青い朧月

「各々の課題が無い人たちは、二人組になってお互いの顔を描いてみましょうか。石膏像だけじゃなくて、生身の人間の顔を描くのも、とても大事な練習になるのよ。」

美術部顧問の里山先生はそう言って、スケッチブックとデッサン用の鉛筆をそれぞれ取ってくるように指示した。

参加したのは、いつもの1年生メンバーと、2年の先輩方が5人。

「見知った人を描くよりも、普段あまり顔を合わせない人を描く方が面白いわよ~。」

という里山先生のアドバイスを汲んで公平にくじ引きでペアを決めたところ、真夏は二年の大柄な山崎先輩という人とペアになり、涼斗は葉月さんとペアになっていた。

見知った顔ではあるが、くじ引きをやり直すのも手間なのでそのままデッサンが始まる。

真夏は薄く息を吐いた。

葉月さんとペアが良かったな、と思いながら、先輩と向き合い、鉛筆を進めていく。山崎先輩は職人気質なタイプで、ものすごい集中力で鉛筆を走らせていた。

時折こちらの顔を眺めてくる眼光が鋭くて少し気圧される。

負けじとこちらもよく見て描いていく。

が、集中力が切れてくると、段々と暇になってきた。

他の人たちは雑談を挟みつつ和気あいあいと楽しんでいるようなのに、こちらは息が詰まりそうだ。

「山崎先輩、少し休憩しませんか?」

真夏が声をかけたが、集中しているのか、まったく聞こえていないようだった。真夏は表情に出ないように細くため息を吐いた。

仕方がないので意識だけ別のところへやって、気分転換をしていると、斜め前の先に居た涼斗の姿が目に入った。

何やら楽し気に話しているようで、思わず耳を側たてる。

「葉月は、中学時代も美術部だったの?」

涼斗が聞くと、葉月さんは、

「いや、実はね、中学時代は剣道部だったんだ。絵は独学というか、1人で描いてたの。」

と答えた。涼斗の目がぱっと見開かれる。

「え、まじ!?俺も剣道部だったよ。」

「ほんとに!?じゃあ、どこかの大会とかで会ってたかもしれないね。」

二人はそれから、部活トークをしていた。

「アニメでちょっと憧れて入ったんだけど、練習がきつかったのと、そこまで強くなれなかったのもあって辞めちゃったんだ。」

葉月さんが照れ臭そうに笑いながらそう言って、

「夏川くんは、どうして高校では美術部に?」と聞いた。

「俺はそこそこいい結果残せたけど、引退したらなんか燃え尽きたみたいになってさ、新しく情熱を燃やせる何かをつくりたいなと思って美術部に。ほら、真夏がいつも楽しそうに絵を描いているから、それがなんか羨ましいなって。」

頬を掻きながらそう言う涼斗に、真夏は少しびっくりした。

涼斗がそんなふうに思っていたとは全く知らなかったからだ。

なんか照れ臭くなって、顔を俯けると、

「月山くん、あんまり顔動かさないで。」

と山崎先輩の声が前方から飛んできた。

「すみません。」

謝って、またスケッチブックに向き合う。

「夏川くんと、月山くんって仲が良いのね。羨ましいな。」

「仲が良いっていうか、幼馴染で、もはや腐れ縁というか…」

再度、涼斗と葉月さんの話を盗み聞きしながらふと、涼斗がこんなに楽しそうに女子と話しているところを見たのは初めてだな、と真夏は思った。

頬が淡く染まっていて、目元が葉月さんにつられてか、きゅっと細くなっていて、真夏が見たことない表情で笑っていた。なぜか、胸の中がぐるぐると渦巻く感覚がする。

(涼斗、もしかして…)

胸中に浮かんできたその予想に、さらにモヤモヤとしながら、今日の部活動の時間が過ぎていった。

結局、真夏は山崎先輩の顔をあまり納得のいく出来に仕上げられずに終わってしまい、里山先生に見せられずに帰路についた。