次の日は部活が特になく、他に美術室を使いたい生徒がいて鍵が借りられなかったため、真夏と涼斗は久しぶりに二人で帰っていた。
明日の小テストは漢字なので、漢字の読みの問題を出し合いながら帰宅する。
初夏に差し掛かり、夏使用の制服でも汗ばむ時期になってきた。
「なぁ、これからどうする?」
涼斗が聞いてきた。
「暇だし、うちに来る?今日は母さんも遅いから一人なんだよね。」
真夏が提案すると、
「行く。一旦家帰ってゲーム機もってくるわ。」
と言って、涼斗はそのまま重いカバンを揺らして駆けて行ってしまった。
防犯上の理由で、置き勉(教科書などを机の中に置いていくこと)が禁止なため、カバンはいつも重い。
しかし、それを背負いながらも相変わらず、涼斗の足の速さは健在だった。家が近いこともあって、ものの数分で真夏の家のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、楽な私服に着替えて、斜め掛けのカバンだけ持った涼斗が
「おじゃましまーす。」
と入ってきた。この早さなら、どうせ制服は脱ぎ捨てて来たんだろう。
明日皺になってたら笑ってやろうと思いながら、真夏は台所から飲み物とおやつを取りに行った。
ポテチと、コーラは買い置きがなかったので、作り置きの麦茶をコップに入れて部屋に持って行くと、涼斗は既にゲームの画面を立ち上げていた。
「おっそいよ。ほら、もうキャラとか選んどいてやったから、始めようぜ。」
涼斗は真夏の方を見もせずに、ゲームのコントローラーを投げてくる。
受け取ってよく見ると、いつも真夏が使うキャラクターと装備がきちんと選ばれていた。
ここで敢えて変なものを選んで勝手にゲームをスタートするようなことはしない。
涼斗はあくまでスポーツマンシップに則って、正々堂々と勝つのを好む性格なのである。
だから、涼斗はゲームでも汚い手やズルい手はあまり使わない。
「ズルとかするのはさ、弱い奴がやることだし、ズルして勝っても気持ちよくないじゃん。正々堂々やって手に入れた勝利こそ本物の勝利だよ。」
真夏もそんな涼斗に感化されて、そういう気持ちの良いプレーを楽しむようになっていた。
「なぁ、久しぶりに、何か賭けん?ただゲームするだけじゃつまらないし。」
真夏が提案すると、涼斗も
「いいぜ、じゃあ、負けた方は勝った方の言うことをなんでも1つ聞くってことで。」
と、姿勢を正し、コントローラーを構える手に力を入れた。
「おっけ。ただ、あんまりにもお金がかかるのとかはナシな。」
こうして、開始のゴングが鳴った。
して、結果は…僅差で真夏が勝った。
「くっそぉ、まじかよ…最近練習してたのに。」
涼斗は心底悔しそうに、コントローラーをベッドの上に放り出した。
ついでに、ごろんとそのまま仰向けに転がる。
真夏のベッドだったが、真夏も別に涼斗の家ではベッドに座ったり転がったりするので全く気にはならなかった。
しばらく、寝そべったまま「あー」とか「うー」とか唸る涼斗を眺めていると、
「で、俺は何をすればいいわけ?」
涼斗は唐突にがばっと起き上がり、そう聞いてきた。
「え?」
真夏が面食らっていると、
「ほら、罰ゲームだよ。決めたじゃん。勝った方の言うことなんでも聞くって。」
「あー、忘れてた。」
「言わなきゃよかったわ。」
真夏はちょっと考えてみたが、ジュースを奢るとか、ありきたりなことしか思い浮かばなかった。
それではつまらない。
「もうちょっと考えさせて。」
と言うと、
「ん、じゃあ、その間漫画読ませて。『コスモ・リセット』の新刊、俺まだ読めてないんだよ。」
涼斗はそう言って、真夏の机の横にある低い本棚から、勝手に漫画を抜いて寝そべったまま読み始めた。
最近買ったばかりの新刊だ。
「読むのはいいけど汚すなよ。」
「ほーい。」
涼斗の適当な返事にため息を吐いたとき、ふと、葉月さんも『コスモ・リセット』が好きだって言ってたな…と思い出した。
その瞬間、先日葉月さんと涼斗が楽し気に話していたことも記憶に蘇り、またモヤモヤとした気分になった。
「なぁ、涼斗。」
「ん?」
「罰ゲームさ、これから俺が聞く質問に正直に答える、っていうのはどう?」
真夏が聞くと、涼斗は首を傾げた。
「なんだよ、改まって。別に俺、何聞かれても嘘とかついたりしねぇよ。」
