一花は目を見開いたまま、信じられないという顔で固まった。
視界が急激に歪み、熱い塊が次々と目尻から溢れ出ていく。
「何で……? 何でそんなこと言うの……? 私は、ずっとパパを愛してるんだよ? パパは私のこと、嫌いになっちゃったの……?」
ぽたり、と大粒の涙が床に落ちて、小さなシミを作った。一花の口からは、堰を切ったように言葉が溢れ出す。
「この女のせいで、パパは私から離れたんだよ!? なのに……どうして、そんな女を庇うの……?」
激しく取り乱す一花を前に、蒼士はそっと手を伸ばした。その大きな手の甲で、彼女の頬を伝う涙を優しく拭う。
「悪かった……ずっと一花を苦しめてしまっていたんだな」
蒼士の顔に、深い自責の色が広がる。
「教授からお前の話を聞いたとき……俺は、お前が何をしでかすか分からないと、ある程度の覚悟はしていたんだ。いいか、一花。俺も、ずっと一花を愛しているよ。それは本当だ。でもね……もう全て終わったことなんだ。どうか……英舞と朔也くんを、許してあげてほしい」
悲痛な蒼士の願いは、一花の心に鋭いナイフとなって突き刺さった。心の中が、音を立ててズタズタに引き裂かれていく。
「どうして……? どうしてなの……!? 終わってないよ……私は絶対に許せない……! パパの愛は、ずっと私のものだったのに!! どうしてよ……!!」
一花は叫び、蒼士の胸に縋りついた。狂おしいほどの拒絶と絶望が彼女を支配していく。
「ママだって……パパがいなくて寂しいって、ずっと泣いてたんだよ!? なのに、何でパパはそんなこと言うのよ!!」
蒼士は苦しげに目をつぶった。そして、一花の細い肩を抱き寄せながら、現実という名の残酷な言葉を、一言ずつ、言い聞かせるように口にした。
「一花。もう、母さんとは終わったことなんだ。皆、それぞれの道を歩んでいくんだよ」
その声は、優しく、けれど冷徹なほどに静かだった。
「いいか、一花……俺は、戸籍上はもうお前の父親じゃないんだ。だから、一緒にはもう、いられないんだよ。どうかわかってくれ……」
突きつけられた『事実』に、一花の息が止まる。
「こんな風にお前に寂しい思いをさせてしまった俺が、一番悪い。もし罪を問われるなら、俺は何だって償う。だから……」
蒼士は一花をきつく抱き締めた。
けれど、その腕の温もりすら、今のの一花には何の救いにもならなかった。
こんな言葉を望んでいたわけじゃない。パパを苦しめた奴らを壊せば、また昔みたいに、私だけの優しいパパに戻ってくれると信じていたのに。
それなのに、父は私に、残酷な別れまで告げようとしている。
(どうして……どうして……?)
頭の中がぐちゃぐちゃに掻き回され、激しい眩暈が一花を襲う。パパの胸の中で、一花の思考はただ、底のない暗闇へとぐるぐると墜ちていった。



