次の日の放課後に、2人で部活動を見学に行った。
真夏と涼斗を含めて10人くらいの新入生が見学に来ていて、にこやかで話すのが上手そうな先輩方が新入生の対応、その他の先輩方は、画材運びをしていたり、掃除をしていたり、黙々と作業をしたりしていた。
適材適所で役割分担をしているのだろう。オリエンテーションでも聞いた通りの説明が繰り返され、
「割と自由に活動しているから、気楽に入ってくれるとうれしいな。」
と、美術部部長の山川先輩がそう言った。
が、その奥でキャンバスやスケッチブックに向き合っている先輩たちの様子は殺伐とした雰囲気を醸し出していた。
山川先輩は頬を掻きつつ、
「3年生は、引退前の最後の夏の絵画やイラストコンクールが控えているのと、あと美大を目指している人もいるから、ちょっと今殺気立ってるけど、普段はもっとほんわかしているからね。」
と苦笑いした。
結局、入部したのは真夏と涼斗のほかに、女子が5人と男子が1人で、そのもう一人の男子は2回活動に来た後に来なくなってしまった。幽霊部員になったか退部したのだろう。
よくあることだ。
他の部員も、段々と来たり来なかったりとまばらになってきた。
活動日に毎回きちんと参加するのは、真夏と涼斗、そしてクラスが一つ離れた三組の葉月文夏という女子だけだった。
「あなたたち3人は、皆勤賞で偉いね。」
先輩方ですら、部長と副部長、あと数人のガチ勢を除くと来たり来なかったりとふらふら活動している人ばかりなので3人は良く褒められていた。
「涼斗君とか、見た目めっちゃ運動部なのに美術部に入り浸ってくれていて、なんかうれしい。」
美大を目指しているという、部活ガチ勢の一人の、2年の笹原先輩が水道で絵筆を洗いながらそう言った。
涼斗が照れ笑いを浮かべる。涼斗は黒髪短髪で肌は浅黒く日焼けをしている。
細く見えるが姿勢に安定感があり、程よく筋肉のついた均整の取れた体つきをしていて、そして真夏よりも5㎝ほど背が高い。
要は、いかにも『なんかスポーツやってそう』な容貌なのである。
それに比べて真夏は色素が薄めで線も細い、いかにもインドアな容貌なので涼斗が羨ましくて仕方がない。
真夏は別に運動が苦手なわけではないが、体質的に日に当たっても涼斗のように健康的に焼けずに赤くなってしまうし、筋肉も付きにくいのである。
自らの真っ白な二の腕を睨みながら不貞腐れていると、
「月山くん、その筆洗い用のバケツこっちにもちょうだい。」
横から、春先の陽光のようにふんわりとした声がした。
同じ1年で真面目に部活に参加しているうちの1人である、葉月文夏が声をかけて来たのだった。
葉月は真夏と涼斗と同じクラスだが、教室内では女の子たちのグループに居るのでほとんど話すこともない。
しかし、部活だと同学年が少なくなってしまったため、必然的に話す機会があった。
濃いめの茶髪でふわっとしたくせっ毛にくるんとした栗色の瞳で、華やかだが上品な顔立ちをしている。
クラスでは控えめながらも、時折、ふとした時に名前が出てくる、男子たちの間で密かに人気な女の子だった。
真夏が重ねて抱えていた黄色いバケツを一つ渡すと、文夏はくるんとした瞳をきゅっと細めて「ありがとう!」と気持ちよくお礼を言った。
思わずこちらまで笑顔になる、花のような笑みだった。
真夏がほんわかした気持ちで水を汲みに行く葉月の姿を眺めていると、
「おい、先輩方も待ってるだろうが。」
と、涼斗が横から水を差して来た。
いつにも増して語気が強かったので、ちょっとびっくりした。
「あ、ごめんなさい!」
真夏は我に返って周りを見渡し、こちらへ目を向けていた先輩方の元へ残りのバケツを渡しに行った。
「ぼーっとしてんじゃねぇよ。」
涼斗は真夏の頭を軽く小突き、そのまま不機嫌そうに普段の定位置の席についてスケッチブックを開けると、鉛筆でさまざまな表情や角度の顔を描き始めた。
涼斗は初心者なため、まずは描きたいものの形をしっかりと描けるようにする練習をしているのである。
少し前までは、球体や筒、そしてりんごなど、無機物を中心に熱心に描いていた。
なんでも基礎からしっかりたたき込もうとする姿勢は、武道を極めていた涼斗らしいなと真夏は思った。