笑ってそう言ったが、真夏がいつになく真剣な目をしていることに気づき、涼斗は頭を掻いて、漫画を置き、きちんと座り直した。
「いいよ。で、何が聞きたいの?」
涼斗の吸い込まれるような真っ黒な双眸が真夏の瞳をじっと見つめてくる。
真夏は少し緊張しながら、
「葉月さんのこと、どう思ってる?」
と、思い切って聞いてみた。
「は⁉⁉」
途端に、涼斗の顔がぱっと紅く染まったのを見て、殆ど確信した。
「正直に答えるって言ったじゃん。」
真夏はさらに詰める。聞きたくない気持ちもあったが、聞かないままでこれ以上モヤモヤと考え込むのはもっと嫌だった。
涼斗はう、と言葉に詰まり、しばらく目線を反らしてもごもごとしていたが、真夏が目を逸らさないでいると、観念したように、
「…いいな、って思ってる。」
と、耳まで紅くして小さな声で答えた。そして、照れを払うように真夏を睨みつけると、
「てか、お前はどうなんだよ、真夏。聞いて来るってことは、つまり“そういうこと”か?」
今度は真夏が言葉に詰まる番だった。込み上げた顔の熱が既に肯定を示していたため、真夏も観念して
「俺も、葉月さんのことが好きなんだ。」
と打ち明けた。
気恥ずかしい空気が流れる。
互いに、好きな人が被ったのは初めてのことだった。
というかそもそも、こういう話をしたのも初めてのことだ。
涼斗とは幼馴染で、良くも悪くも家族のような距離感でずっといたからか、なんとなく恋愛の話をすることに抵抗感があった。
家族の距離感は人それぞれだろうが、少なくとも、真夏の家では両親や兄弟間で色めいた話をするような慣習はなかった。
恐らく、涼斗もそんな感じなのだろう。そんなわけで、涼斗ともいままで、初恋の人すら教えたことも聞いたこともない。
(涼斗も、恋とかするんだ…)
それが一番の感想だった。頬を紅く上気させたこんな表情は、初めて見た。
思わず真夏は、涼斗の頬に触れる。
「なにすんだよ。」
涼斗は驚いて、真夏の手を払った。
「あ、ごめん。なんか、熱そうだなと思って。」
「うるせぇ。」
涼斗はまたベッドに寝そべり、顔を背けてしまった。
拗ねているようなそんな態度が可愛く見えて、真夏は思わず吹き出してしまった。
「なんだよ。」
「いや、涼斗も恋することあるんだなって。」
真夏が笑いながら言うと、
「俺をなんだと思ってるの?」
涼斗がこちらを少し向いて、また鋭く睨みながらそう言ってくる。
「だって、中学時代とか、全く興味無さそうだったじゃん。あんだけきゃーきゃー言われてたのにさ。」
中学時代、文字通り剣道に打ち込んでいた涼斗は、実はかなりモテていた。
幼馴染でよく一緒に居るからと言って、バレンタインに涼斗にチョコを渡しておいて欲しいと頼まれた回数は両手の指を超えている。
当の本人は全くもって興味が無く、手作りのもの以外のチョコは殆ど真夏が食べていたくらいだったが。
そんな様子だったから、涼斗が誰かにこういうふうに恋をするところは、正直今まで想像すらできなかったのである。
「まさか涼斗、初恋とか?」
ニヤニヤしながら聞いてみると、涼斗は
「んなわけねぇだろ!…もうこの話終わり!!質問には正直に答えたんだからいいだろ!」
と怒ってしまった。
これ以上はやばそうなので、真夏はあきらめて、しばらく前に涼斗に借りていた『青色コンパス』の漫画を出して読み始めた。
しばらく二人で漫画を読んで、暗くなってきたので部屋の電気をつけると、
「そろそろ夕飯手伝わないといけないから帰るわ。」
と、涼斗が立ち上がった。
そろそろ、真夏の親も帰って来る時間だ。
「これ、借りていい?」
涼斗は読んでいた漫画を見せてくる。
「いいよ。これは、持って帰るか?」
真夏も涼斗に借りていた漫画を見せると、
「いや、まだいいや。これ返すときに返して。」
と笑って言った。涼斗を玄関まで見送りに行く。涼斗は門を抜ける前、ふと真夏を振り返って
「正々堂々、どっちが付き合っても、恨みっこなしな。」
と、真夏の目をしっかりと見据えてそう言った。
瞬時に葉月さんのことだと理解した真夏は、
「おう。」
と返事して、拳を出した。
ガツンと拳を合わせると、涼斗は振り返らずに走り去っていった。
すぐに小さくなっていく涼斗の後姿を眺めながら、嬉しいような、寂しいような、すっきりしたような、しないような、どこか複雑で重たい何かが、真夏の胸にわだかまって行った。
