屋の中でこだまする。
じんわりと目の前の光景が滲んで、涙が出そうになった。
深い絶望に思考が呑み込まれていく私を見て、未来の私はまた少し考えるような素振りを見せた。
「難しく考えなくても、貴女が思ったことが正解で良いんだよ。」
「…どういう事?」
「アイツらぶっ殺してやるとか、何で自分ってこんななんだろうとか、一人で居るのが怖いとか。貴女が思っていることは、貴女だけの大事な感情なの。そういう感情が全部今の私に、貴女の未来に繋がっていくんだよ。」
「え?」
そう自信有りげに言い放った未来の私は、不安に揺れる私を見て仕方ないなと言わんばかりの優しげな笑みを浮かべた。
「さっき話してたでしょ?貴女が現れたから、私は忘れていた自分の過去のことを思い出したって。」
そう言えば、そんな話の途中だったなと今更ながらに思う。
そもそも未来の私がどうして掃除を始めたり、髪を切ってご飯を用意したのかその理由を聞こうとしていたのだ。
しかし、いつの間にか私は自分の思考に振り回されて話しを脱線させてしまっていたらしい。
「十七歳の私には嫌いなものがたくさんあったけど、今の貴女の話を聞いても分かる通りに、何よりも私は私自身のことが一番嫌いだった。」
未来の私は「そうだよね?」と、私を伺うような視線を寄越す。同じ自分同士だからか、まさに彼女の言葉は全て当たっていてその通りだと思った。
「そんな貴女のことを思い出してさ、今の私と同じだなって思ったよ。私も私のことが嫌いで、どうしたって周囲の人達みたいに上手く生きれなくて何度も絶望して、気付いたら何の気力も無くなっちゃってたんだ。」
そう言ってから、未来の私は私に手を伸ばす。白くて細い指先が私の頬に優しく触れた。
「だけど、そんな日々の中で過去の自分のことを思い出してさ。今更だけどあの頃の私も毎日必死に周囲に馴染もうとして、自分と世間とのズレに絶望して藻掻いて、色々な気持ちに振り回されながら精一杯生きてたなって。」
頬に触れた指先は温かくて、とても心地良い。
「本当に頑張ってたんだなって。なんか、初めて自分のことが認められた気がしたんだよね。」
彼女の言葉が、私の頭の中をぐるぐると止まらなくなっていた思考を止めた。
私は目を見開いて、目の前の私を見つめる。
「貴女が、十七歳の私が居たから今の私が居る。随分時間が掛かっちゃったけど、これまでの自分のことをやっと認めることが出来たんだ。」
そう言い切った未来の私の表情は、私のことをとても愛おしげに見ていた。
私は彼女の言葉に今までずっと満たされなかった何かが、少しずつじんわりと満たされていくような気持ちになった。
私の頬を労るように撫でてから、そっと手を離した未来の私は照れ臭そうに笑う。
「だから、まぁ。こうして部屋の掃除が出来たのも、伸び過ぎた髪を切れたのも、美味しい肉が食べれたのも全部貴女のおかげなのかも、ありがとね!」
最初に会った時からは、見違える程に生き生きとした表情を見せる未来の私に「…そっか。」と無意識に声が溢れた。
未来の私がそう思えたのなら、良かった。
素直に思った瞬間に、ポロポロと涙が出てくる。
誰も知らない私の孤独と絶望の日々を、私だけが知っていて認めてくれているのだ。
頬を伝う涙は、悲しみでも喜びでもない。色々な感情が混ざり合って自分の意思では止められなくなった涙は、それでも確かな熱を持っていた。
そんな私に、未来の私は慌てたようにローテーブルに置かれたティッシュを数枚取って押し付ける。
急に顔に押し付けられたティッシュの束に「うっ!」と思わず苦しげな声を溢せば、焦りながら「ごめん、ごめん!」と謝る未来の私が居た。
一瞬でさっきまでの空気が変わり、目を合わせた私達は訳もなく「ふふっ、」と笑い合って肩を震わせる。
泣きながら笑う私の姿に、未来の私はまた仕方ないように微笑んで、ティッシュを数枚取ってから今度は優しく目元を拭ってくれた。
そして近寄って来た未来の私が、泣いていた私のことを抱きしめる。
「今は認められなくても、きっといつか自分のことを認められる日が来るから。それはこの私が保証する。だから、自分の好きなように生きていいんだよ。」
「…うん。」
「ちょっと!半信半疑でしょ?本当だからね。」
「うわ、痛いって!もう分かったから!」
私の返答に不満だったのか未来の私は、ギューッと私を抱きしめる腕に態と力を込めきた。
それに「やめてー」と抵抗するように身をひねって暴れていれば、徐々に彼女の腕の力は抜けていく。
背中に回った彼女の腕の温もりが酷く心地良くて、ずっとこのままで居られたらいいのにと叶わないことを思った。
お互いの温もりだけを感じながら、少しだけ静かになった部屋で未来の私が耳元で言った。
「今の貴女が自分のことを好きになれなくても、私は貴女のことが好きだよ。」
「うん。」
もう一度、私に言い聞かせるように未来の私が告げる。
これだけは覚えておいてねと、とても大事なことを言われているような気持ちになった。
じんわりと耳元から胸へと伝わる言葉に、また涙腺が緩みそうになる。
未来の私が私のことを好きで居てくれるなら、もう何があっても大丈夫だと思えた。
そんな安心感に包まれて、ゆっくりと目を瞑る。
ドクドクと伝わるお互いの鼓動は、温かくて泣きたいくらいに穏やかだ。
そのまま、少しずつぼんやりとしていく意識に身を委ねていく。
私が常時感じている緊張や怯えといった感情は全て抜け落ちて、未来の私の温もりだけが私を支えている。
その温もりに甘えるように、私はいつの間にか深い眠りへと落ちていった。
***