真夏自身も、涼斗に負けないように、最近は涼斗に教えるついでにもう一度デッサンの本を読み返し、一からやり直しをしていた。
日本でそこそこ有名な美大卒だという、美術の先生をしている顧問の里山先生に時々アドバイスをもらいつつ黙々と作業をしているうちに、今日もあっという間に日は傾いていき、部活動終了の時間に差し掛かった。
「今日の最後の点検と鍵の当番は…月山くんと葉月さん、よろしくね。」
部長の山川先輩がそう言って、自分が使っていた画材を片付け始めた。
この学校の美術部では、それぞれ使っていたものの片付けは各自で行うのだが、最後それが終わった後に備品が全て返却されているかをチェックしたり、きちんと元通りに清掃されて机や椅子が戻されているかを確認したり、戸締りをして鍵を返しに行ったりするという役目を当番制で行うことになっていた。
当番は1回2人で、毎月の頭にくじ引きで先輩によって決められていた。
当番の子が来ていない場合は部長か副部長が穴埋めをするという形でローテーションしている。
最初は先輩と後輩1人ずつで組んでいたやっていたが、2回目からは完全にランダムだった。
割と自由とはいえ、部活動としてみんなで集まってやっているからには、みんなが活動に参加するべきだという方針を元にこの決まりが作られたらしい。
そんなわけで、今日の当番は真夏と葉月さんだったわけである。
真夏と涼斗はそれぞれが当番の日はお互いを待っているようにしていた。2人の当番の日が被ったことはまだなかった。
涼斗は今日も真夏が終わるまで待っていてくれるかと思ったが、
「悪い、真夏。帰りに母親からちょっと買い物頼まれてんだ。」
と、先に帰ってしまった。真夏は、少し寂しく思いつつ、葉月さんと作業を進めていく。
「そういえば、葉月さんはなんで美術部に入ったんだ?」
美術室に、異性と2人っきりという状況が少し気まずくて、真夏は世話話を振る。静まり返った空気感はどうも苦手なのである。
「絵が好きなのもそうだけど、漫画家になりたいってずっと思ってて。」
葉月は机や椅子の位置を整えながら答える。
「漫画家⁉」
真夏がびっくりして聞き返すと、
「意外って言われることもあるんだけど、私、結構漫画とかアニメが好きでね、よく見るから、そういう作品が自分でも描けたらいいなって。」
そう言って葉月さんは照れ笑いをした。
「すごい、めっちゃ素敵な夢だね…いいなぁ、僕はそういうのないからなぁ。」
絵を描くことが好きで、上手くなりたいという願望はもちろん真夏にもあるけど、その先で何がしたい、とか、何になりたい、みたいな明確な形は、真夏にはまだ思い浮かんでいなかった。
だから、既に夢があって、それをキラキラとした表情で語る葉月の横顔がとても眩しく見えて、思わず目を細めた。
「そういえば、漫画とかアニメって、どういうのが好きなん?」
真夏が聞いてみると、
「なんでも好きだけど、『青色コンパス』とか『コスモ・リセット』が特に好き。」
葉月が挙げた作品は、真夏たちが小学生の頃からあって、今でも連載が続いている漫画だった。
どちらもそれぞれ毛色が異なる冒険譚で、バトル要素があったり、ラブコメ要素があったりして、男女問わず人気を誇っている。
真夏も涼斗も大好きな作品で、お小遣いで単行本をそれぞれ買って貸し借りしているし、毎月その二つの作品が載っている漫画雑誌が出るのを心待ちにしていた。
互いの誕生日のプレゼントは、毎年必ずそれらの漫画のキャラクターグッズである。
「まじ⁉僕も涼斗も、どっちも大好きだよ!」
それから、すっかり暗くなるまで葉月と漫画について語り合っていた。下校時刻を告げる放送が流れてようやく我に返り、慌てて帰路についた。
暗かったので、葉月を家の近くまで送っている間も喋り倒して、ようやく別れるときに、
「月山くん、今日はありがとう。また明日ね。」
そう言って葉月はまた、目をきゅっと細めて笑って手を振った。途端に、顔にぶわっと熱が込み上げてきた。真夏はなんとか、
「お、おう、じゃーな!」
とだけ言うと、そのまま一気に走って帰った。
心臓がばくばく音を立てている。
そんな真夏の様子を、夜空に浮かんだ月が優しく見送ってくれていた。
