放課後の喧騒から逃れるように、一花と空麗は駅近くの落ち着いたカフェにいた。一花は冷たいアイスコーヒーのグラスに手を添え、空麗は運ばれてきたばかりの華やかな苺パフェを嬉しそうに突いている。
ストローでひと口、苦い液体を飲み込んだ一花は、何気ないトーンを装って親友に尋ねた。
「そういえば、空麗は好きな人とかいないの……?」
その問いに、空麗はスプーンを動かす手をぴたりと止めた。みるみるうちに頬が林檎のように赤くなり、少し恥ずかしそうに視線を泳がせる。
「うーん、私……まだ確証はないんだけど……。実は、気になる人ができたかも……」
「え!? 誰々?」
一花は身を乗り出し、ぱぁっと顔を輝かせた。親友の恋バナに興じる、ごく普通の女子高生の反応だ。しかし、次に空麗の口から零れ落ちた名前は、一花の心臓を鋭く突き刺すものだった。
「実はね……。――碓氷馨くんなの」
ドクン、と胸の奥が跳ね上がった。
一瞬、思考が真っ白になり、心臓の奥がチクリと鋭い針で刺されたような痛みが走る。けれど一花は、その不快な違和感に気づかないふりをして、無理やり感情の蓋を閉めた。
少しだけ目を見開いたまま固まる一花を見て、空麗は慌てて手を振って笑って誤魔化した。
「いや、でも! 単なる憧れみたいな感じなんだけどね! ちょっとやっぱり、顔も雰囲気もタイプなんだよね~」
照れ隠しにパフェを頬張る空麗を見つめながら、一花の脳内は冷徹な計算を始めていた。
(もしかしたら……空麗が碓氷馨の気を引いていてくれたら、私はあの男に邪魔されることなく、朔也への計画を進められるかもしれない……)
それは、最悪の天敵から逃れるための、絶好のチャンスに思えた。一花は引きつりそうになる心をなだめ、満面の笑みを浮かべて空麗の両手をぎゅっと握りしめた。
「そうなの!? なんで早く言ってくれないのよ、空麗! いいじゃん! じゃあ、私がめいいっぱい協力するね!」
「本当!? 嬉しい、一花!」
無邪気に喜ぶ空麗を見て、一花は内心で深く安堵していた。
あの馨という男は、自分をあれだけ執拗にからかってくるような人間だ。女子の噂が絶えない不真面目な男なのだから、空麗のような可愛い女の子からのアプローチを断るはずがない。空麗が彼を繋ぎ止めてくれれば、自分は救われる。
そう自分に言い聞かせながらも、一花の手のひらには、冷たいアイスコーヒーの結露とは違う、嫌な汗がじわりとあふれていた。