明日の小テストは漢字なので、漢字の読みの問題を出し合いながら帰宅する。
初夏に差し掛かり、夏使用の制服でも汗ばむ時期になってきた。
「なぁ、これからどうする?」
涼斗が聞いてきた。
「暇だし、うちに来る?今日は母さんも遅いから一人なんだよね。」
真夏が提案すると、
「行く。一旦家帰ってゲーム機もってくるわ。」
と言って、涼斗はそのまま重いカバンを揺らして駆けて行ってしまった。
防犯上の理由で、置き勉(教科書などを机の中に置いていくこと)が禁止なため、カバンはいつも重い。
しかし、それを背負いながらも相変わらず、涼斗の足の速さは健在だった。家が近いこともあって、ものの数分で真夏の家のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、楽な私服に着替えて、斜め掛けのカバンだけ持った涼斗が
「おじゃましまーす。」
と入ってきた。この早さなら、どうせ制服は脱ぎ捨てて来たんだろう。
明日皺になってたら笑ってやろうと思いながら、真夏は台所から飲み物とおやつを取りに行った。
ポテチと、コーラは買い置きがなかったので、作り置きの麦茶をコップに入れて部屋に持って行くと、涼斗は既にゲームの画面を立ち上げていた。
「おっそいよ。ほら、もうキャラとか選んどいてやったから、始めようぜ。」
涼斗は真夏の方を見もせずに、ゲームのコントローラーを投げてくる。
受け取ってよく見ると、いつも真夏が使うキャラクターと装備がきちんと選ばれていた。
ここで敢えて変なものを選んで勝手にゲームをスタートするようなことはしない。
涼斗はあくまでスポーツマンシップに則って、正々堂々と勝つのを好む性格なのである。
だから、涼斗はゲームでも汚い手やズルい手はあまり使わない。
「ズルとかするのはさ、弱い奴がやることだし、ズルして勝っても気持ちよくないじゃん。正々堂々やって手に入れた勝利こそ本物の勝利だよ。」
真夏もそんな涼斗に感化されて、そういう気持ちの良いプレーを楽しむようになっていた。
「なぁ、久しぶりに、何か賭けん?ただゲームするだけじゃつまらないし。」
真夏が提案すると、涼斗も
「いいぜ、じゃあ、負けた方は勝った方の言うことをなんでも1つ聞くってことで。」
と、姿勢を正し、コントローラーを構える手に力を入れた。
「おっけ。ただ、あんまりにもお金がかかるのとかはナシな。」
こうして、開始のゴングが鳴った。
して、結果は…僅差で真夏が勝った。
「くっそぉ、まじかよ…最近練習してたのに。」
涼斗は心底悔しそうに、コントローラーをベッドの上に放り出した。
ついでに、ごろんとそのまま仰向けに転がる。
真夏のベッドだったが、真夏も別に涼斗の家ではベッドに座ったり転がったりするので全く気にはならなかった。
しばらく、寝そべったまま「あー」とか「うー」とか唸る涼斗を眺めていると、
「で、俺は何をすればいいわけ?」
涼斗は唐突にがばっと起き上がり、そう聞いてきた。
「え?」
真夏が面食らっていると、
「ほら、罰ゲームだよ。決めたじゃん。勝った方の言うことなんでも聞くって。」
「あー、忘れてた。」
「言わなきゃよかったわ。」
真夏はちょっと考えてみたが、ジュースを奢るとか、ありきたりなことしか思い浮かばなかった。
それではつまらない。
「もうちょっと考えさせて。」
と言うと、
「ん、じゃあ、その間漫画読ませて。『コスモ・リセット』の新刊、俺まだ読めてないんだよ。」
涼斗はそう言って、真夏の机の横にある低い本棚から、勝手に漫画を抜いて寝そべったまま読み始めた。
最近買ったばかりの新刊だ。
「読むのはいいけど汚すなよ。」
「ほーい。」
涼斗の適当な返事にため息を吐いたとき、ふと、葉月さんも『コスモ・リセット』が好きだって言ってたな…と思い出した。
その瞬間、先日葉月さんと涼斗が楽し気に話していたことも記憶に蘇り、またモヤモヤとした気分になった。
「なぁ、涼斗。」
「ん?」
「罰ゲームさ、これから俺が聞く質問に正直に答える、っていうのはどう?」
真夏が聞くと、涼斗は首を傾げた。
「なんだよ、改まって。別に俺、何聞かれても嘘とかついたりしねぇよ。」
