「正直さ、夏希ってうざいよね。」
騒がしい昼休みの女子トイレで何でもないように軽く落とされた言葉に、私は狭い個室の中で人知れず呼吸を止めた。
「あー、分かる。ちょっと優等生ぶってるっていうか。」
「そー。うちらとはタイプ違うくせに、必死にノリを合わせようとしてるのが目に見えて分かるんだよね。そういう所がなんか無理。」
「まぁ、確かに。あの態とらしい絡みは怠い時あるね。」
女子トイレに響く彼女たちの容赦無い声は、その一番奥の個室に籠る私の耳にまで聞こえて来る。
おそらく、手洗い場の前で話し合っているのだろうか。
随分と聞き慣れた彼女たちの声は、いつも共に行動をしているメンバーの果歩と綾乃の声だった。
そして、彼女たちの話す『夏希』とは紛れもなく私のことだ。
「会話も微妙に合わないし、それなのに無理矢理うちらの仲に入ろうとして空回ってるっていうかさー。」
「分かる。二人で話してる時に入って来られても、お前は来んなよって。マジで迷惑。」
「ははっ、本当にそう。」
そう話す果歩と綾乃の二人と私は、先程まで一緒に弁当を食べていた。
いつもように他愛ない話をしていたはずの二人が、私の居ないところでこんな話をしているなんて、あまりのショックに一気に血の気が引く。
ドクドクと胸を打ち付ける鼓動が速くなり、喉の奥が張り付いて呼吸が出来ないような苦しさが襲った。
そんな私の存在なんて知りもしない彼女たちは、ここぞとばかりに会話を続ける。
「まぁ、だけど面倒事とかすぐ引き受けてくれるのは楽じゃない?」
「それ!夏希ってうざいんだけど基本的にうちらの言う事聞いてくれるし、都合良いんだよね。」
「遊びで人数足りない時は呼べばすぐ来てくれるし、『用事がある』って言えば委員会も掃除当番も代わってくれるしね。」
「やっぱ使えるうちは仲良くしとくかー。」
ケラケラと笑いながらやり取りする二人の声が、女子トイレに響き渡る。
私は薄暗い個室の中で息を殺しながら、無意識に震える手をギュッと握り締めた。
ドアの向こう側の光景を想像して、目の前が真っ暗になるような絶望感を感じる。
嫌でも聞こえて来る二人の声に、少しでも気を緩めたら溢れ出してしまいそうになる感情を必死に耐えた。
それと同時に「あぁ、やっぱりそうか。」と、心の何処かで二人が私をあまりよく思っていないことを知っていた気もした。
「あっ、そういえば話変わるけど、昨日の放課後に夏希と哲也が二人で居るところ見たんだよね。」
「は?嘘でしょ!何処で!?」
唐突に綾乃から上がった『哲也』の名前に、思わずビクッと肩が上がる。
「本当。駅前のハンバーガー屋で向かい合って座ってた。」
「何それ!夏希は何も言ってなかったのに!?」
「ね!それで気になってさっき哲也に聞いたら、委員会で居残ってた夏希に部活帰りでたまたま遭遇しただけだって。」
「たまたまで一緒にハンバーガー屋に行くっていうの!?」
狭い個室トイレの外から聞こえて来る果歩の声は、『哲也』をきっかけにどんどん強さを増していく。
「てか、何であの二人が!?絡みあったっけ!?」
「いや、無いでしょ。」
「だよね!?だって夏希だよ!?どう見ても哲也に釣り合わなくない!?」
「それはそう。」
続けられる二人の会話はやはり私を下に見ている物言いで、彼女たちにとって自分の存在がどんなものか今一度はっきりと突き付けられたようだった。
不意に二人の会話を遮るように、昼休みの終了を告げるチャイムが女子トイレ内に響き渡る。
チャイムの音を聴いた二人は先程までの会話を止めて、「やばっ、次の授業って体育じゃん!」と果歩は焦ったような声を上げた。
体育の授業は制服から体操着に着替えてグラウンドに集合するため、どの授業よりも準備に時間が掛かるのだ。
チャイムにせかされるように、二人はパタパタと足音を立てて慌ただしく女子トイレを後にする。
薄暗い個室の中で遠ざかって行く二人の気配を感じながらも、息を殺したままの私は今だに緊張状態が解けなかった。
身体が固まってしまったように立ち上がれず、ドクドクと心臓を叩く鼓動が異様に早い。
彼女たちの言葉が頭の中をぐるぐると巡り、何も思考することが出来なかった。
それから、どれくらい時間が経っただろうか。
女子トイレの開け放された窓の外、遠くから体育の授業を行う教師の声が聞こえて来た。もう既に、五時限目の授業は始まっているらしい。
二人が去って静かになった女子トイレで、長い間殺していた息をゆっくりと吐き出す。
薄暗く狭い個室トイレに籠もり、俯いたまま動けずにいる自分はなんとも惨めに思えた。



