TRAP×GIRL【完結】



一花はしばらくの間、ベランダの手すりに身を預けたまま、下に広がる広大な校庭を見つめていた。

じっとりとした湿気を含んだ風が、彼女の黒髪をゆっくりと揺らす。視線の先では、昼休みのチャイムをものともせず、朔也がクラスメイトの男子たちと楽しそうにバスケットボールを追いかけていた。

パスを受け取り、鮮やかなフォームでシュートを決める朔也。周囲から歓声が上がる。その輝かしい姿を、一花はただじっと見つめていた。

(もうすぐ。もうすぐ、あなたを捕まえるから)

一花の目がじわりと据わっていく。先ほどまで空麗に見せていた愛らしい温度は完全に消え失せ、底冷えするような虚無と憎悪がその輪郭を鋭く尖らせていた。

(絶対に復讐してみせるんだから……。だから夏目くん、私のことを待っててね……)

瞬きという行為そのものを忘れてしまったかのように、その黒い瞳は、朔也のすべての動きを網膜の奥底へと執拗に焼き付けていた。彼が笑うたびに、一花の胸の奥ではどす黒い歓喜の毒が静かに、確実に満ちていく。

――その頃、校舎の反対側に位置する薄暗い廊下で、窓の外を眺めている男がいた。

碓氷馨だった。群がる女子生徒たちを適当にあしらって帰した彼は、気怠そうにポケットに手を突っ込んだまま、中庭を挟んだ向かい側の校舎へ視線を泳がせていた。

その時、馨の切れ上がった鋭い瞳が、偶然にもある一点を捉えた。
向かいのベランダにぽつんと佇む、転校生の少女――柊一花。


周囲に誰もいない、完全な一人の空間。友達が離れたその一瞬の隙に、彼女の顔からすべての『偽り』が剥ぎ取られるのを、馨は目撃した。

見開かれた大きな瞳に宿る、この世のすべてを呪うような苛烈な憎しみ。

(……なんだ、あれ。あの子は、一体……)

馨の胸に、冷たい衝撃が走った。学校中の男たちが密かに「可愛い」と騒ぎ、朔也ですら気に揉んでいるあの可憐な少女が、今、世界を恨んでいるかのように無慈悲な表情を浮かべている。

馨は好奇心と本能に突き動かされるようにして、一花のその据わった視線の先をゆっくりと辿っていった。中庭を越え、その先にある校庭へ。

視線が突き当たった場所にいたのは――昼休みの太陽の下で、汗を輝かせながらバスケットボールで遊んでいる親友、夏目朔也の姿だった。

すべてが、繋がった。

馨は小さく息を漏らし、形の良い唇の端をゆっくりと、薄っすらとした愉悦の笑みへと歪めた。

「へぇ……。なるほどね」

誰を視界に入れることもなく、自分という存在すら塵ほどにも留めずに通り過ぎていったあの彼女は。見たこともないような、狂おしいほどの憎悪に満ちた特別な視線を向けている先。それが、よりによってあの夏目朔也だったとは。

その瞬間、馨は生まれて初めての奇妙な感覚に襲われた。
心臓の奥深くから、どくどくと熱い血液が全身へ漏れ出していくような、体の芯がジリジリと焼けるような強烈な高揚感。

(あいつに向けられているあの視線。あの、ぞっとするほど美しい憎悪のなかに、俺が映り込む日は来るんだろうか――)

それは、これまでの退屈な日常を木端微塵に破壊するような、ひどく非現実的で、けれど抗えないほどに魅力的な妄想だった。

一花が仕掛けた復讐の檻。
しかしそこには、もう一匹の彷徨う蝶が近づきつつあった。