そして、作戦実行の当日が訪れた。
四時間目の体育の授業。ジャージへの着替えを終えた生徒たちが次々と体育館へと向かう中、薄暗い女子更衣室の片隅に、一花と空麗の二人が残っていた。スチール製のロッカーが並ぶ狭い空間で、一花は声を潜めて最終の作戦会議を切り出した。
「バスケのグループ戦でね、私と空麗はわざと別々のチームになるように仕向けるから。それで試合が始まったら、空麗は私のマークについて」
一花は自分の結び直した髪に触れながら、淡々とした口調で指示を出す。
「私にパスが回ってきた瞬間が合図。空麗はボールを奪いに行くフリをして、私にわざと、強くぶつかってほしいの」
念の入った具体的なシミュレーションを聞かされ、空麗の顔に少しだけ不安げな色が混じった。
「わかった。あんまりきつく当たって、本当に痛い思いをさせないように気をつけるね。でも……一花ちゃんが転んで怪我のフリをすることに、何かいいことってあるの……?」
純粋だからこその、素朴な疑問。
一花はそれを待っていたとばかりに、頬をほんのりと赤らめ、少し恥ずかしそうにはにかんで見せた。恋する少女としての、これ以上ないほど無垢で、無害な微笑み。
「それでね……。もし、夏目くんが私のことを心配してくれたらいいなって……。少しだけでいいから、彼に意識してほしくて」
そのあまりにも健気で愛らしい理由を聞かされた瞬間、空麗の胸はキュンと切なさに満たされた。なんて可愛らしくて、一生懸命な恋なのだろう。少女漫画の主人公のような一花のあざとさに、空麗はいたたまれなくなり、勢いよく彼女の細い身体を抱きしめた。
「一花〜! なんて可愛いのっ! 私、一花の恋のために絶対に頑張るからね!」
親友の恋を全力で応援する、眩しいほどの友情の熱量。
しかし、ぎゅっと抱きしめられた一花の表情は、更衣室の冷たいスチールロッカーよりも冷たく、凍てついていた。空麗の肩越しに虚空を見つめるその黒い瞳には、やはり一片の光も宿っていない。
(本当に、利用しやすくて何よりだなぁ……。でも、ごめんね空麗…)
胸の中で嘲笑と、それからほんの少しの冷ややかな謝罪を呟く。自分を信じて疑わないこの無垢な彼女すら、夏目朔也という蝶を仕留めるための、ただの安価な撒き餌に過ぎない。
「ありがとう、空麗。頼りにしてるね」
一花は優しく声を返し、空麗の背中をポンポンと叩いた。
トビラを開けると、じっとりとした六月の生ぬるい風が更衣室に流れ込んでくる。完璧に仕組まれた舞台へ向けて、二人は静かに歩き出した。



