咄嗟に振り返ると、そこには夕闇が差し込む教室の入り口に佇む、シルバーの髪色をした顔の整った男子生徒がいた。
心臓が一瞬だけ、冷たく固まったような錯覚に陥る。けれど一花はすぐさま平静を装い、光のない据わった目を瞬時に潤ませ、あざとい可憐な仮面を張り直した。
「あ、えっと……?」
小首を傾げ、可愛らしい仕草で困ったような表情を見せる。自分の今の手つきが、単なる悪戯であるかのようにカモフラージュするための完璧な防衛反応だった。
その様子を、男子生徒は面白そうに、クスッと低く笑って見つめた。
「凄いね、本当に知らないんだ? 俺、碓氷馨。朔也の親友だよ」
馨はポケットに手を突っ込んだまま、獲物の息の根をじわじわと止めるかのように、ゆっくりとした足取りで一花に近づいてきた。その鋭い切れ上がった瞳には、彼女の完璧な演技さえも、すべて愉しんでいるような不穏な光が宿っている。
一花は、その名前を聞いて今初めて思い出したかのように、ぱぁっと顔を輝かせてみせた。
「あ! 朔也くんからよく聞く名前、あなただったのね! 私は柊一花です、宜しくね」
これ以上ないほど綺麗に笑う。そして、未だに机に突っ伏して眠っている朔也へと視線を向けてみせた。
「ちょっと朔也くんを驚かそうとしていたの。ごめんなさい、なんだか変なところを見られちゃって、びっくりさせたよね」
満面の笑み。悪意など塵ほども交じっていない、恋人のいたずら。
そう言い切った一花を、馨は至近距離で静かに見下ろした。彼はあまり納得していない様子で、唇の端をわずかに歪めながら「ふーん」とだけ、短く息を漏らした。その瞳の深淵は、彼女が先ほど首元へ伸ばしていた手の行方を、薄々見抜いているようだった。
その冷たい膠着を引き裂くように、机の上の影がもぞもぞと動き出した。
「……ん? 誰……? 一花と……馨!?」
朔也がばっと顔を上げた。まだ寝ぼけ眼のまま、目の前に並ぶ一花と馨の姿を見て驚きに目を見開く。
一花はすかさず、いつもの優しい恋人の声を作り出した。
「あ、ごめん、起こしちゃった!」
「いや……」
朔也が目をこする。その横から、馨が何事もなかったかのように飄々とした声音で言葉を挟んだ。
「朔也、お前が爆睡してるから、彼女さんずいぶん退屈そーにしてたぞ?」
「うわー、マジか、めっちゃ寝てたわ……ごめん一花。もう、委員会終わったの?」
申し訳なさそうに眉を下げる朔也の、あまりの無邪気さと無防備さ。
一花はその姿に歪んだ手応えを覚えつつも、今はただ、この場から一刻も早く離れたかった。
「う、うん。だから、もう帰ろう?」
一花は朔也の手を促すように握りしめた。
隣に立つ、碓氷馨は自分の中のどす黒い本性を、剥き出しの憎悪を、まるで楽しむように探り、見つめてくるあの冷徹な男。
彼の視線が肌にへばりついて、息が詰まりそうだった。早く、この危険な視界の外へと逃げ出さなければ、自分の復讐劇のすべてが食い荒らされてしまう。
そんな一花の焦りなど知る由もない朔也は、「そうだな、帰ろうか」と嬉しそうに立ち上がった。



