一花はゆっくりと振り返った。貼り付けた笑顔の裏で、冷徹に馨の真意を計ろうと、その奥の細い瞳をじっと見つめる。
しかし、馨はそんな一花の警戒などどこ吹く風で、音もなく距離を詰めてきた。長い影が伸びる教室の中、彼は一花のすぐ目の前に立つ。一花が息を呑む間もなく、馨の顔がすっと近づき、その唇が一花の耳元へと寄せられた。
低く、甘く、そして酷く冷酷な声が鼓膜を揺らす。
「一花ちゃんてさ、朔也が好きなんじゃなくて、実はもの凄く嫌いなんでしょ?」
ドクン、と心臓が激しく脈打った。
一花は完全に言葉を失い、全身の血の気が引いていくのを感じた。身体がカチリと硬直する。
馨はその決定的瞬間を、絶対に見逃さなかった。一花の反応を心底楽しむように、彼は顔を離して、子供のように無邪気に笑い出した。
「あはは、やっぱり」
乾いた笑い声が、不気味に無人の教室に響き渡る。
「あんなに頑なに彼女を作らなかった朔也が、急にこんな可愛い彼女を作った。俺、なんだか変だなーと思ってたんだよね。……それにさ」
馨の目が、怪しむように細められる。その奥にある光は、一花のすべてを暴き立てていた。
「君が朔也を見つめている目は、愛情なんてもんじゃない。憎しみだよ―――。」
完全に、バレた。
最悪の恐怖が脳内を支配する。だが、認めればそこで破滅だ。一花は震えそうになる奥歯を噛み締め、怒りを装って声を荒らげた。
「変な冗談やめて、碓氷くん。私、帰りたいんだけどっ……!」
これ以上はこの男と同じ空気を吸うことすら危険だ。一花は馨を突き放すようにして、出口へ向かって一歩を踏み出した。
しかし――。
「待って」
乱暴に、しかし逃れられない強さで、細い腕を引っ張られた。
勢いよく身体が反転する。抵抗する間もなく、一花はそのまま教室の壁へと押し込まれていた。
背中に冷たい壁の感触が走る。
逃げ道を塞ぐように、一花の顔のすぐ横に、馨の手がトン、と強い音を立てて突かれた。
息が触れ合うほどの至近距離。一花は完全に、馨の身体と壁の間に閉じ込められてしまった。馨の瞳が、至近距離から一花の動揺をじっと見下ろしている。



