TRAP×GIRL【完結】



一花はようやく、復讐の目的地である夏目朔也の家にたどり着いた。

 玄関を抜け、廊下を進んだ先にある朔也の部屋へと通される。初めて入る彼のプライベートな空間に、一花は「緊張で戸惑う少女」の素振りを完璧にみせた。
 視界に飛び込んできた彼の部屋は、驚くほど綺麗に、シンプルに整頓されている。余計なものは一切置かれておらず、彼の生真面目な性格をそのまま映し出しているようだった。

「男の子の部屋なのに、すごく綺麗にしてるんだね」

 一花は感心したように微笑んだ。朔也は少し照れくさそうに頭をかき、目元を緩めて笑う。

「一花が来るとなったら、片付けないわけにいかないからね。……ちょっと恥ずかしいから、あんまりジロジロ見ないでね」

 そう言い残すと、朔也は「飲み物、持ってきてあげる」と部屋を出て行った。

 パタパタと彼の足音が遠ざかり、完全に一人の空間になった瞬間、一花はすっと優しげな表情を消し去った。冷徹な光を宿した瞳で、素早く部屋の中を見渡す。

 まず目を引いたのは、壁際に置かれた棚だった。一花は音を立てずに近づき、そこに並ぶ本の背表紙を凝視する。

(……っ!)

 ドクンと鳴る衝撃が、一花の胸を激しく突いていく。
 そこには、一花の父親がかつて執筆した小説が、狂気を感じるほどびっしりと全巻並んでいたのだ。そしてその中には、一花が今も大切に持っている、父の代表作である『涙。』も確かに含まれていた。

(やっぱり、そうなんだ……)

 確信が憎しみに変わる。朔也は、一花の父親に異様なほどの憧れを抱いているに違いない。パパから家族を奪い、自分から父親の愛を強奪した不倫相手の息子が、何食わぬ顔で父親の作品をコレクションしているのだ。底を知らないかのように湧き上がる嫉妬心と嫌悪感が心の奥底から這い上がってきて、一花はあまりの不快感に胸焼けを起こしそうになった。

 憎悪が彼女の理性を狂わせていく。綺麗に整頓された勉強机。あの引き出しの中には、一体何が入っているのだろうか。父の形見や、あの不倫の証拠、母親の秘密が隠されているのではないか。
 一花はごくりと重い生唾を飲み込んだ。今すぐ引き出しを開けて貪るように探りたいという衝動と、いつ朔也が戻ってくるか分からない焦りの間で、激しい精神戦が繰り広げられる。

 ――ガチャリ。

 静寂を破る非情な音が響き、一花は弾かれたように棚から身体を離した。
 トレイにグラスを乗せ、飲み物を運んできた朔也がドアの向こうに立っていた。彼は一花の動揺に気づかない様子で、申し訳なさそうに微笑む。

「お待たせ。ごめんね、コーヒー切らしてて……オレンジジュースでいいかな?」

 一花は瞬時に引きつる顔を戻し、満面の笑みを貼り付けた。

「うん、何でも嬉しい! ありがとう、朔也くん」

 差し出されたグラスを受け取りながら、一花は服ののポケットに忍ばせた「錠剤」の感触を意識していた。