朔也は、二人の間に流れる異常な空気には微塵も気づいていない様子だった。
「そっか! 親友と彼女が仲良しなんて、俺は嬉しいなぁ」
彼は屈託のない笑顔を浮かべ、弾んだ足取りで先に教室へと歩いて行った。その背中を見送りながら、一花は胸の内で深く、深く息を吐き出す。
(よかった……何もバレていない。最悪の事態は免れた……)
心臓のバクバクとした高鳴りが、ようやく安堵へと変わりかけた、その瞬間だった。
一花の下ろしていた右手に、ゆっくりと温かい感触が触れた。
驚く間もなく、長い指が滑り込んできて、一本、また一本と、一花の指の隙間を容赦なく埋めていく。手のひらが密着し、指同士が深く絡み合う――完璧な「恋人繋ぎ」だった。
ビクッ、と一花の身体が激しく跳ね上がる。
反射的に馨の手を思い切り振り払い、一花は瞬時に彼を鋭く睨みつけた。
目の前で朔也が歩いている、この状況で。もし振り返られたら一発で終わりだ。
あまりに狂気じみた大胆さに、一花の頭に血が上る。
しかし、馨は悪びれる様子もなく、クスッと喉を鳴らして笑った。
「あれ、怒ってる? 可愛いね」
不敵な笑みを浮かべたまま、馨は何事もなかったかのように、朔也を追って歩き出してしまった。
残された一花は、あまりの理不尽さに拳を固く握りしめた。
馨からの容赦のないからかい、そして翻弄され続ける自分のペース。すべてが悔しくてたまらない。
(この男、どこまでも最低だ……)
一花は小さくため息をつき、乱れた呼吸を整えながら、最悪の天敵となった男の後ろ姿を憎々しげに見つめるしかなかった。



