鏡の迷路をどうにか抜け出した一花と馨の周りには、他人が見れば異様だと感じるほどの、張り詰めた重い空気が漂っていた。
しかし、出口で待ちくたびれていた空麗は、二人の姿を見つけるなり「待ってました」とばかりに明るく駆け寄ってきた。
「もう! 遅いよ、一花~! 馨くんも! 二人して迷ってたの?」
屈託のない親友の笑顔と声に、一花は少しビクリとして表情を硬くした。
認めたくなかった。あの暗い鏡の世界で、馨の強烈な執着と切ない告白に、自分の心がじわじわと侵食されていたなんて。
完全に拒絶しきれず、どこかで絆されてしまっていた自分を、突きつけられた現実に引き戻されるのが怖かった。
そんな一花の動揺を覆い隠すように、馨はすぐにいつもの軽い笑みを浮かべた。
「いやー、参ったよ。同じところをぐるぐる回ってさ、最後にぴったり出口で出くわしたんだよね。笑っちゃうよね本当」
よくもまあ、そんな嘘がボロボロと口から出てくるものだ。
一花は内心でその滑らかな演技に呆れつつ、引きつる顔で苦笑いを浮かべた。
「……うん。私、こういう迷路苦手かも。あはは……」
乾いた笑い声しか出ないほど、一花の精神は疲れ切っていた。
その様子をじっと見ていた朔也が、心配そうに一花へと近づいてきた。
「大丈夫? 一花」
そう言って、労わるように一花の頬へと優しく手を伸ばす。
――けれど、一花の身体は、朔也の温かい手が触れる前にビクリと強張ってしまった。
拒絶するかのように身を硬くした一花の反応に、朔也は一瞬、驚いたように目を見開いた。
その瞳の奥に、言葉にできない不穏な光が過る。
しかし、彼はすぐにいつもの穏やかな笑みを浮かべてその場を流した。
「そっか。……じゃあ、あっちのベンチで少し休憩しようか」
朔也はそれ以上追及することなく、一花の背中にそっと手を添えて歩き出した。
一花は彼の優しさに従いながらも、自分の身体が朔也の体温を拒み、まだあのシトラスの香りと額の感触を覚えていることに、激しい恐怖を感じていた。



