昼休みの屋上は、心地よい風が吹き抜けていた。フェンスの向こうに広がる青空の下、一花は朔也とお弁当を広げていた。
朔也はふっと目元を緩め、愛おしそうに一花を見つめる。
「珍しいね、一花。お昼一緒に食べようなんて言ってくれるの。俺はいつでも、すごく嬉しいけど」
その言葉に、一花は少し照れたように視線を落とし、流れる髪をそっと耳にかけた。
「えっとね、空麗が気を使ってくれたの。二人の時間を作ったら、って……」
はにかむ彼女の仕草に、朔也はクスッと小さく笑った。
「そんな一花、可愛くて好きだよ」
まっすぐな好意を向けられ、一花は朔也の瞳をじっと見つめ返した。あの放課後の公園で、あと一歩のところで果たせなかったキス。それを今度こそ、おねだりするように、静かに視線で強請る。
朔也は一花の意図を察したように、愛おしさを堪えきれない様子で、ゆっくりと彼女の身体を抱きしめた。
「ごめんね、一花。最近、家のことで全然相手してあげられなくて……」
耳元で囁かれる謝罪の言葉。一花は朔也の背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめ返した。
「ううん、いいの。こうして朔也くんといられるだけで、私は幸せだから」
甘い恋人の会話。けれど、一花の胸の内にあるのは冷徹な計算だけだった。
朔也はゆっくりと身体を離すと、慈しむように一花の頬に温かい手を添えた。一花はそれを受け入れながら、じっと彼を見つめる。
その瞳の奥に宿るのが、愛情などではなく、どす黒い「憎しみ」そのものであることを、純粋に彼女を想う朔也は知る由もない。
(そうよ……そのまま……)
父からの愛を奪った男を絶望へ突き落とすため、一花は覚悟を決めてそっと目を閉じた。
――しかし、瞼の裏に鮮烈に浮かび上がったのは、朔也の顔ではなかった。
昨日、放課後の教室で自分を壁に押しつけ、強引に唇を奪っていった、あの碓氷馨の端正で不敵な顔だった。脳裏に蘇る、あの男の体温と、狂おしいほどの心地よさ。
(………っ!?)
一花はハッと目を見開いた。
そんな彼女の動揺に気づかない朔也は、愛おしそうに目を閉じ、ゆっくりと顔を近づけてくる。唇が触れ合うまでの、わずかな秒読み。
馨の影に囚われた一花の身体は、恐怖と混乱でカチリと硬直して動かない。
その時――。
静寂を切り裂くように、屋上の重い鉄扉がガチャリと音を立てて開いた。



