教室に戻った一花に、席で待っていた空麗が「一花、おかえりー。手続き大丈夫だった?」と真っ先に声をかけた。
一花はいつもの無害な仮面を被り、にっこりと微笑んで「うん、なんとか終わったよ」と穏やかに応じた。
―――放課後。
二人は駅近くの賑やかなカフェへと足を運んでいた。
空麗は、今SNSで大流行しているピンク色の『桃ストロベリームース』のグラスを抱え、ストローをくわえている。一方の一花は、琥珀色をしたシンプルなストレートティーのカップに手を添えていた。
「うーん! このムース最高♪ 一花ちゃんは紅茶にしたんだね。なんか大人!」
空麗が無邪気に笑う。一花は少し肩をすくめ、はにかむような仕草を巧みに演技した。
「そうかな? 私、昔から甘い物がちょっと苦手だから……ごめんね、一緒に同じの頼めなくて」
「ううん、全然! 私が勝手に誘ったんだし!」
空麗は嬉しそうにスプーンを動かしながら、ふと思い出したように声を弾ませた。
「そうそう、夏目くんと席が隣同士なんて、一花本当にラッキーだよね!」
一花はカップを口元へ運ぶ手を止め、不思議そうな顔を浮かべてみせた。
「え……? ラッキーなの?」
「そうだよー!」
空麗は声を潜めて身を乗り出す。
「なんだかんだで夏目くんって、密かに女子にすっごく人気だから。優しくて格好いいし、狙ってる子、学年にいっぱいいるみたいだしね」
空麗の何気ないその言葉は、一花の冷徹な思考回路を瞬時に刺激した。
(そうか。もし、私以外の誰かが夏目朔也の彼女になってしまったら、非常に間が悪い……)
他の女に彼を奪われ、その世界に満足されてしまっては、私の復讐劇のシナリオが狂ってしまう。これは、少し計画を急がなければならない。そう一花は頭の隅で冷酷に計算した。
一花は紅茶のカップをそっとソーサーに戻し、恋バナに興味を持った少女の体で、ふと空麗に訊ねた。
「……ねぇ、夏目くんって、どんな女の子がタイプなのかな?」
「あ!」空麗は悪戯っぽく目を輝かせた。
「なんだかんだ言って、一花もやっぱり夏目くん狙い?! んー、そうだねぇ。本人から好きなタイプとか聞いたことないしなぁ。今まで彼女も作ったことないらしいから、どうなんだろ。謎なんだよね」
彼女を作ったことがない――。
空麗の話を聞きながら、一花は視線を落とし、何やら深く考え込んでいた。
ただのありきたりなアプローチでは、あの完璧な優等生の心は動かないかもしれない。まずは、彼に近づくための絶対的な『きっかけ』を作らなければならない。しかも、それは夏目朔也の人生において、最も衝撃的で、最も忘れられないような、劇的なものでなければ。
父の愛を独占してきたその綺麗な心に、一生消えない傷を刻み込むような罠。
「一花? どうしたの?」
空麗の声に、一花はふっと我に返り、何事もなかったかのように優しく微笑み返した。
窓の外の夕闇が、じわりと二人の座るテーブルを侵食し始めていた。



