TRAP×GIRL【完結】



「大丈夫!? 柊さん!」

周囲の制止を振り切るようにして、朔也がいち早く一花の側へと駆け寄った。彼の顔は焦燥に歪み、その瞳には倒れ伏した一花の姿しか映っていない。

朔也は慌てて応急処置を確認しようとする体育の先生に向き直ると、毅然とした、けれどどこか切羽詰まった声で言い放った。

「先生、俺が運びます。柊さん、足首を痛めてるみたいだし……すぐに保健室に連れて行きます」

「あ、あぁ。頼んだ、夏目」

先生の許可が下りるや否や、朔也は躊躇うことなく一花の身体に触れた。細い膝の裏と背中に逞しい腕が回され、ふわりと一花の身体が宙に浮く。

瞬時にお姫様抱っこをされている一花がいた。

体育館中から「えっ……」と息を呑むような音が漏れ、驚きに目を見開く生徒たちの視線が一斉に二人へと突き刺さる。そんな周囲の喧騒を余所目に、一花は驚いたようにパチパチと瞬きをしてみせた。

「え……! 夏目くん!? ……ちょっと、恥ずかしいよ……」

両手で顔を覆うようにして、頬を真っ赤に染める可憐な少女の演技。
しかし、朔也はそんな彼女の躊躇いすら愛おしむように、少し真剣な、ひどく大人びた表情で一花をまっすぐに見つめた。

「大丈夫。危ないから、俺にしっかり捕まって」

その真摯で濁りのない瞳。自分を救うナイトになりきっている哀れな男。
彼の胸に抱かれながら、一花の胸の内には、寒気がするほどの冷徹な愉悦が広がっていた。

(……捕まっているのは、あなたよ? )

蜘蛛の糸に絡め取られ、もう二度と逃れられない檻の中にいるのはお前の方だ。
一花は心の中の凶器を完璧に隠匿し、「ありがとう……」と消え入りそうな声で呟くと、従順に朔也の逞しい首へと細い両手を回した。腕の中から再び、あの甘いコロンの香りが朔也の鼻腔をくすぐり、彼の心音をさらに激しく跳ね上げる。

二人が体育館を後にしようと歩き出すと、残された生徒たちの間から、羨望と興奮の混じったヒソヒソ話が津波のように沸き起こった。

「うわ、夏目くんと柊さん、なんかめちゃくちゃお似合いじゃない?」

「少女漫画みたい……絵になりすぎでしょ」

「エモすぎっ! っていうか、二人ってもしかしてそういうこと……!?」

誰もが、目の前で始まった『一花によって作り上げられた完璧な恋の物語』に興奮していた。

けれど、そんな華やかな熱狂のなかで、一人だけ、取り残されたように複雑な表情を浮かべている少女がいた。

空麗だった。
作戦通りに一花にぶつかり、一花が夏目くんに近づくきっかけを作れたはずなのに。自分の手で親友の恋をアシストできたはずなのに。なぜだろう、朔也の首に手を回して去っていく一花の、あのほんの一瞬だけ見えた気がした『冷え切った横顔』が、空麗の胸に妙な引っかかりを残していた。

「一花……本当に、大丈夫かな……」

ぽつりと漏らした不安気な呟きは、騒がしい体育館のノイズにかき消され、誰に届くこともなく床へと落ちた。