翌朝、一花が重い瞼を開けると、ぼやけた視界がゆっくりと焦点を結んでいった。
視界に飛び込んできたのは、すぐ間近でスヤスヤと穏やかな寝息を立てている馨の寝顔だった。しかも、一花の身体は彼の逞しい腕の中にすっぽりと収まり、強く抱きしめられている。
「きゃあ!」
一花は短い悲鳴を上げて、跳ね起きるように馨の腕から飛び出した。
その拍子に、馨が眠そうな目をこすりながら、ゆっくりと身体を起こす。
「んー……? 何、おはよ」
まだ寝ぼけ眼のまま、いつもと変わらない低いトーンで呟く馨。対する一花は、耳の裏まで真っ赤に染め上げてパニックに陥っていた。
「おはよじゃないよ! え、どういうこと!? なんで私……っ!」
取り乱す一花を見て、馨の口元がクスッと意地悪そうに歪んだ。
「え、覚えてないの? 昨日あんなに愛し合ったのに?」
「んな、わけないでしょ! 変態っ!」
一花はベッドの上の枕をひったくると、馨の顔面めがけて全力で投げつけた。
ボフッ、と綺麗に命中した音を聞きながら、一花の脳内は恐ろしいほどの焦燥感で満たされていく。
いくら自暴自棄になっていたとはいえ、一応は彼氏――それも復讐相手である朔也――がいる身だ。
それなのに、まんまと馨の家に泊まり、同じベッドで朝を迎えてしまうなんて、一体なんてことをしてしまったのだろう。
投げつけられた枕を片手で受け止めながら、馨は呆れたように笑った。
「素直じゃないなぁ、一花ちゃんは。ま、元気が出たならよかったけど」
その言葉に、一花の心臓がドクリと大きく跳ねた。
馨が自分を元気づけるために、わざと意地悪な態度を取ってくれたのだと気づいてしまったからだ。
一花は恥ずかしさを隠すように、ぷいっとそっぽを向いた。
「……ありがとうとか、絶対に言わないからね」
その時、サイドテーブルの上で、一花のスマートフォンが激しく振動しながら青白い光を放った。
何気なく画面に目を落とした瞬間、一花の顔からすうっと血の気が引いていく。
"不在着信(20)"
画面を埋め尽くしていたのは、すべて朔也からの容赦のない着信履歴だった。
「……っ」
冷たい現実が引き戻され、一花は息が詰まるような恐怖と焦りに包まれていった。



