カフェでの約束通り、一花は空麗の背中を押し、空麗もまた一花の誘導に従って、なるべく碓氷馨に声をかけるようになっていた。
ある日の昼休み、空麗が頬を上気させ、にこにこと満面の笑みで一花のもとへ駆け寄ってきた。
「一花! さっき、馨くんと話せたっ……!」
「本当? よかったね!」
一花は親友の恋を応援する優しい笑顔で答えながら、内心では計画が順調に進んでいることに安堵していた。
実際、時折廊下を通りかかると、馨が空麗に優しく話しかけている姿を目にすることがあった。いつも飄々としている馨が、空麗の前ではいかにも「優しい男」の顔をしている。そして馨は、一花が通りかかるのを察すると、その様子を面白そうにちらりと一花に向けて視線だけを寄せてくるのだ。
一花はそれを、どこまでも冷静な心境で見つめ返していた。
(何よ。やっぱり誰でもいいんじゃない……。あんな優しい顔して…、私にキスしたくせに、本当に信じられない)
胸の奥に灯ったわずかな苛立ちを振り払うように、一花はふんっと顔を背け、そのまま教室へと戻った。
所詮、あの男の「本気」なんてその程度のものだ。
空麗が彼を惹きつけてくれている今こそ、自分の本来の目的に集中する絶好の機会だった。
教室内では、朔也がちょうど学級委員会の仕事を終えて戻ってきたところだった。
一花の姿を見つけると、朔也は親しげに手招きをして彼女を呼び寄せる。
「ねぇ一花、ちょっといい?」
「どうしたの、朔也くん?」
一花が近づくと、朔也はいつも通りの優しい笑顔を浮かべて、待ち望んでいた言葉を口にした。
「一花、今度の夏休み、デートしようよ」
その瞬間、一花は内心で硬直した。しかし、それは恐怖や戸惑いからではない。脳内で、歓喜の感情が激しく渦巻いたからだ。
(やっと……進んだ……)
家の用事や委員会で、なかなか距離を詰められなかった朔也。父の愛を奪ったこの男を奈落の底へ突き落とすための復讐劇が、ようやく次のステージへと動き出す。
一花は一瞬の動揺を完全に消し去り、気を取り直して、これ以上ないほど嬉しそうに目を輝かせた。
「デート? うんっ、行きたい……!」
無邪気に喜ぶ少女の仮面を完璧に被り直し、一花は朔也に向けて愛らしい笑みを咲かせた。



