とある日の昼休み。
一花と空麗は、誰もいない教室のベランダに出て、じっとりとした風に吹かれながら校庭を眺めていた。
一花は校庭からゆっくりと視線を外し、隣に立つ空麗に顔を向けた。
「空麗、あのね……。ちょっと相談したいことがあって」
その少し声を潜めた、神妙な面持ちに、空麗はドキッとしたように目を丸くした。けれどすぐにいつもの明るい笑顔を浮かべ、頼もしく胸を張る。
「どうしたの!? 私に出来ることがあれば、何でも言って!」
一花は視線をわずかに落とし、困ったように頬を染めてみせる完璧な演技とともに、声を震わせた。
「私……、やっぱり夏目くんの事、好きみたい。だから、空麗に協力してほしいの……」
「きゃー! やっぱり!?」
空麗は驚きと興奮で顔をぱぁっと輝かせた。自分の事のように歓声を上げると、一花の細い肩を抱きしめるように勢いよく抱きついてきた。
「一花なら絶対に大丈夫! 私、何でも協力するからね!」
ぎゅっと抱きつかれた一花の身体。
空麗の肩越しに回された一花の顔からは、今までの愛らしい少女の温もりが、完全に消え失せていた。空麗の目には決して見えないその表情は、一切の光を宿さない、凍てついた人形のような冷徹さそのものだった。
一花は空麗の温かい背中をそっと撫でながら、淡々と『作戦』を告げる。
「ありがとう、空麗。……それでね、お願いしたいことがあるの。今度の体育の授業、確か男女合同のバスケットボールだったよね。その試合中……空麗、私にわざとぶつかってほしいの」
「え……?」
空麗は驚いたように一花から身体を離し、その顔を覗き込んだ。屈託のない瞳に、戸惑いと心配の色が広がる。
「大丈夫なの、それ!? 私、一花にそんな酷いことできないよ……!」
一花は、そんな空麗の良心をあざ笑うかのように、花が綻ぶような可憐な笑みを浮かべてみせた。
「大丈夫、絶対にうまくいくはずだから。本当に怪我をするわけじゃなくて、ちょっと派手に転んで、怪我をしたフリをするだけだよ」
その言葉に、空麗は一瞬だけきょとんとした。けれど、すぐにそれが『恋の駆け引き』なのだと解釈し、ポンと手を叩いた。
「なるほどね! あざと攻撃ってやつかぁ! 体育の時間なら夏目くんも絶対見てるもんね。よし、分かった、私に任せて〜! 作戦、絶対に成功させようね!」
空麗はすっかり味方になりきって、るんるんとした足取りで一足先に教室へと戻っていった。
一人ベランダに取り残された一花は、去っていく空麗の背中を、冷ややかな視線で見送っていた。
誰の手にも触れられないガラスケースの蝶になるためなら、差し伸べられた無垢な友情すらも、ただの便利な道具に過ぎない。



