TRAP×GIRL【完結】



一花はごくりと乾いた唾を飲み込み、震える指先で通話ボタンを押した。
 ワンコールすら鳴り終わらないうちに、鋭い電子音が切れて朔也の声が飛び込んでくる。

『一花!? やっと電話に出てくれた! ごめんね、この前、俺寝てしまって……怒らせたかと思って。俺、心配で、心配で……っ』

 受話器の向こうから伝わってくるのは、息を弾ませた朔也の必死な声だった。一花は胸の動揺を必死に押し殺し、努めて平静を装った声を出す。

「朔也くん? 怒ってないよ! ごめんね、電話に出られなくて……ちょっと、体調が悪かったの。ごめんね、本当に……」

 それは、あながち嘘ではなかった。心は今もずたずたに引き裂かれ、熱を帯びたように痛んでいる。

『え、大丈夫? そっか、そうだったんだ……気付いてあげられなくてごめん。……一花、俺のこと嫌いになってない……?』

 どこか縋るような、不安を隠しきれない朔也の問いかけ。一花は迷いを振り払うように言葉を紡ぐ。

「嫌いになんてなってないよ……。私、朔也くんが好きなんだから……」

『本当……? じゃあ、―――なんで馨といるの……?』

 ドサリ、と頭の上から冷水を浴びせられたようだった。一花は驚愕のあまり、言葉を失ってその場に固まった。

(……えっ)

 なんで知っているの? どうして?
 一瞬の間に、無数の焦燥と衝撃が頭の中をぐるぐると駆け巡る。冷や汗が背中を伝うのを感じた。

 しかし、そんな一花の恐怖を見透かしたように、電話の向こうから「くすくす」と低い笑い声が聞こえてきた。

『あは、ジョークだよ。ジョーク。俺の可愛い一花が、そんな裏切るようなこと、するわけないよね……?』

 受話器から漏れる朔也の笑い声は、どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか、その表情が全く読み取れない。底知れない恐怖に一花が戦慄した、その時だった。

 背後からそっと、温かい肌の温もりが近づき、馨の長い腕が一花の身体を優しく包み込んだ。

「……っ!!」

 声にならない動揺が走り、一花は心臓が口から飛び出しそうになるのを必死に堪えた。馨の存在が朔也に伝わってしまう――その恐怖でパニックになりながら、早口で受話器に叫ぶ。

「も、もう! そんなことしないよっ! 朔也くん、じゃあ、また連絡するね……!」

 逃げるように通話を切ると、スマートフォンの画面が暗転した。一花は弾かれたように馨を振り返り、鋭い視線を投げつける。

「ちょっと! 何してるの! バレるところだったじゃん!」

 本気で怒る一花を見て、馨は「くすっ」と愉快そうに目を細めた。そして、一花の怒りをなだめるように、その頭を優しく、大きな手で撫でる。

「でも、演技上手だったよ? 一花ちゃん」

 耳元で甘く囁かれたその声に、一花の心臓がドクリと跳ねた。怒っていたはずなのに、一気に顔に熱が上がっていくのが分かる。
 馨はそのまま、拒む隙を与えないほどゆっくりと、一花の身体を抱き締めた。

 抵抗しなければいけないのに、なぜか身体に力が入らない。
 馨の腕の温もりに囚われたまま動けない一花に、彼は静かに、重みのある言葉を告げた。

「一花、復讐はまだ終わってないよ。ちゃんと朔也と向き合って……。それでもしダメだったら……俺がこれからずっと、一花を愛してあげるから」

 その言葉は、優しく心地よい呪縛のように、一花の耳の奥に深く刻み込まれる。


「―――忘れないでね」


 馨の胸の中で、一花は朔也の底知れない疑惑と、馨の甘い誘惑の狭間に立たされ、激しく揺れ動いていた。