真夏と涼斗を含めて10人くらいの新入生が見学に来ていて、にこやかで話すのが上手そうな先輩方が新入生の対応、その他の先輩方は、画材運びをしていたり、掃除をしていたり、黙々と作業をしたりしていた。
適材適所で役割分担をしているのだろう。オリエンテーションでも聞いた通りの説明が繰り返され、
「割と自由に活動しているから、気楽に入ってくれるとうれしいな。」
と、美術部部長の山川先輩がそう言った。
が、その奥でキャンバスやスケッチブックに向き合っている先輩たちの様子は殺伐とした雰囲気を醸し出していた。
山川先輩は頬を掻きつつ、
「3年生は、引退前の最後の夏の絵画やイラストコンクールが控えているのと、あと美大を目指している人もいるから、ちょっと今殺気立ってるけど、普段はもっとほんわかしているからね。」
と苦笑いした。
結局、入部したのは真夏と涼斗のほかに、女子が5人と男子が1人で、そのもう一人の男子は2回活動に来た後に来なくなってしまった。幽霊部員になったか退部したのだろう。
よくあることだ。
他の部員も、段々と来たり来なかったりとまばらになってきた。
活動日に毎回きちんと参加するのは、真夏と涼斗、そしてクラスが一つ離れた三組の葉月文夏という女子だけだった。
「あなたたち3人は、皆勤賞で偉いね。」
先輩方ですら、部長と副部長、あと数人のガチ勢を除くと来たり来なかったりとふらふら活動している人ばかりなので3人は良く褒められていた。
「涼斗君とか、見た目めっちゃ運動部なのに美術部に入り浸ってくれていて、なんかうれしい。」
美大を目指しているという、部活ガチ勢の一人の、2年の笹原先輩が水道で絵筆を洗いながらそう言った。
涼斗が照れ笑いを浮かべる。涼斗は黒髪短髪で肌は浅黒く日焼けをしている。
細く見えるが姿勢に安定感があり、程よく筋肉のついた均整の取れた体つきをしていて、そして真夏よりも5㎝ほど背が高い。
要は、いかにも『なんかスポーツやってそう』な容貌なのである。
それに比べて真夏は色素が薄めで線も細い、いかにもインドアな容貌なので涼斗が羨ましくて仕方がない。
真夏は別に運動が苦手なわけではないが、体質的に日に当たっても涼斗のように健康的に焼けずに赤くなってしまうし、筋肉も付きにくいのである。
自らの真っ白な二の腕を睨みながら不貞腐れていると、
「月山くん、その筆洗い用のバケツこっちにもちょうだい。」
横から、春先の陽光のようにふんわりとした声がした。
同じ1年で真面目に部活に参加しているうちの1人である、葉月文夏が声をかけて来たのだった。
葉月は真夏と涼斗と同じクラスだが、教室内では女の子たちのグループに居るのでほとんど話すこともない。
しかし、部活だと同学年が少なくなってしまったため、必然的に話す機会があった。
濃いめの茶髪でふわっとしたくせっ毛にくるんとした栗色の瞳で、華やかだが上品な顔立ちをしている。
クラスでは控えめながらも、時折、ふとした時に名前が出てくる、男子たちの間で密かに人気な女の子だった。
真夏が重ねて抱えていた黄色いバケツを一つ渡すと、文夏はくるんとした瞳をきゅっと細めて「ありがとう!」と気持ちよくお礼を言った。
思わずこちらまで笑顔になる、花のような笑みだった。
真夏がほんわかした気持ちで水を汲みに行く葉月の姿を眺めていると、
「おい、先輩方も待ってるだろうが。」
と、涼斗が横から水を差して来た。
いつにも増して語気が強かったので、ちょっとびっくりした。
「あ、ごめんなさい!」
真夏は我に返って周りを見渡し、こちらへ目を向けていた先輩方の元へ残りのバケツを渡しに行った。
「ぼーっとしてんじゃねぇよ。」
涼斗は真夏の頭を軽く小突き、そのまま不機嫌そうに普段の定位置の席についてスケッチブックを開けると、鉛筆でさまざまな表情や角度の顔を描き始めた。
涼斗は初心者なため、まずは描きたいものの形をしっかりと描けるようにする練習をしているのである。
少し前までは、球体や筒、そしてりんごなど、無機物を中心に熱心に描いていた。
なんでも基礎からしっかりたたき込もうとする姿勢は、武道を極めていた涼斗らしいなと真夏は思った。