笑ってそう言ったが、真夏がいつになく真剣な目をしていることに気づき、涼斗は頭を掻いて、漫画を置き、きちんと座り直した。
「いいよ。で、何が聞きたいの?」
涼斗の吸い込まれるような真っ黒な双眸が真夏の瞳をじっと見つめてくる。
真夏は少し緊張しながら、
「葉月さんのこと、どう思ってる?」
と、思い切って聞いてみた。
「は⁉⁉」
途端に、涼斗の顔がぱっと紅く染まったのを見て、殆ど確信した。
「正直に答えるって言ったじゃん。」
真夏はさらに詰める。聞きたくない気持ちもあったが、聞かないままでこれ以上モヤモヤと考え込むのはもっと嫌だった。
涼斗はう、と言葉に詰まり、しばらく目線を反らしてもごもごとしていたが、真夏が目を逸らさないでいると、観念したように、
「…いいな、って思ってる。」
と、耳まで紅くして小さな声で答えた。そして、照れを払うように真夏を睨みつけると、
「てか、お前はどうなんだよ、真夏。聞いて来るってことは、つまり“そういうこと”か?」
今度は真夏が言葉に詰まる番だった。込み上げた顔の熱が既に肯定を示していたため、真夏も観念して
「俺も、葉月さんのことが好きなんだ。」
と打ち明けた。
気恥ずかしい空気が流れる。
互いに、好きな人が被ったのは初めてのことだった。
というかそもそも、こういう話をしたのも初めてのことだ。
涼斗とは幼馴染で、良くも悪くも家族のような距離感でずっといたからか、なんとなく恋愛の話をすることに抵抗感があった。
家族の距離感は人それぞれだろうが、少なくとも、真夏の家では両親や兄弟間で色めいた話をするような慣習はなかった。
恐らく、涼斗もそんな感じなのだろう。そんなわけで、涼斗ともいままで、初恋の人すら教えたことも聞いたこともない。
(涼斗も、恋とかするんだ…)
それが一番の感想だった。頬を紅く上気させたこんな表情は、初めて見た。
思わず真夏は、涼斗の頬に触れる。
「なにすんだよ。」
涼斗は驚いて、真夏の手を払った。
「あ、ごめん。なんか、熱そうだなと思って。」
「うるせぇ。」
涼斗はまたベッドに寝そべり、顔を背けてしまった。
拗ねているようなそんな態度が可愛く見えて、真夏は思わず吹き出してしまった。
「なんだよ。」
「いや、涼斗も恋することあるんだなって。」
真夏が笑いながら言うと、
「俺をなんだと思ってるの?」
涼斗がこちらを少し向いて、また鋭く睨みながらそう言ってくる。
「だって、中学時代とか、全く興味無さそうだったじゃん。あんだけきゃーきゃー言われてたのにさ。」
中学時代、文字通り剣道に打ち込んでいた涼斗は、実はかなりモテていた。
幼馴染でよく一緒に居るからと言って、バレンタインに涼斗にチョコを渡しておいて欲しいと頼まれた回数は両手の指を超えている。
当の本人は全くもって興味が無く、手作りのもの以外のチョコは殆ど真夏が食べていたくらいだったが。
そんな様子だったから、涼斗が誰かにこういうふうに恋をするところは、正直今まで想像すらできなかったのである。
「まさか涼斗、初恋とか?」
ニヤニヤしながら聞いてみると、涼斗は
「んなわけねぇだろ!…もうこの話終わり!!質問には正直に答えたんだからいいだろ!」
と怒ってしまった。
これ以上はやばそうなので、真夏はあきらめて、しばらく前に涼斗に借りていた『青色コンパス』の漫画を出して読み始めた。
しばらく二人で漫画を読んで、暗くなってきたので部屋の電気をつけると、
「そろそろ夕飯手伝わないといけないから帰るわ。」
と、涼斗が立ち上がった。
そろそろ、真夏の親も帰って来る時間だ。
「これ、借りていい?」
涼斗は読んでいた漫画を見せてくる。
「いいよ。これは、持って帰るか?」
真夏も涼斗に借りていた漫画を見せると、
「いや、まだいいや。これ返すときに返して。」
と笑って言った。涼斗を玄関まで見送りに行く。涼斗は門を抜ける前、ふと真夏を振り返って
「正々堂々、どっちが付き合っても、恨みっこなしな。」
と、真夏の目をしっかりと見据えてそう言った。
瞬時に葉月さんのことだと理解した真夏は、
「おう。」
と返事して、拳を出した。
ガツンと拳を合わせると、涼斗は振り返らずに走り去っていった。
すぐに小さくなっていく涼斗の後姿を眺めながら、嬉しいような、寂しいような、すっきりしたような、しないような、どこか複雑で重たい何かが、真夏の胸にわだかまって行った。
