青い朧月

一人でゲームをするのはいつぶりだろうか。

普段は涼斗とするけど、涼斗とは未だに話せていないので、今日はオンライン対戦で、知らない人とマッチして対戦する。

当たったのは涼斗みたいな真っすぐで気持ちの良いプレーをするプレイヤーではなく、姑息な手を使って勝ちに来るタイプだった。

こういう相手には大抵ボコボコに負けるから苦手だ。

案の定負けて、イライラしながら真夏はゲーム機のスイッチを切り、ベッドに身体を投げ出した。

暇だ。今日は部活がなく、葉月は用事があって忙しい。直近にテストもなく、課題などは既に終わってしまっていた。

普段ならこういう時は必ず涼斗と会う。

だけど、涼斗は相変わらず、連絡を返してくれないし、まともに口も聞いてくれない。

家に行っていいのか分からないので、家に突撃することもできずにいた。

涼斗の家にはまだ小さな妹ちゃんたちが居るため、感情に任せて訪ねて行くわけにはいかない。

真夏が寝そべったまま横に一回転すると、投げ出したコントローラーが床に落ちて、ゴンッと鈍い音を立てた。

のそりと起き上がって、腕を伸ばして拾おうとすると、ベッド横の本棚と目が合う。

「あ、これ、返さなきゃ…」

涼斗に借りていた『青色コンパス』の新刊だった。

抜き出してパラパラと捲っていると、前にこの部屋で、僕たちの間では初めての恋バナをした時のことを思い出した。

胸に抱く淡い気持ちを口にしながら、耳や首がじんわりと紅く染まっていく涼斗の横顔を思い出して、心が締め付けられるように痛む。

「涼斗も、葉月のこと、好きだったんだもんな…」

そう呟き、しばらく感傷に浸ったが、

「だけどさぁ、」

真夏はがばっと起き上がり、そのまま外に飛び出した。

涼斗の家の方角ではなく、ただ何も考えずに走る。

「だけど、『恨みっこなし』って言ったじゃないか。」

気持ちがぐしゃぐしゃしたのを発散するように、ただ走った。

体育会系ではないけれど、どうにもならずにフラストレーションが溜まったときは身体を動かしたくなるのである。

真夏はそのまま気が済むまで走って、足を止めたのは、『月鏡神社』という、小さい頃に涼斗と共によく遊んだ場所だった。

息を弾ませつつ石段を登った先には、少し低めの赤い鳥居があり、そこを抜けてさらに進むと、奥に大きな寺のような建物と、その前に、賽銭箱と鈴があった。

大きな寺のような建物は、偶にお祓いや祭事をするときだけ開いている。

周囲に広めの縁側があり、遊び疲れたときはそこで寝そべったりしていたのが懐かしい。

真夏は一旦そこを逸れて、敷地内を歩く。

申し訳程度の赤いブランコと、開けた何もない場所があり、子供が遊んでも良いようになっている。

今は『ボール遊び厳禁』と書かれた札が立っているけど、昔はそれが無かったため、ここでキャッチボールやサッカーをしてものを破損させる子供が多くいた。

その頃の名残は、今も境内のあちこちにある。

真夏と涼斗がつけた傷も残っていて、その時のことを思い出して少し口角が上がった。

ちなみに、この『月鏡神社』の名前の由来は、「高台にある神社で、月が綺麗に見えるから」、だとか、「ただ何となく、美しい感じの名前を付けたかったからじゃないかな」、とかさまざまな噂が囁かれているけど、詳細は不明だ。

小さい頃は、ここで涼斗と、ボール遊びやブランコ漕ぎ、冒険ごっこをするのが楽しかった。

しかし、大きくなってくるとそれらがつまらなくなり、すっかり来なくなってしまっていた。

ぐるりと見渡した景色はあの頃と殆ど変わってなくて、懐かしいような、切ないような気持ちになった。

きっとこういう気持ちをエモいと言うんだろうな、なんて思いながら、賽銭箱のある、お参りをする場所まで戻ってきた。

大きな賽銭箱を覗き込むと、少しだけ構造が変わっていた。昔はこうして上から覗き込むと中の賽銭が見えて、

「手を突っ込んだら取れそうだね。」

なんて会話を涼斗とした覚えがあったのに、今は奥の方に斜めに板がついていて、覗き込んでも中が見えないようになっていた。

もちろん、賽銭を盗むような罰当たりなことなんてしたことはないけど、こうして変わってしまった部分を見ると、急に寂しい気持ちになった。

真夏は、賽銭箱に5円玉を放り込み、

「久しぶりだな、神様。」

と、昔やっていたように神様に話しかけてみた。

これは、どちらかというと女の子たちがやっていた遊びで、こうしてここで神様に話しかけると答えが返って来るという噂があった。

真夏と涼斗も何度か試したことがある。

当時、ちょっとの間すごく流行っていて、それをふと思い出してやってみたのだ。

「僕のこと、覚えているか?昔は涼斗と一緒によく来ていたんだよ。ほら、僕と一緒にいた、短髪でやんちゃだった奴。」

当たり前だが、特に何か声が返って来ることはない。

だから、逆に胸の内を打ち明けやすかった。真夏はそのまま言葉を続ける。

「涼斗は、今日は居ないんだ。ちょっと喧嘩?みたいな感じになっちゃってさ。全然話せなくなっちゃった。幼馴染で、ずっと親友で、ずっと、気づけば一緒に居るくらいだったのにな。」

風が吹いて、建物の横に立っている立派な御神木がざわざわと揺れた。

樹齢700年を超えると言われている大きなクスノキだ。

この樹の音まで懐かしい。

「なぁ、神様。僕はやっぱり、葉月に告白しないほうがよかったのかな。そしたら、僕は今日涼斗と一緒にここに来られていたのかな。」

視線の先が湾曲する。

思わず目元を擦ると、腕には生温かい水がついた。

鼻の奥がツーンと痛くなって、さらに目に熱いものが溢れてくる。

「…寂しいよ。もし涼斗が葉月と付き合っていたなら、僕はこんな気持ちにならなかったかな。」

真夏が、涙で詰まった声でそう呟いたとき、唐突に吹いた突風がガランッと、賽銭箱の前に垂れた鈴につながる紐を揺らした。

面食らっていると、後ろに強く突き飛ばされるような衝撃を感じ、しりもちをついた。

「な、なんだ!?」

間髪入れずに今度はピカッと眩しい光が立ち込め、真夏は反射的に目を瞑った。

耳の奥で、微かに

『お前が望むのであれば、その未来を見せてやろう。』

という声がして、そのまま真夏の意識は、どこか暗い所へと吸い込まれて行った。