一花が気配を残して馨の家を出て行った後、静まり返ったリビングに、スマートフォンの短い通知音が寂しく響いた。
ソファに座ったまま、馨は虚ろな目でテーブルの上の画面を見つめた。
画面に浮かび上がっていたのは、実の母親からの冷淡なほど短いメッセージだった。
『馨、母さん、再婚することにした』
その文字を目にした瞬間、馨の指先から力が抜けた。スマートフォンを持っていた腕が、重力に逆らうのをやめたように、下へとゆっくり下ろされていく。
いつも一花をからかい、不敵に笑っていた彼の瞳からは、完全に光が消え失せていた。ガラス玉のような冷たい目で、誰もいない暗いリビングの空間をじっと見つめる。
「俺も……そろそろ潮時かな……」
ぽつりと溢れた呟きは、誰に届くこともなく、静かな部屋の空気に溶けて消えた。その声には、底知れない諦念と、深い孤独が滲んでいた。
一方、そんな馨の胸に渦巻く暗い過去や、彼が抱える傷の深さなど知る由もない一花は、重い足取りで自分の自宅へと戻っていた。
様々な感情に引き裂かれながら、一花はさらに深い運命の渦へと足を踏み入れていくのだった。



