会場を後にした一花の身体からは、まるで魂そのものが抜け落ちてしまったかのようだった。足元はおぼつかなく、ただ操り人形のように、とぼとぼと当てもなく歩き続ける。
世界で一番愛した父に、残酷な別れを告げられた。その事実だけで、彼女の心は光の届かない底の底へと、まっさかさまに墜ちていった。
やがて、どんよりとした空からぽつぽつと雨が降り出し、またたく間に激しい本降りへと変わった。
お気に入りだったはずの花柄のワンピースが、容赦なく冷たい雨を吸って肌に張り付いていく。行き交う通行人たちは、傘もささずにずぶ濡れで歩く一花を奇異の目で眺め、避けるようにして足早に走り去っていった。しかし、一花には彼らの視線すら届かない。
大通りの真ん中で、ついに一花の足から力が抜けた。
水たまりのできたアスファルトの上に、力なく地べたに座り込む。
冷たい雨に打たれようが、綺麗に整えた髪がクシャクシャになろうが、もう全てがどうでもよかった。
ただ、父から突きつけられた現実だけが、一花の胸に巨大なガラスの破片となって深く突き刺さっていた。動くたびに、呼吸をするたびに、胸の奥が鋭く、血を流して痛む。
虚ろな目で、ぼんやりと地面を見つめた。
すぐそばにある花壇の隅に、一枚の影が見えた。激しい雨に羽根を濡らされ、土の上で身動きが取れなくなった一匹の蝶が、弱々しく横たわっている。
(……私と、同じだ)
どんなにもがいても、もう飛ぶことはできない。たどり着くべき場所さえ、とうに見失ってしまった。
これまで、何を目的に生きてきたのだろう。何のために、あの苦しい日々を耐えてきたのだろう。心の拠り所を完全に失った一花には、自分の存在理由さえ分からなくなっていた。
「ねぇお願い…私を…愛してると言って…」
悲しい一花の蚊の鳴くようなつぶやきは、雨音にかき消されて、流れていく。
雨の音だけが世界を支配する中、一花は深く頭を垂れ、ただじっと耐えるように座り込んでいた。
その時。
激しく身体を叩いていた雨の感触が、ふっと消えた。
自分の周りだけ、世界の音が遠のいたかのような錯覚。
一花がゆっくりと、重い瞼を持ち上げる。
視界に飛び込んできたのは、濡れたアスファルトに広がる、大きな傘の影だった。
差し掛けられた傘の向こうから、静かに自分を見下ろしている人物がいた。
「……何してんの、こんなところで」
そこには、雨のを背景に受けながら、一花を見つめる碓氷馨の姿があった。



