静寂が支配する観覧車のゴンドラ。
一花を強く抱きしめたまま、朔也は耳元で低く呟いた。
「一花、好きだよ」
その言葉を聞いた瞬間、一花は張り詰めていた息をそっと吐き出し、胸の内で安堵した。さっき自分が見せた拒絶の反応を、彼はただの体調不良か何かに受け取ってくれたのだ。
「うん……私もだよ、朔也くん」
一花は完璧な愛を返すように、朔也の背中に細い腕を回し、ぎゅっと抱きしめ返した。これでいい。計画はまだ壊れていない。
しかし、朔也はゆっくりと、どこか冷たい口調で次の言葉を紡ぎ出した。
「本当に……?」
「え……?」
「本当に、俺のことが好きなの?」
その問いに、一花の背筋を不穏な冷気が駆け抜ける。けれど、ここで引くわけにはいかない。
「うん、ずっと朔也くんが大好きだよ」
一花はいつもの甘い声を絞り出した。すると、朔也はゆっくりと身体を離し、一花の頬にその両手を添えた。逃がさないとばかりに固定される視界。朔也はそのまま、一花の唇を奪うように顔を近づけてくる。
一花は内心の激しい動揺を隠し、彼の行動を受け入れようと、静かに瞼を下ろした。
だが、唇が重なることはなかった。
至近距離で、朔也の低い声が鼓膜を打つ。
「じゃあ、俺と――馨、どっちが好き?」
ドクン、と心臓が破裂しそうなほど大きく脈打った。
一花は弾かれたように目を見開いた。
目の前にいたのは、いつもの穏やかな彼ではなかった。まるで今にも泣き出しそうな、切なく、酷く悲しむ表情で自分を見つめる朔也の姿があった。
あまりの衝撃に、一花の脳は完全にフリーズした。
「……え」
言葉が、それ以上出てこない。
一花の胸の内で、最悪の焦燥感と恐怖が一気に噴き出す。
(……もしかして、どこかで見られてた? 全部バレた……? それとも、男が、裏で何か朔也くんを誑かしたとか…?)
パニックに陥りそうになりながらも、一花は必死に驚いた顔を作り、話をはぐらかそうと声を荒らげた。
「え? ちょっと待って……なんでここで、碓氷くんの名前が出てくるの?」
必死に無実を訴える一花を、朔也はしばらくの間、感情の読めない瞳で見つめ続けた。ゴンドラが頂上を過ぎ、ゆっくりと下降を始める。
沈黙の後――朔也は、クスッと小さく喉を鳴らして笑った。
「はは、冗談だよ。ごめん、今日ずっと一花が馨と楽しそうに話してたから、ちょっと妬いてたみたい。意地悪した」
クスクスと、いつものお人好しな笑顔に戻っていく朔也。
一花は全身の力が抜けるほどの凄まじい安堵を覚え、「……、なんだぁ! びっくりした! 朔也くん、酷いよぉ~」と涙目を演じながら、彼の胸へと勢いよく飛び込んだ。
朔也の背中に回した両手。その指先が、怒りと屈辱で激しく震えていた。
彼の胸に顔を埋めたまま、一花の表情は般若のように恐ろしく歪む。
(もう少しだったのに…… なんでいつも、こう上手くいかないの……っ)
キリリ、と奥歯を噛み締め、一花は笑顔の仮面の裏側で、自分を弄ぶ二人の男への激しい憎悪を燃え上がらせていた。