真夏自身も、涼斗に負けないように、最近は涼斗に教えるついでにもう一度デッサンの本を読み返し、一からやり直しをしていた。
日本でそこそこ有名な美大卒だという、美術の先生をしている顧問の里山先生に時々アドバイスをもらいつつ黙々と作業をしているうちに、今日もあっという間に日は傾いていき、部活動終了の時間に差し掛かった。
「今日の最後の点検と鍵の当番は…月山くんと葉月さん、よろしくね。」
部長の山川先輩がそう言って、自分が使っていた画材を片付け始めた。
この学校の美術部では、それぞれ使っていたものの片付けは各自で行うのだが、最後それが終わった後に備品が全て返却されているかをチェックしたり、きちんと元通りに清掃されて机や椅子が戻されているかを確認したり、戸締りをして鍵を返しに行ったりするという役目を当番制で行うことになっていた。
当番は1回2人で、毎月の頭にくじ引きで先輩によって決められていた。
当番の子が来ていない場合は部長か副部長が穴埋めをするという形でローテーションしている。
最初は先輩と後輩1人ずつで組んでいたやっていたが、2回目からは完全にランダムだった。
割と自由とはいえ、部活動としてみんなで集まってやっているからには、みんなが活動に参加するべきだという方針を元にこの決まりが作られたらしい。
そんなわけで、今日の当番は真夏と葉月さんだったわけである。
真夏と涼斗はそれぞれが当番の日はお互いを待っているようにしていた。2人の当番の日が被ったことはまだなかった。
涼斗は今日も真夏が終わるまで待っていてくれるかと思ったが、
「悪い、真夏。帰りに母親からちょっと買い物頼まれてんだ。」
と、先に帰ってしまった。真夏は、少し寂しく思いつつ、葉月さんと作業を進めていく。
「そういえば、葉月さんはなんで美術部に入ったんだ?」
美術室に、異性と2人っきりという状況が少し気まずくて、真夏は世話話を振る。静まり返った空気感はどうも苦手なのである。
「絵が好きなのもそうだけど、漫画家になりたいってずっと思ってて。」
葉月は机や椅子の位置を整えながら答える。
「漫画家⁉」
真夏がびっくりして聞き返すと、
「意外って言われることもあるんだけど、私、結構漫画とかアニメが好きでね、よく見るから、そういう作品が自分でも描けたらいいなって。」
そう言って葉月さんは照れ笑いをした。
「すごい、めっちゃ素敵な夢だね…いいなぁ、僕はそういうのないからなぁ。」
絵を描くことが好きで、上手くなりたいという願望はもちろん真夏にもあるけど、その先で何がしたい、とか、何になりたい、みたいな明確な形は、真夏にはまだ思い浮かんでいなかった。
だから、既に夢があって、それをキラキラとした表情で語る葉月の横顔がとても眩しく見えて、思わず目を細めた。
「そういえば、漫画とかアニメって、どういうのが好きなん?」
真夏が聞いてみると、
「なんでも好きだけど、『青色コンパス』とか『コスモ・リセット』が特に好き。」
葉月が挙げた作品は、真夏たちが小学生の頃からあって、今でも連載が続いている漫画だった。
どちらもそれぞれ毛色が異なる冒険譚で、バトル要素があったり、ラブコメ要素があったりして、男女問わず人気を誇っている。
真夏も涼斗も大好きな作品で、お小遣いで単行本をそれぞれ買って貸し借りしているし、毎月その二つの作品が載っている漫画雑誌が出るのを心待ちにしていた。
互いの誕生日のプレゼントは、毎年必ずそれらの漫画のキャラクターグッズである。
「まじ⁉僕も涼斗も、どっちも大好きだよ!」
それから、すっかり暗くなるまで葉月と漫画について語り合っていた。下校時刻を告げる放送が流れてようやく我に返り、慌てて帰路についた。
暗かったので、葉月を家の近くまで送っている間も喋り倒して、ようやく別れるときに、
「月山くん、今日はありがとう。また明日ね。」
そう言って葉月はまた、目をきゅっと細めて笑って手を振った。途端に、顔にぶわっと熱が込み上げてきた。真夏はなんとか、
「お、おう、じゃーな!」
とだけ言うと、そのまま一気に走って帰った。
心臓がばくばく音を立てている。
そんな真夏の様子を、夜空に浮かんだ月が優しく見送ってくれていた。
